山口周著『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』より

ウォークマンやiMacはどう生まれた? 歴史的意思決定の多くは「直感的」だった

仕事
世の中に流通しているビジネス本は数知れず。

日々たくさんの本を読んでなんとなく学びになっている気もするけど、せっかくだから確実に僕らの資産になる「珠玉の1冊」が知りたい。

そこで新R25では、ビジネスの最前線で活躍する先輩たちに「20代がいいキャリアを積むために読むべき本」をピックアップしてもらいました。

それがこの連載「20代の課題図書」。
第3回の推薦者はTheBreakthrough Company GO代表取締役の三浦崇宏さん

選んだのは、山口周さんの著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか ~経営における「アート」と「サイエンス」~』です。

著者の山口さんは、「分析」「論理」「理性」を重視する現代の企業およびビジネスマンは、これからの時代を舵取りすることはできないと強く主張しています。

三陽商会と新しいパーソナルオーダースーツブランド「STORY & THE STUDY」を手がけている三浦さんが推薦する同書より、「ビジネスマンになぜ美意識が必要なのか?」という点を3記事にわたってお届けします。

「論理」と「理性」では勝てない時代に

経営における意思決定にはいくつかの対照的なアプローチがあります。

ここではそれらを「論理」と「直感」、「理性」と「感性」という二つの対比軸で整理してみましょう。

まず「論理と直感」という対比軸については、「論理」が、文字通り論理的に物事を積み上げて考え、結論に至るという思考の仕方である一方で、「直感」は、最初から論理を飛躍して結論に至るという思考として対比されます。

次に「理性と感性」については、「理性」が「正しさ」や「合理性」を軸足に意思決定するのに対して、「感性」は「美しさ」や「楽しさ」が意思決定の基準となります。

さて、ここ20年ほどの歴史を振り返ってみると、日本企業の大きな意思決定のほとんどは、巧拙はともかくとして「論理・理性」を重視して行われてきているので、「直感」や「感性」を意思決定の方法として用いている会社なんてあるのか? と思われる読者もいらっしゃるかもしれません。

しかし、実はそういった例は少なくないんですね。

例えば「感性」、つまり「美しいか、楽しいか」という「感情に訴えかける要素」を意思決定の基準として設定している企業の一つに、ソニーがあります。

ソニーの「会社設立の目的」の第一条には「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」とあります。

これは平たく言えば「面白くて愉快なことをどんどんやっていく」ということです。

そういう目的を会社として掲げる以上、「何をやるべきか、やるべきでないか」という意思決定の際に準拠すべき基準は「面白いのか? 愉快なのか?」という軸、つまり「理性よりも感性」ということになります。

この設立趣意書をしたためたのは創業経営者の井深大でした。そして、ソニーの代名詞とも言える傑作商品であるウォークマンは、まさにこの井深大による「感性」によって世に出された商品だったということを思い出してください。

よく知られている通り、ウォークマンという製品はもともと、当時名誉会長だった井深大の「海外出張の際、機内で音楽を聴くための小型・高品質のカセットプレイヤーが欲しい」と言い出し、このリクエストに応えて開発部門が作製した、一品限りの「特注品」でした。

これを同じく創業経営者の盛田昭夫に見せたところ、盛田もこれを大いに気に入り、製品化にゴーサインが出されることになります。

当時のソニーはすでに世界的に名の知られた大企業でしたが、そういう企業において、これまで存在しなかった「ポータブル音楽プレイヤー」という製品の開発が「ねえ、これ見てよ」「おお、いいですね」で決まってしまったわけです。

膨大な市場調査とマーケティング戦略を記した分厚い商品開発戦略提案を、何十人もの役員で審議しながら、さっぱりヒット商品を生み出せない昨今の日本企業とは大違いです。

では「論理と直感」という対比における「直感」についてはどうでしょうか?

直感を意思決定の方法として用いていた経営者の典型例がスティーブ・ジョブズでした。彼は、「直感」について、次のような言葉を残しています。
インドの田舎にいる人々は僕らのように知力で生きているのではなく、直感で生きている。そして彼らの直感は、ダントツで世界一というほどに発達している。

直感はとってもパワフルなんだ。僕は、知力よりもパワフルだと思う。この認識は、僕の仕事に大きな影響を与えてきた。

出典 『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』

いかにもスティーブ・ジョブズらしいと言うべきか、いささか誇張された指摘にも思えますが、実際にスティーブ・ジョブズの意思決定が、多くの場合、一瞬の直感に導かれて行われていたことは確かなようです。

例えば、ジョブズがアップルに復帰した直後に販売したiMacでは、発売直後に5色のカラーを追加していますが、この意思決定の際に、ジョブズは製造コストや在庫のシミュレーションを行うことなく、デザイナーからの提案を受けた「その場」で即断しています。

製造や物流にある程度関わった経験のある方であればおわかりだと思いますが、もともと1色しかなかった製品に5色を追加するというのは、ロジスティクス全体の管理の難易度を飛躍的に高めることになるので、慎重な分析とシミュレーションを経て行われるのが常識です。

しかし、ジョブズはそのような「論理的」で「理性的」なアプローチを踏むことなく、「直感的」で「感性的」な意思決定を行い、実際にiMacは、アップル復活を象徴する大ヒットとなりました。

まず、ここで確認しておきたいのは、ビジネスにおける意思決定では「論理と直感」「理性と感性」という対照的なモードがあり、現在の一般的な日本人の通念としては「論理と直感」においては「論理」が、「理性と感性」においては「理性」が、それぞれ優位だと考えられがちなのですが、歴史を振り返ってみれば、過去の優れた意思決定の多くは、意外なことに「感性」や「直感」に基づいてなされていることが多い、ということです。

エキスパートは「美意識」に頼る

多くの人は、直感などというフワフワしたものに頼るのは危険なのではないか、やはり緻密に思考を積み重ねて論理的に意思決定するべきなのではないか、とお考えかもしれません。

緻密に論理的な思考を積み重ねて生み出した打ち手と、直感的にフワッと思いついた打ち手では、どちらの方がより有効なのか、という問題です。

これはなかなか一筋縄に答えの出る問題ではないのですが、考察の材料として、一つの実験結果を共有しておきたいと思います。

オランダのエイドリアン・デ・グルートという研究者は、ワールドチャンピオンクラスのチェスプレイヤー街のチェスクラブの常連(つまりアマチュアとしてはそれなりにハイレベルな人たち)という二群に対して、自分が考えていることを声に出しながらプレーしてもらうという実験をしました。

グルートはその模様をビデオに収録し、プレイヤーの思考過程を分析したのですが、この実験の結果、驚くべきことにワールドチャンピオンクラスのプレイヤーと街のチェスクラブの常連とのあいだで、読みの深さ、つまり読んでいる手の数についてはほとんど差がないということがわかったんですね。

では何が違ったのか? ワールドチャンピオンクラスのプレイヤーの場合、最終的に選んだ一番良い手が、読みの最初の数手の中に常に含まれていたのに対して、街のチェスクラブの常連たちの場合、たくさんの手を読んでも、最後まで一番良い手が含まれていなかったということです。

チェスの実力の差は、緻密に手を読んでいくという思考の粘りにあるのではなく、直感的にスジの良い手を思い浮かべられるかどうか、という点にこそ現れるというのがグルートの結論でした。

つまり、最終的には直感こそがエキスパートの重要な要件だということが確認されたわけです。

これは将棋でも同様のようで、大量の詰め将棋の問題を、1問につき1秒から数秒という極端に短い時間で解いていくという脳科学の実験に参加された棋士の羽生善治さんは、次のようにコメントしています。
詰め将棋の場合は、短いのは特にそうですけど、ほとんど最後の局面をイメージするかどうか、というところなんですね。

つくる場合も同じで、最後の局面をつくって、最初をどうするかというかたちで解いてる人が多いような気がします。

もちろん、最初から着実に考えていくという方法もあるんでしょうけど、実験の場では、そういう時間はないので。

出典 信原幸弘・エクスナレッジ『脳科学は何を変えるか?』

直感こそがエキスパートとアマチュアを分ける、と指摘すると、緻密に思考を積み重ねていく思考技術や思考体力は意味がないのか、と思われるかもしれません。

しかし、そんなことはありません。グルートの研究対象になったチェスのチャンピオンたちは、最終的に「フワッ」と浮かんだ手が本当に正しい手なのかどうかを検証するために、緻密な思考を使っています。

つまり彼らは、山の片側から緻密な思考を積み重ねながら、山の反対側からは直感に導かれたアイデアの正しさを検証するという、トンネルを山の両側から掘り進めて一つの道筋にするような知的作業をやっているわけです。

直感と美意識の関係

さて、読者の方の中には、複雑な問題を解くためには直感が大事だということはわかったけど、この直感と美意識とは、何の関係があるのか? と思われた方もいるかもしれません。

しかし、私は直感と美意識は強くつながっていると考えています。

というのも、この「フワッ」と浮かんだアイデアが優れたものであるかどうかを判断するためには、結局のところ、それが「美しいかどうか」という判断、つまり美意識が重要になるからです。

先ほどコメントを紹介した棋士の羽生氏はまた、「将棋における美意識」に関連して次のようなことを述べておられます。
美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。

正しい手を指すためにどうするかではなく、美しい手を指すことを目指せば、正しい手になるだろうと考えています。このアプローチのほうが早いような気がします。

出典 羽生善治『捨てる力』

前記の文章以外にも、羽生氏はよく「美しい棋譜を残したい」といった趣旨のコメントをしていますし、また自分と同様に、将棋の「美しさ」を目指している棋士として谷川浩司氏を挙げるなど、しばしば「将棋における美意識」について触れています。

高度に複雑で抽象的な問題を扱う際、「解」は、論理的に導くものではなく、むしろ美意識に従って直感的に把握される。そして、それは結果的に正しく、しかも効率的である、ということを羽生氏は述べています。

美しいと感じられるとき、それはなんらかの目的に適っている」というカントの指摘についてはすでに紹介しましたが、羽生氏もまた同様の指摘をしているわけです。

将棋は、言うまでもなく「論理が全て」という営みです。将棋を、数学のゲーム理論の枠組みで分類すれば「二人零和有限確定完全情報ゲーム」ということになりますが、これはつまり「完全な先読みが可能」であり、従って「数学的な解がある」ということです。

このような営みの、最高峰に位置する人が、難しい判断の基準として「論理」よりも「美意識」を用いている。

その一方で、はるかに非論理的な要素が複雑に入り混じる経営という営みにおいて、過剰に「論理」が重んじられ、「美意識」が軽んじられている。

このような状況について、私たちはよくよく考えてみる必要があります。

これからのビジネスの必須スキル「美意識」を磨くために必要な一冊

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~

ビジネスとは畑が違うと思われていた「アート」「美意識」の世界。

ただ、山口さんは、社会が十分に成熟した今だからこそ、「美意識」を基準にした判断が求められると言います。

美意識を高めるには何をしたらいいのか?

その答えはぜひ『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でお確かめください。

また新R25では、山口さんの著書『ニュータイプの時代』の抜粋記事も公開中。こちらも合わせてどうぞ!