天才になれなかった全ての人へ。

「幸せになるために、むしろ才能は必要ない」漫画家・かっぴーが語る“天才の正体”

仕事
広告代理店を舞台にさまざまな“働く大人の葛藤”を描いたマンガ『左ききのエレン』。

2016年にWebサイト『cakes』で連載を開始すると、糸井重里さんをはじめ、名立たるクリエイターや著名人に絶賛され人気が爆発した作品です。

今回は、広告代理店に勤めた経験から、ビジネスパーソンの「悩み」を数多く目撃してきた作者のかっぴーさんに、「R25世代が仕事で直面しがちな悩み」について、『左ききのエレン』の登場人物になぞらえながら全4回で解説していただきました。
最後を飾る第4回のテーマは、「天才になれなかった凡人の戦い方」。

働いていると、業界や職場に「この人には勝てない…」と思うようなセンスや才能を持った人がわんさかいます。何の才能も持っていない凡人タイプは、天才ひしめくビジネスの世界でどう生き抜いていけばいいんだろう…?

「天才になれなかった全ての人へ」をキャッチコピーに作品を描いてきたかっぴーさんが教えてくれたのは、「天才とは、人ではなく“状態”である」というお話でした。

〈聞き手=サノトモキ〉

「天才」は本当に、幸せなのか

サノ

サノ

社会に出ると、才能あるすごい人たちがゴロゴロいて正直気が滅入るんですが…

かっぴーさんはそういう経験ありますか?
かっぴーさん

かっぴーさん

もちろんありました(笑)。

こういう“新R25で取材されるようなヤツ”、全員嫉妬してたもん!(笑)

「取材されやがって…!」って思ってました。
嫌わないでください
かっぴーさん

かっぴーさん

ただ、自分がやりたかった“漫画家”の道に進んだことで、「凡人」と「天才」、どちらの視点もわかるようになったんですよね。

その結果…「才能って幸せになるために必要なんだっけ」って結論に至りまして。

今日はそのお話をさせてください。

「栓抜きタイプ」に憧れた「ハサミタイプ」時代

かっぴーさん

かっぴーさん

人間って、ざっくり「ハサミタイプ」と「栓抜きタイプ」がいると思うんです。
かっぴーさん

かっぴーさん

「ハサミタイプ」は、“いろんなことに応用が利く人”

ハサミが紙、段ボール、布、いろんなものを切れるように…社会で求められる仕事に対して、なんでも器用に対応できる人のことです。
サノ

サノ

ふむふむ。
かっぴーさん

かっぴーさん

一方「栓抜きタイプ」は、言わば“才能しかないクズ”

栓抜きが「栓を抜くこと」しかできないように、何か一つ突出した能力があるけど「みんなができること」が全然できない人です。

つまり、「突き抜けた“才能”はないけどマルチに仕事ができる人」と、「“才能”はあるけどそれ以外何もできない人」に分かれると思うんですね。
みなさんはいかがですか?
かっぴーさん

かっぴーさん

で、僕はどちらかというと「栓抜きタイプ」寄りの人間なんです。創作はできるけど、それ以外のことが何もできない

朝起きられない。「もう嫌だ」ってなったら誰とも連絡とらなくなるし、仕事も途中で降りちゃう。スケジュール管理も全然できない…

今日もダブルブッキングしてました
サノ

サノ

えっ。
来てくれてよかったです
かっぴーさん

かっぴーさん

だから広告代理店時代は、「お前ほんと朝弱いな~」とか言われながら頑張って「ハサミタイプ」っぽい立ち振る舞いをしてたんです。

漫画家とか映画監督とか、“たった一つの才能”で戦う「栓抜きタイプ」の人を見て「かっけーなー…」と思いながら。
サノ

サノ

そうだったんですね。
かっぴーさん

かっぴーさん

ただ、いざ腹を決めて漫画家になったら…「栓抜きタイプ」として生きていくことの恐怖をめちゃくちゃ感じたんですよ。
かっぴーさん

かっぴーさん

「栓抜きタイプ」はたった一つしかないその“武器”で負けてしまったら終わりなんです。他のことは全部クズだから

だから、『左ききのエレン』を連載開始してしばらく、「これで漫画家って名乗っていいのか?」って怪しい状態で頑張ってたとき…

元同僚に「好きなこと仕事にできていいよなあ」って言われて、「1人で漫画描いて生きてくってどんだけ大変だと思ってんだ、お前のほうが100倍幸せだろ」って本気で思っちゃったんですよね。
サノ

サノ

捨ててきたはずの「ハサミ」タイプのほうが幸せだったと感じてしまったと…
かっぴーさん

かっぴーさん

漫画家になって5年、ようやくある程度「漫画で食ってる」って言える状態をつづけられるようになって、今僕は幸せです。

でも、途中で本当に危ない時期が正直あった
かっぴーさん

かっぴーさん

「ハサミ」タイプは、「栓抜きかっけえ!」って思ってるわけですよね。「あんな音鳴らせるのあいつしかいねえ!」「俺もポンってやりてえ!」って。

でも栓抜きは栓抜きで、「栓しか抜けねえんだよ、こっちは!」って本気で「ハサミタイプ」に憧れるんです。

で、そうやって両方の気持ちを経験したうえで思ったのが…「才能って、幸せになるために必要なんだっけ」って話なんですよ。

個人レベルの幸せを考えたら、“才能”ってそこまでいらないのかも。

かっぴーさん

かっぴーさん

突然ですけど、スティーブ・ジョブズの最後の言葉ってご存じですか?
サノ

サノ

え、最後…? ステイハングリー、ステ…
かっぴーさん

かっぴーさん

家族との時間がもっとあったらよかった」、なんですって。
はい
かっぴーさん

かっぴーさん

生涯通して、あれだけ世界を変えるような仕事をしてきた天才が、人生を振り返ってそういう後悔の言葉を残してるんですよ。
※ジョブズは死の直前、「私が人生で勝ち得た富や尊厳は、まったくもって意味のないものだと気づいた。家族への愛、配偶者への愛、友人への愛、それらを大切にしてください」と言葉にしています。(諸説あり)
かっぴーさん

かっぴーさん

名立たる著名人が最後の言葉に「もっと家族と…」とか言ってるのを聞くと、彼らは人生のリソースを“才能”に振りすぎちゃったんだろうなと思うんですよね。

才能がありすぎた結果、人生すべてをそこに捧げて“それ以外の幸せ”を蔑ろにしてしまう。

突出した才能って、そうやって人を幸せから遠ざけてしまうことがあるんじゃないかと思うんです。
サノ

サノ

ああ…
かっぴーさん

かっぴーさん

もちろんジョブズのような人がいないと歴史が進まないから、人類史から見たら彼の才能は必要だったんだろうけど…

「個人の幸せ」というレベルで見たら、“才能”ってそこまでいらないのかもって、僕は思っちゃうんですよね。
かっぴーさん

かっぴーさん

そもそも僕は…

「天才」を、“突き抜けた才能がある人”みたいに「人を指す言葉」として捉えないほうがいい
と考えてるんですよ。

僕は、「天才」って“状態”の話だと思っていて
天才とは“状態”?
かっぴーさん

かっぴーさん

僕は、天才とは「自分の個性や才能が100%受け入れられてる状態」だと思ってるんです。

誤解されちゃったらイヤなんですけど…僕も今は「天才」な状態だと思っていて。

漫画家になったことで、自分の個性や才能が世の中に受け入れられる状態になれた。
サノ

サノ

ほうほう。
かっぴーさん

かっぴーさん

ただそれは、たまたま今世の中と自分がガチっとハマってる状態ってだけ。

広告代理店時代含め、人生のほとんどを「天才」じゃない状態で生きてきました。でも、今は「天才モード」

世の「天才」と表現される人たちもそうだと思うんですよ。「今、天才モード」ってだけ。
サノ

サノ

たしかに、環境が変わったことで急に輝く人ってたくさんいるもんな…

じゃあ「天才」って生まれつきの素質とかじゃなくて、“目指せるもの”ってことですか?
かっぴーさん

かっぴーさん

そう。誰だって「天才」になれる可能性を秘めてるんです。

天才とは「世の中と自分がガチっとハマってる状態」。そうじゃない多くの人は、自分と環境がマッチしてないだけだったりするんですよね。

“自分がやりたい仕事でメシ食えてる人”一人ひとりが「天才」だと僕は思ってます。
「僕も、この状態を死ぬまで続けることができたら幸せだなと思いながら頑張ってます」

かっぴーさんが、主人公・光一と天才・エレンに込めたもの

©かっぴー・nifuni/集英社
サノ

サノ

今回のお話を聞いていて、作中一番の「凡人」である主人公・光一と、絵を描く天才・エレンが互いに嫉妬しあっている姿を思い出しました。

凡人ゆえに「天才」に憧れる光一と、天才ゆえに「凡人」に憧れるエレン…
かっぴーさん

かっぴーさん

光一は「ハサミ」、エレンは「栓抜き」なんですよね。

光一も僕と同じく、広告代理店のクリエイターにはなれたけど、夢が叶ったかと言われると微妙なところで。“誰もが知る有名クリエイター”に憧れてたけど、現実はサラリーマンとして仕事に追われる毎日。

エレンみたいな極端な才能の持ち主を見て、「自分なんて何者でもない」と葛藤しつづける。
©かっぴー・nifuni/集英社
かっぴーさん

かっぴーさん

でも、エレンから見れば光一は全部持ってるんだよね。「才能以外」、すべてを持ってる

どっちも結局ないものねだりなんです。だからやっぱり、「才能」の有無みたいな話の先に、幸せって待っていないと思う。

それよりも、自分の個性をどう使えば「天才モード」になれるかを見つけ、継続していく。これが自分の幸せにつながっていく「天才」の捉え方なんじゃないかな。
サノ

サノ

…今日はありがとうございました。

ついまわりと自分を比べて僻んじゃうこともありますけど、もう少し自分とポジティブに向き合って頑張っていける気がしました。
かっぴーさん

かっぴーさん

『左ききのエレン』のキャッチコピーは、「天才になれなかったすべての人へ」。

「なれなかった」と過去形で表現したのは…「天才になれなかったすべての人」に、“俺たちはまだこっから「天才」になれるんだ”と思ってほしかったからなんですよね。

読んだ方にとって、そういう作品になってたらうれしいです。
天才とは“状態”である

この一言で、他人と比べてしまう苦しさから少し解放された気がしたのは、きっと筆者だけじゃないと思います。

誰しもに、自分なりの「天才」な状態がある。そう思えたら、取り立てて特別なところなんてない自分の個性も、少し愛せるようになる気がしました。

さて! 全4回でお届けしてきた『左ききのエレン』特集も、今回でおしまいです

お楽しみいただけたでしょうか。「すでに大ファンだー!」って方にも「今回はじめて作品を知ったよ」って方にも、何かが心に残る連載になっていたらとってもうれしいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉