山口周著『ニュータイプの時代』より

意味を感じられないと、人は壊れる。日本企業のビジョンは重要な要件を満たしていない

仕事
「これからの時代は、これまで『優秀な人材』と評価されていた人が時代遅れの存在になる」

電通、ボストンコンサルティンググループで組織開発などに従事してきた山口周さんの新著『ニュータイプの時代』の主張です。

働き方が変わっていくように、社会で必要とされる人材も変化している。これまで通りの成功体験では通用しない時代になってきた、と山口さんは警鐘を鳴らします。

そして、同書のなかでこれからの時代に活躍する「ニュータイプ」の存在を提示しました。

40年以上も働くであろう20代のビジネスパーソンにとって目指すべきその「ニュータイプ」とは?

同書から3記事を抜粋して、その答えに迫ります。

リーダーシップは文脈依存的

ビジネスにおいて私たちが向き合う大きな論点には「WHAT=目的は何か?」「WHY=それはなぜ大事か?」「HOW=どうやってやるのか?」の3つがあります。

特に組織の中でリーダーシップを発揮することを求められる立場にある人なら、この3つの論点に関する自分なりの方針を明確化し、組織に浸透させることが必須のこととして求められます。

ところが、ここで注意が必要なのが、これらの3つの論点の優先順位は、状況や文脈に応じて変わってくる、という点です。

たとえば市場の競争状況が固定的で大きな変化がないという状況であれば、重要になってくるのは「HOW」ということになります。

つまり、どうやって同じことを競合よりも効率的にやるのか、というのが経営上の大きな論点になってくるということです。

あるいは一刻の猶予もない危機的状況ということであれば、悠長に「WHAT」や「WHY」を話している時間はなく、とにかく「HOW」だけを指示してまずは難局を乗り切ることが先決でしょう。

しかし一方で、「HOW」だけで組織を引っ張っていこうとするオールドタイプのリーダーシップでは、組織に方向づけを与えることも、モチベーションを引き出すこともできません

このような世界にあって、ニュータイプは「WHAT」と「WHY」を示し、組織にモーメンタム(勢い)を与え、モチベーションを引き出して組織のパフォーマンスを高めます。

「WHAT」と「WHY」が欠けると人間は壊れる

「WHAT=目的」がわからず、「WHY=理由」もはっきりしない営みに人は「意味」を感じることができません。

19世紀ロシアの文豪、ドストエフスキーは、自身の収監体験をもとにして書いた『死の家の記憶』において、たとえば「バケツの水を他のバケツに移し、終わったらまた元のバケツに戻す」といった「まったく意味を感じることのできない仕事」こそが「最も過酷な強制労働」であり、これを何日もやらされた人間は発狂してしまう、と書き残しています。

レンガを焼くとか畑を耕すといった作業は、それが肉体的にどんなに厳しくても、最終的に家が建ったり、野菜ができたりすることに意味を感じられるのでまだ耐えられるけれども、意味のない労働には誰も耐えられないというのですね。

こういった指摘は、私たち人間にとって本当に重要なのは、労働の「量」よりも、実は「」の方なのだという示唆を与えてくれます。

この問題はそのまま「量にこだわるオールドタイプ」と「質にこだわるニュータイプ」という対比にもつながります。

翻って考えてみれば、現在の日本ではいろんなところで「働き方改革」の名のもとに、労働時間とという「量」の削減に関する取り組みが進んでいますが、その一方で、仕事の「質」に関する議論があまりにもないがしろにされているという印象を拭えません。

モノが過剰になり、意味が不足している時代において、私たちはなぜ働き続けるのか。

こういう時代において「仕事を通じて幸福になる人」を増やすためにも、私たちがあらためて考えなければならないのは、私たちの仕事が本来的に有しているべき「意味」をどうやって回復させるか、ということなのではないでしょうか。

「量」に関する議論はシロクロがすぐにはっきりするので、深く考えることを嫌がる人ほど安易に飛びつく傾向がありますが、現在の日本では多くの領域において「量的改善」の限界効用がほとんどゼロになりつつあります。

このような世界においては仕事の「量」の問題だけでなく、「質」の問題、つまり仕事の「WHAT=目的」や「WHY=理由」にしっかりと目配りすることが必要になります。

日本では「HOWのリーダーシップ」が重用された

経営におけるこの3つの論点、すなわち「WHAT」「WHY」「HOW」に関して考えてみれば、これまでの日本企業の強みは「WHAT」でも「WHY」でもなく、徹底的に「HOW」を磨き上げることによって形成されてきたということがわかります。

なぜこれでここまで勝てたのかというと、「目指すべき姿=WHAT」はすでに欧米先進企業がまざまざと目に見える形でそれを示してくれており、「目指すべき理由=WHY」もまた、そのゴールを達成することで幸福になれると誰もが考えていたからです。

このような状況において、リーダーからの「HOW」の指示に対して、そもそも「WHATは何なんですか?」とか「WHYは何なんですか?」という質問を出すような輩はむしろ競争力を削ぐ原因となったでしょう。

ところが1990年代の前半になって、この状況が大きく変化します。

すでに指摘した通り、日本企業が欧米先進企業に追いついたことで、これまで明示されてきた「WHAT=目指すべき姿」が喪失されたのと同時に、経済的に豊かになったにもかかわらず、「幸福の実感」が得られていないことで「WHY=働く意義」の説得力もなくなってしまったからです。

しかし、あれからすでに30年が経とうかというのに、相変わらず日本のリーダーの多くは「HOW」にこだわるばかりで、「WHAT」と「WHY」を共感できるかたちで示せていません。

このような状況に至って、なお「HOW」にばかりこだわるオールドタイプは、周囲の人々のモチベーションを破壊し、組織のパフォーマンスを低下させることになるでしょう。

一方で、このような時代において希少な「意味」を形成するために「WHAT」と「WHY」を構想し、語るリーダーは、周囲の人々からモチベーションを引き出し、組織のパフォーマンスを向上させるでしょう

WHATの要件は「共感」

ここまで読まれた読者の方は、ここで少し困惑されるかもしれません。

というのも現在の日本企業の多くは何らかの形で「ビジョン」や「中長期目標」を打ち出しているからです。

筆者は「WHAT」と「WHY」を示せていないことが日本企業の課題だと指摘しているわけですが、確かに多くの日本企業がなんらかの「ビジョン」や「中期目標」を打ち出しているという現状と、この指摘は不整合と思われるかもしれません。

しかしこれは不整合でもなんでもありません。

なぜなら、多くの企業が打ち出しているビジョン(と彼らが称するもの)は、ビジョンに求められる最も重要な要件を満たしていないからです。

ビジョンに求められる最も重要な要件、それは「共感できる」ということです。

目的とその理由を告げられて、自分もその営みに参加したい、自分の能力と時間を実現のために捧げたいと思うこと、つまりフォロワーシップがそこに生まれることで初めてそれと対になるかたちでリーダーシップが発現するのです。

ところが、多くの日本企業のビジョンは、その事業に参画する人にとって「共感できる」ものになっていません

では、どのようにすれば「共感」を獲得できるビジョンを打ち出せるのでしょうか? 先述した3つの要素、すなわち「WHAT」「WHY」「HOW」に沿って、いくつかの事例を分析してみましょう。

アポロ計画、グーグルに共通するビジョンのシンプルさ

まずは、ジョン・F・ケネディが1961年に打ち出したアポロ計画です。

アポロ計画において、ケネディは主にスピーチという形をとってさまざまな関係者に対して
継続的に次のようなコミュニケーションを行っています。

WHAT…1960年代中に人類を月に立たせる

WHY…現在の人類が挑戦しうるミッションの中で最も困難なものであり、であるがゆえにこの計画の遂行によってアメリカおよび人類にとっての新しい知識と発展が得られる

HOW…民間/政府を問わず、領域横断的にアメリカの科学技術と頭脳を総動員して最高レベルの人材、機材、体制をととのえる

極めてわかりやすく、また心に響くものになっているのが感じられると思います。

ちなみにアメリカ国民に向けてこの計画を最初に発表した際、多くのNASA職員は宇宙計画の縮小を覚悟していたと言われています。

そのような状況下で、このスピーチを初めて聞いたときの彼らの驚きと興奮をぜひ想像してみてください。

さて、現代に目を転じて、この構造は同様にイノベーティブな民間企業においても観察される構造だといえます。たとえばグーグルのビジョンを分析してみましょう。

グーグルは時期やメディアによってさまざまなビジョンやミッションステートメントを出していますが、それらを総合してみると下記のようなメッセージになります。

WHAT…世界中の情報を整理し、誰もがアクセスできるようにする

WHY…情報の格差は民主主義を危うくするものであり、根絶しなければならない

HOW…世界中から最高度の頭脳をもつユニークなタレントを集め、コンピューターとWEBの力を最大限に活用する

なんとも壮大な「WHAT」です。また「WHY」も極めてアメリカ的な「絶対善」の概念に根ざしていてわかりやすく、「HOW」も具体的です。

グーグルのマーケティングや採用活動は極めてユニークなことで知られていますが、このシンプルな「WHAT」「WHY」「HOW」と個別の企業活動がちゃんとアラインできているという点からも、このビジョンが極めて組織成員に共感され、浸透していることがうかがわれます。

時代に取り残されたくないのなら「ニュータイプ」を目指せ

ニュータイプの時代

ニュータイプの時代

PCやスマホのOSはどんどんアップデートしていくのに、私たち自身がアップデートしないまま生きていくわけにはいきません。

自分で課題点を見つけ出し、正解のない社会を生きていく

ニュータイプの時代』を読んで、その覚悟を決めないといけません。

〈撮影=疋田千里〉