「アイデアをかたちにする。かたちにして価値にする」

ファミマ、ケンドリック・ラマー、安室奈美恵…あの広告企画はなぜ実現した? 暗躍した男の仕事に迫る

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あのビジネスパーソンの「○○力」

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連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。今回は、広告・事業開発の会社であるThe Breakthrough Company GOにて「ビジネスプロデューサー」を務める田中陽樹さんが登場です。
【田中陽樹(たなか・はるき)】2006年電通入社、2018年からGOに入社。Business Producerとして活躍。電通時代はNTTdocomo25周年キャンペーンをはじめとした、大手クライアントのアカウント担当や、商業施設のコンセプト設計からリーシング、大型フェスの立ち上げなど幅広く活動。GO入社後はケンドリック・ラマーの“黒塗り広告”などを手がけた。ファミリーマートのプライベートブランド「ファミマル」チームリーダーも務める。ご両親、祖父…と“3代続けて電通出身”らしい。すご
ただ、広告業界というとどうしてもコピーライターなどの“スタークリエイター”が持て囃されがち。

クリエイターではないビジネスサイドの“一流”は、どんな哲学を秘めて仕事をしているのか?

…話題となっているファミマのプライベートブランド「ファミマル」のチームリーダーも務めるという田中さんに取材してから、メッセの送り方ひとつ取っても仕事への向き合い方が変わった気がします。

ケンドリック・ラマー、安室奈美恵などを起用した超巨大プロジェクトの裏で暗躍した秘話も、本邦初出しで教えていただきました。ではどうぞ!

〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉

「想定が粗い人間は信頼されない」アイデアを成功に導くビジネスプロデューサーの技術

天野

天野

田中さんは「ビジネスプロデューサー」と名乗っているじゃないですか。
田中さん

田中さん

ですね。
天野

天野

広告業界だとやっぱりクリエイターが花形ななかで「ビジネスプロデューサー」っていうのはどういう存在なのかなっていう。
田中さん

田中さん

僕は「すべての商売はビジネスプロデュース」だと思ってるんですよ。事業に関わることすべてに首を突っ込んで、いい方向に持っていくのがビジネスプロデューサーなので。

最近だとやっぱり、ファミマのプライベートブランド「ファミマル」。根っこの戦略策定から入っていて…
田中さん

田中さん

まずはブランド調査から、「強みはなにか。それをどう伝えるべきか」方針を決める。

ライバルのコンビニは「王者王道」「スイーツ」「女性人気」などいろんな特徴がある。そこで「家族、お得、他社がやらないチャレンジ」が進むべき方向なんじゃないかと見えてきて

そのコンセプトをクリエイターたちに伝えて、考えてもらう。
天野

天野

戦略を定めて、クリエイティブに落としていく。
田中さん

田中さん

クリエイティブは社内にたくさんのプロがいるので、自分は整理したり、“こうじゃない”というOBラインを設定したり…

そのなかから、「そろそろ、No.1を入れ替えよう。」というコピーが出てきた。

となると、次にするべき仕事は、それが何かを傷つけたり、批判していたりととらえられないようにリスクの洗い出しや法務確認をして、その結果コピーを何度も試行錯誤して書き直したりもして…
田中さん

田中さん

「チャレンジする」というコンセプトが定まっていたので、ブラインド調査(中身の味だけを評価してもらう)で、ファミマのハンバーグがライバルチェーンよりも「おいしい」と出た結果を広告にしようというアイデアもあって。

ただ、「リスクがある」っていう指摘もあったんです。

じゃあどうするか。広告の入稿期限ギリギリまで、揺るぎない結果であることを示すための追加調査を、ファミマの皆さんと何度もやりました。祈りながら調査結果を待って、過半数から「おいしい」という揺るぎない結果が出た。
天野

天野

めちゃくちゃ細かい部分のお仕事なんですね…
田中さん

田中さん

そうなんですよ。ケースを細かく考えることがすごく大事で。

ビジネスプロデューサーに一番大事なことは、「想定すること」

「想定」が粗い人間は信頼されません
天野

天野

まったくやる自信がないです。
田中さん

田中さん

細かく想定して先を見通しつつも、最後は気合でクリエイターのアイデアを実現するところもある(笑)。

つまり、プロデューサーとして、アイデアを実現して成功に導くためには「先を見通す」「気合で押し通す」の二つがある。

その先にヒットに導けたときが、ビジネスプロデューサーという仕事の一番面白いところで。
田中さん

田中さん

「先を見通す」ということで言うと、広告を出して終わりではなく、クライアントのビジネスがもっと長期的にうまく回るか、という運用まで想定したい

それで、商品部が新商品を起案するための「オリエンシートのフォーマット」を改良しようという議論をファミマルブランド戦略チームとはじめたんです。
天野

天野

社内用の書類フォーマットってことですよね?
田中さん

田中さん

そう。コンビニの商品開発って、お米の炊き方ひとつでも、めちゃくちゃこだわってアップデートしてるんですよ。

でも、そのこだわりが専門的な言葉や表現で書かれていて、お客さまに伝わりやすい視点があればもっと魅力が伝えられるんじゃないか…と思ってしまって。「おいしいの具体」がわかると、広告もデザインも、絶対に伝わりやすくなるなと。

それで、「商品の強み」をお客さま視点で書いてもらうようなフォーマットに変更したんです。
天野

天野

そんなことまで。
田中さん

田中さん

完全に“余計なお世話”と思われたかもしれません(笑)。

でも、広告やデザインを納品して終わりではなく、商品が売れるためなら業務フローや「それまでの当たり前」にまで踏み込んで提案していく。

これは、ビジネスプロデューサーだから提供できる価値だと思います。

「想定し抜くから、クライアントも信頼してくれて実現につながる」あの大物起用広告の裏側

天野

天野

いろんな広告の影で暗躍されてるんですね…ほかにも事例が?
田中さん

田中さん

「黒塗り広告」で話題になったケンドリック・ラマーの件なんですけど。
天野

天野

きた。個人的にも印象深いです…!
※ケンドリック・ラマー…アメリカ・コンプトン出身のラッパー。ラッパーとしては初となるピューリッツァー賞を受賞。2018年「フジロックフェスティバル」への出演に際して、当時日本で話題となっていた“黒塗り文書”(森友・加計学園への国有地売却問題をめぐって財務省が公開した文書が黒く塗りつぶされていたもの)を模した“黒塗り”のポスターが掲出された
田中さん

田中さん

あれは、まず広告予算がそこまで潤沢にないというところから始まっていて。

若手のプランナーから“黒塗り広告”のアイデアが出た。そしてクリエイティブディレクターの三浦(崇宏)が、霞ケ関駅と国会議事堂前駅だけに出して話題を作ろうと、アイデアを拡げたんです。

ただ、僕は「話題化のさらに向こう側で、ターゲットである若者をしっかり動かせないか」と考えた。
天野

天野

アイデアだけじゃなく。
田中さん

田中さん

そう、霞ケ関だけだと広告としては弱いかもしれない…。かといって、いきなり渋谷でドーンとやっても「広告だね」とスルーされてしまうと思った。

それで、「まずは霞ケ関・国会議事堂前駅だけに絞って掲出することで話題にする。その、1カ月後に、渋谷や原宿のストリートに広告を出して、あの話題になった広告だね」とSNS中心に再拡散される展開にしたんです。リスナーである若者のライブ動員を増やすっていうところまでつなげなきゃ意味がないと。

クリエイターから出たアイデアを、効果を最大化するかたちで実現するのが「ビジネスプロデューサー」の腕の見せどころで。
天野

天野

ワンアイデアもすごいけど、実際に話題化させるまでのハードルをそうやって超えていたんですね。
田中さん

田中さん

そのときも、やはり先を見通してリスクヘッジを細かくして。

たとえば、政治ニュースに敏感な人たちからクライアントにクレームがいく可能性があるんじゃないかとか…
天野

天野

当時はけっこう批判もあったじゃないですか?
田中さん

田中さん

いや、我々の想定した以外の批判はほとんどなかったです。

「ケンドリック・ラマーは音楽で政治批判していない」っていう意見は出ることが予想されていたので、慶大の大和田俊之氏、音楽ライターの渡辺志保さんにコメントをいただいて“ケンドリックの音楽は現代におけるブラックパワーの象徴で、何かを隠すことと権利を勝ち取る動きの対比をしたかった”という意図をもともとのケンドリックファンに伝えるようにしたんです。

さらに、広告が出る日に、広告の意図を提供した記事がメディアから出るように情報解禁日を設定して。
ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現 | CINRA

ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現 | CINRA

渡辺志保氏のコメント(一部抜粋)
個人の環境やストラグル(葛藤)をラップに乗せて表現してきたアーティスト、ケンドリック・ラマーは、それと同じくらい、現代社会における問題提議や人種問題に基づく思想についても、ビートに乗せ伝えてきた。今や彼は現代のブラックパワーの象徴であり、世界中の若者を惹きつけ鼓舞するカリスマでもある。

大和田俊之氏のコメント(一部抜粋)
ヒップホップという技芸の可能性を最大限に引き出すケンドリック・ラマーのラップは排外主義が強まる世界において、ますます求められるようになるだろう。 なぜなら、真の詩人が常にそうであるように、そのリリックはアメリカのマイノリティーの言葉を引き継ぐと同時に、未来の世界をふちどる「予言」でもあるからだ。
天野

天野

想定の範囲内だった?
田中さん

田中さん

そうです、やはり想定しておくことが大事。

“撮影しにくる人だかりが危険だから、駅から撤去しなさい”と言われるリスクも考えてたんですよ。

その場合は、ポスターの入稿データをWebで配布して、お店をやっているような人に自分のカフェや飲食店に貼ってくださいと。そしたら掲載取りやめが逆にニュースになるんじゃないか

そこまで細かく事前に想定して考え抜くから、クライアントも信頼してくれて、実現につながるんです。
田中さん

田中さん

むしろGOの仕事は、これまで世の中になかったことに挑むアイデアが多いので、障壁や制約があることばかりです。

H&Mの安室奈美恵さんを起用したキャンペーンでは、引退発表後で超多忙だったので「キャンペーンローンチのタイミングでは安室さんの撮影が間に合わない」って状況になっていて…
天野

天野

起用は決まってるのに…!
田中さん

田中さん

そのときは、三浦とアイデアを出して「手紙」だけを広告に掲載したんです。

担当者によく話を聞いてみると、H&Mって何度か安室さんにオファーしてたけど、実ってなかったんだと。それが、スウェーデン本国から日本に来ていた社長のルーカスが直々に手紙を送って実現した。

“このH&Mの想いこそがニュースなんじゃないか?”って思ったんですよ。
H&Mが安室奈美恵さんに熱烈オファー 新聞広告でわざわざラブレターを公開、なぜ?

H&Mが安室奈美恵さんに熱烈オファー 新聞広告でわざわざラブレターを公開、なぜ?

「ロールモデルやファッション・アイコンとしての安室さんを支持するだけではなく、安室さんから多くのインスピレーションを受け取っているファンの方々やお客様に、歴史に残るようなキャンペーンをともにお届けできるよう、心より願っております」
田中さん

田中さん

結果、安室さんのキャンペーンを見たユニバーサルミュージックの担当者がケンドリック・ラマーの来日プロモーションで声をかけてくれたし、ケンドリックを見たCAMPFIREの家入さんが声をかけてくれて「#お金を理由に夢を諦めてはいけない」っていう広告が実現した。

地道な案件の積み重ねでしかないんです。

広告のプロデューサーというと派手に見られることがあるけどめっちゃ実直にやってるんです(笑)。
“大バズ”の裏にはこういう人がいる

言葉に敏感になる。ビジネスプロデューサーとはコピーライターである

天野

天野

とんでもない大規模なプロジェクトを動かしているんですね。広告やPRの世界でクリエイター以外の職種でなんとか働きたいっていう若者も多いと思うんですが、「ビジネスプロデューサー」にもっとも大事なことって何なんでしょうか?
田中さん

田中さん

僕が口を酸っぱくして言っていることがあって。「ビジネスプロデューサーはコピーライター」だと。

クライアントとの打ち合わせに、雨で道が混んでてタクシーが遅れそうですと。そのとき「雨のため10分ぐらい遅れてしまいそうです。よろしくお願いいたします」みたいなメールを送ってることあると思うんですよ。
天野

天野

はい。
田中さん

田中さん

でも、なんで最後の一言が「よろしくお願いいたします」なんだ?と思うわけです。

時間に遅れてるときに、友だちに電話してもそんなこと言わないはずですよね。

申し訳ないって自分の気持ちを伝えるなら「遅れてしまいそうです。極力急ぎます、すみません!」でしょ。

メールの最後に「よろしくお願いいたします」って言わなきゃいけない決まりなんてないんだから。
天野

天野

なるほど。
田中さん

田中さん

そういう表現一つひとつに気を付けていると、「この人の言っていることに嘘はないんだな、真剣に向き合っているんだな」と伝わるし、広告の表現に対する視座も上がっていく。

タレントが猫を抱っこする企画で、「事務所から猫アレルギーだからダメって言われたんでダメです、よろしく」で終わるのか? ぬいぐるみならいけるのか確認したのか?犬は? CG合成は?

この例えは小さな話だけど、ダメだったときに別の方法を考える姿勢ひとつ、プロセスを伝える言葉ひとつで“次もこの人と仕事したい”って思ってもらえるんですよ。
田中さん

田中さん

ファミマのプライベートブランドをリブランディングする仕事でも、「コンビニの大手は3社です。その日本に3つしかない打席をあなたにお願いしたい。」と表現したら優れたクリエイターも乗ってくれるでしょ。「1000商品あって、毎月20商品入稿する仕事です」って言ったら全然魅力的に見えない(笑)。
天野

天野

誰もやったことがないようなプロジェクトをゼロからやるときって、どんな心構えでいるんでしょうか。
田中さん

田中さん

ビジネスプロデューサーは、誰もやったことがない仕事をやるのが常。でも、なんだって1回やったら経験者だし、3回やったら“その道の人”ですよ。

コンビニの商品が「おいしくなった」って言うだけでも、何をもって言うのかはマーケティング部署だけじゃなく法務部門の人を巻き込む必要があるし、それを最高のアウトプットで伝えるコピーライター、デザイナー、カメラマン、印刷会社…と多くのメンバーが関わっていく。

たくさんの人を巻き込むためには、言葉と、もうひとつは「責任感」だと思ってます。

正直100%は難しい。でも常に100以上やる責任感でやっていないと90はいかないし、次の仕事は来ない
田中さん

田中さん

資源もなく、人口も減りつつある日本に残されているものって“アイデア”しかない。

でも、アイデアって空想なんです。

何かやると、「俺もそのアイデア思いついてた!」とか言う人多いでしょ。でも、実現したアイデアにしか意味がないわけですよ。

アイデアをかたちにする、かたちにして価値にするこういう人がいないと日本は成長しないです。
仕事の現場に携わるほど、仕事って“コレだけやればよい”とハッキリ定義できないものだなと思います。

ただ、田中さんのように「どんな小さなボールでも全力で拾いにいく」(本人談)人がいるからこそ、たくさんのスタークリエイターたちが自由な発想でアイデアを出せるのだろうと思います。

広告やPRの仕事に従事していながら、まだ自分の進む道が定められてない…という人がいたら、「ビジネスプロデューサー」という道を目指してみるのもいいかもしれません。

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=藤木裕之〉