お客さんは残酷だから、常に「客目線」でいたい

「ギリギリまで決めたくない」川村元気の“優柔不断”プロデュース術

仕事
デビュー作の『電車男』から『モテキ』『バクマン。』『怒り』『君の名は。』など、話題作を連発している映画プロデューサー・川村元気さん。

映画プロデューサーとして仕事をする一方で、小説家としても活動し、デビュー作の『世界から猫が消えたなら』は140万部を突破。『四月になれば彼女は』などその後の作品もヒットに。

66万部のベストセラーとなった『億男』は佐藤健×高橋一生の出演で映画化。10月19日に公開が予定されています。

いったいなぜ、それほどヒット作を生めるのか。どこから創作のモチベーションが湧いているのか。映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の公開に先駆けて、企画の裏側を伺いました。
【川村元気(かわむら・げんき)】1979年生まれ。映画プロデューサー・小説家。26歳で映画『電車男』を企画・プロデュースし、大ヒット。2011年には日本の映画賞である「藤本賞」も史上最年少で受賞した。その後も『モテキ』『告白』『怒り』『君の名は。』などヒットを連発する一方、小説家としても活動しており、デビュー作の『世界から猫が消えたなら』は140万部を突破、2作目の小説『億男』も映画化され10月19日公開予定

そもそも「プロデューサー」の仕事とは?

――川村さんのご職業は「映画プロデューサー」とのことですが、具体的にはどんなお仕事をされているのでしょう。

簡単にいうと企画です『SUNNY 強い気持ち・強い愛』では、原作である韓国の映画『サニー 永遠の仲間たち』をリメイクしたいと思い立ち、まずは配給会社へ問い合わせてリメイク権を取りました。

その過程で『モテキ』を一緒にやった大根監督にお声掛けして、脚本をつくり始めました。

――脚本づくりもされているんですね。

はい。たとえば原作のキャラ設定を活かしつつも、コギャルブームなどが生まれた日本の90年代を舞台にしよう、あの時代のJ―POPを使ったミュージカル仕立てにしよう、というように相談しながら脚本の骨子をつくっていきます。

撮影が始まると、監督が現場を仕切って映像を撮るので、自分は撮影後に編集や音楽をつける作業で再合流します。
出典

©2018「SUNNY」製作委員会

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』のワンシーン
――いわゆる「プロデューサー」というと、現場でも檄を飛ばしていそうなイメージがありましたが、そうではないんですね。

現場のマネジメントに入るタイプのプロデューサーもいます。僕の場合は現場に行かずに撮影の前と後ろを見ます。ここまで現場不介入のタイプは珍しいと思います。

――現場に介入しないと、イメージしていたものをつくりづらくないですか?

毎日現場にいられないのに、たまに顔を出して「これがいい」と指示してもブレてしまうじゃないですか。

それに、映画の現場って演劇なので見てると感動しちゃうんですけど、お客さんは完成したものを1回見て終わりだから、気をつけないといけませんよね。

――どういうことでしょう?

現場では感動したけど、つないだら「これはイマイチかも」みたいなことがあるんです。でも現場の余韻が残っていると、判断が鈍ってしまうかもしれない。

お客さんは残酷なので、編集の段階ではお客さんの視点に立ちたい。だから現場へ行かない、というところもあります。

“優柔不断”はものづくりにおいて一番大事なこと

――先ほど、企画が仕事だというお話をされていましたが、そもそもの「映画のアイデア」はどこから出てくるんですか?

5個ぐらいの“やりたいこと”が、かちゃかちゃっとくっついてひとつの形になるのを待つ感じなんです。

たとえば『SUNNY強い気持ち・強い愛』なら「女性がたくさん出てくる青春映画をつくりたい」「女性を撮るのがうまい『モテキ』の大根監督にもう1回女性をいっぱい撮ってほしい」「90年代のコギャルブームを映像として表現したい」とか。

今回は原作が非常によくできていて崩しようがなかったので、そうやって世界観に関する要素を組み合わせてリメイクする判断をしました。

――そうなんですね。「原作がすぐれている」というのは、どのあたりでしょう?

女性ばかりが出てくる映画なのに、むしろ男性が感動していたんですよ。

誰しもが持っている普遍的な、一番美しかったころの友達との思い出ってありますよね。そういったものを現代と対照的にリフレインさせる映画の構造が、老若男女の共感できるものになっています

そういう映画が好きで、自分もつくりたいと思いました。

――なるほど。映画を観ているときに「これをつくりたい!」と思うこともあるんですね。

結局マーケティングデータを活用しても“大衆”というものはよく分からないので、判断基準は「いち映画ファンとしての自分」だと思っています。その代わり「なんで自分が見たいのか」をすごく掘り下げます。

――ということは、ずっとひとりで考えてらっしゃるんですか?

そういうこともありますし、周りにいる映画監督や俳優、ミュージシャンと会話しながら、仮説を検証することもありますね。

すると惑星直列のように、みんな同じことが気になっている瞬間がおとずれることがあるんですよ。

その瞬間に「こういう気分がこれから来るんじゃないか」と思いつきます。
人に話すのは、自分の考えたものが本当におもしろいのか自信がないからなんです。

そんなタイプだから、とにかく優柔不断。ギリギリまで決めないで、疑って疑って、最後までベストな形を求めて変え続けます

――昨今のビジネスマンは「早く決めることが正義」と言われている気がしますが、それとは逆行してますね。

早く決めることって、なんにも偉くないですよ。

ほかの可能性をなくすってことですから。僕はギリギリまでベストな可能性を探りたいから、すぐ決めない。

日本の言葉では“優柔不断”って悪い印象があるけど、ものづくりにおいては一番大事なことだと思います。
――昔からそういうスタイルだったんですか?

だんだん優柔不断が酷くなってますね(笑)。

それは自分が仕事をしてきた中島哲也監督、李相日監督、新海誠監督がいかに粘ってるかを体感してるから。いい監督ほど粘るんですよ。

――そのこだわりって、監督やほかのスタッフとぶつからないんですか?

あんまり衝突はしませんね。議論を徹底的にして選択肢を共有するので、最終的には落ち着くところに落ち着いてる気がします。

ただし、これは小説を書くようになってちょっと変わったことかもしれません。

――どういうことですか?

純粋に「自分だけで完結させたいテーマ」は、小説でやればいいと思うようになったんです。だから、「思い通りにならないことが映画をつくる醍醐味だ」と素直に楽しめるようになりました。

映画の場合、自分が考えてることって想像がつくから限界があるんです。そこに俳優の予想外の演技や作曲家の意外な音楽などが入ってくることで、おもしろい映画ができていく。

――ということは、企画もそのような予想外のことが起きそうな設計にされるんですか?

スタッフの組み合わせは特にそうですね。

『SUNNY強い気持ち・強い愛』は小室哲哉さんにサウンドトラックをやってもらったんですが、どんなものができるか想像できませんでした。でも結果としては、90年代を舞台とした映画で、いまの小室さんの新しい曲を流すことが、すごくおもしろく作用した。

そういう風に自分がわからないことを最初に設定して、苦しみながらも着地させるとユニークなものになっていきます

世界には気になるものが多すぎる

――先ほど小説の話が出ましたけど、川村さんは映画をつくりながらどうやって小説も書いているんですか?

スケジュールはめちゃくちゃで、昼間は映画をつくって、夜に小説を書いてます。

――ということは、朝方まで小説を書かれることも…?

はい。朝6時まで書いて、9時から映画の打ち合わせ、みたいなひどい時もあります。もうそろそろ、この生き方も限界ですかね(笑)。

――なかなかそんな生活できないと思うのですが、なぜそんなにも創作に駆り立てられているのでしょう。

気になるものが多すぎるんでしょうね。なんで人間はこんな行動をしてしまうんだろう、どうしてこんな変なことが当たり前だと思われているんだろう、とかが気になっちゃう。僕にとってそれを解決する方法が物語をつくることなんです。

たとえば「十代の頃は、まだこの世界に運命の人がいるかもしれない、って思ってた。あの感覚ってどうやって忘れていくんだろう」とか。それを描いたのが『君の名は。』

「もしも自分が死んでしまったら、そのあとの世界はどうなっていくのだろう」という死後への想像から生まれたのが『世界から猫が消えたなら』、「お金と幸せの、一番ベストなバランスはどこにあるのだろうか」という疑問から生まれたのが『億男』なんです。

そうやって映画や小説にして疑問を提示すると、「それ、私も気になってた」と言ってもらえるんじゃないかなと思っています。

つまりコミュニケーションに、一手間かかってるんですね(笑)
出典

©2018映画「億男」製作委員会

10月19日(金)全国東宝系にてロードショーする『億男』のイメージ画像
――それは一手間どころじゃないですね(笑)。 それだけの手間をかけてでも、疑問を解決したい欲が湧いてくるんですか?

そうですね。とにかく違和感があることの理由が知りたい。その原点は小学校のときの経験にあると思います。

――というと?

僕は幼稚園に行ってなくて、テレビも家になかったので、ほとんど世間を知らずに小学校へいきなり入りました。

図工の時間に粘土をやるから粘土板を買ってきなさい、と先生に言われて、僕は文房具屋でピンクの粘土板を買ったんですよ。

それを学校へ持っていったら「なんで女の粘土板を間違えて買ってきたんだ」とクラスメイトに言われたんです。それが衝撃でした。

――なるほど。「男なら青だろ」と。

そうです。粘土が黒くて汚いから、きれいな色のピンクの粘土板がいいと思って持っていっただけなのに、「それは女の色だ」って。

そのときに誰がどういう基準で決めてるんだろう、と思ったわけです。そういう違和感がいっぱいあって、いまでも続いている感じです。

「どうして俺の映画を観たいんだろう」徹底した“客目線”

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©2018「SUNNY」製作委員会

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』のワンシーン
――それだけたくさんの違和感を感じていると、お仕事での悩みになったりしませんか?

どこまでいっても自分たちがつくっているのはエンターテイメント。悲しいけど、なくなっても人間の生死にはかかわりません。

そういう「あってもなくてもいいかもしれない」ことを一生懸命やってるから、多少は行き詰っても「まあ別になくても誰も死なないもんな」という考えがベースにあります。そういうものを必死につくることが醍醐味ではあるのですが。

――ご自身がされてるお仕事に対して、そのように思ってるなんて意外です。

まあ、冷めてますよね。でもお客さんも冷たいから、大きな映画館でディズニーやスピルバーグ監督の作品と並べられて、どうして俺の映画を選んでくれるんだろう、って思いながらつくっているんです。

でも、だからこそ「どうやったら自分の映画を観たくなるか」を納得できるところまでやらないと気が済まないところはありますね。
――つくり始めた頃から、そのようにこだわり抜けていたんですか?

いやいや、最初はもっと天然でしたよ

でも、誰もやってないことをやろうとはしてました。「自分の見たい映画つくろう」と思って、当時はまだ誰も題材にしていなかったインターネットの中で起きたことを映画にしたのが『電車男』

いまよりは深く考えず、感覚だけでつくってたのが『告白』『悪人』ぐらいまででしょうか。

――なにか転機があったんですか?

自分のつくるものにそんなにパターンもないし、それを繰り返すことに少し飽きてしまったんです。そんなときにひとりでやろうと思ったのが小説。

デビュー作の『世界から猫が消えたなら』のラストシーンを書きながら「あ、小説って音がないんだな」と当たり前のことに気がついたんですよ。

映画の武器はやはり音だということに意識的になって、それからつくったのが『バクマン。』『君の名は。』のような音楽的な映画でした。

そんな風に、並行してやっていることが影響しあうのを繰り返しているのがこの数年です。

――挑戦の幅を広げることで、状況が変わったんですね。

はい。どんどんつくり方から変えていきたい。

いまだに、つくり方を疑ってるので、言うことも変わってきます。僕の場合は2年も経ったら「あのとき言ってたのはウソですよ」って自分で言いたくなってしまう。

でも、そうやって常に変わっていくほうが、現代的なつくり方なのかなとも思っています。

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は8月31日(金)公開

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©2018「SUNNY」製作委員会

異例のロングランヒットとなった韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』を、『モテキ』の大根仁監督と川村元気プロデューサーのタッグでリメイク。日本の90年代に流行した音楽やファッションを散りばめて、再構成しています。

さらには小室哲哉さんが音楽を担当されるなど、最強のスタッフ・キャストが集結! “笑って泣ける青春映画”に仕上がった『SUNNY 強い気持ち・強い愛』。乞うご期待!

〈取材・文=葛上洋平(@s1greg0k0t1)/撮影=森カズシゲ〉