「『ありがとう』を伝える手段を増やしたい」

「“ありがとう”や応援は無力と知った」安室奈美恵も手掛けた音楽Pがアプリ「さきめし」を始めた理由

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#ありがとうプロジェクト

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数カ月前までは想像もしていなかった未曾有の国難に直面し、社会は殺伐とした空気になっています。

しかし、この苦しい状況下だからこそ、誰かへの感謝を感じることもあるのでは?

新R25は、みんなが前を向くエネルギーになる「ありがとう」の声を届けるコンテンツをつくり、連載「#ありがとうプロジェクト」として発信していきます。
いま、街の飲食店は軒並みシャッターを下ろし、SNSでは「閉店のお知らせ」を嫌というほど目にします。

そんななか、飲食店を“先払い”で応援するプロジェクト「さきめし」が、注目を集めています。
5月には、大手飲料メーカー・サントリーが“日本の食文化を守る”という思いから総額1億円の支援金を表明するなど、話題沸騰なサービスなのですが…

じつはこの「さきめし」を作った株式会社Gigiの代表取締役・今井了介さんは、TEEの「ベイビー・アイラブユー」、安室奈美恵の「Hero」、Little Glee Monsterの「ECHO」など、数多のヒット曲を世に送り出してきた敏腕音楽プロデューサーなのです。

なぜ音楽の世界で働く今井さんが、飲食店を支える「さきめし」プロジェクトを始めたのか? 

そのワケをお聞きした結果、我々は“ありがとう”の無力さを知ることになったのでした…
【今井了介(いまい・りょうすけ)】作曲家・音楽プロデューサー。安室奈美恵「Hero」や、TEE/シェネル「ベイビー・アイラブユー」などを手掛ける。また、作家・プロデューサーのエージェンシー・タイニーボイスプロダクションを創業。チーム全体でCD7000万枚以上、配信では1億DL以上のセールスを記録する。現在では、東京・LA・シンガポールに拠点を構え、ワールドワイドに活躍中。2018年に株式会社Gigiを設立し、2019年10月に「ごちめし」をローンチ。2020年3月、コロナショックを受け「さきめし」をリリースする
〈聞き手=サノトモキ ※リモート取材でお届けします!〉

そもそも「さきめし」とは何か?

サノ

サノ

飲食店の先払いって、正直あんまりイメージがわかないんですけど…

「さきめし」っていったいどんなサービスなんでしょうか?
今井さん

今井さん

簡単にいうと、「飲食店のお食事(食券)を先に購入して、コロナが収束したあとで食べにいける」という仕組みですね。
今井さん

今井さん

もともと「さきめし」は、僕ら株式会社Gigiの「ごちめし」というアプリの機能を活用したものなんですよ。
今井さん

今井さん

ごちめしは、「どんな遠方からでも、人様にお食事をごちそうできるアプリ」なんです。

登録店舗のメニューから好きな料理を指定して、ごちそうしたい相手のLINEやSNSにURLを送る。

送られた人はそのページをお店で見せるだけで、料理を食べられるという仕組みで。
サノ

サノ

ほう…!

でも、お店で一緒に食べてるならまだしも、「スマホでごちそうする」ってどんなシーンで使うんですか…?
今井さん

今井さん

たとえば、仕事で助けてくれた仲間に感謝やお詫びで「今度絶対おごる…!」と言ったものの、うやむやになっちゃうことってありますよね。

そんな約束を、きちんと果たしてごちそうすることができます。

あとは、両親の記念日に「あの懐かしいお店にゴチっておいたから、2人で行ってきてよ」みたいに使ったり。
サノ

サノ

めちゃくちゃいい。
仕事仲間への感謝として「ゴチる」の、めっちゃウケよさそう
今井さん

今井さん

「ごちめし」は、そんな「ありがとう」「応援してるよ」の気持ちを、食事に乗せてお贈りするアプリとして、去年10月にローンチしたんですけど…

そこからわずか数カ月で、コロナショックが起きてしまった。

そこで急遽、ごちめしの「先に払って、あとで食べにいく」というシステムを活かして、飲食店に「自粛が終わったら食べに行くからね」という応援の声と、いまを生き抜くために必要なお金を届ける支援として「さきめし」を立ち上げました。
サノ

サノ

なるほど…そんな背景があったとは。
今井さん

今井さん

飲食業経営の当事者でない僕がどう言えばいいか難しいんですけど…

いま飲食店の方々は、何かしたいけど何もできないもどかしさのなかですごく苦しんでいるんですよ。
今井さん

今井さん

この自粛期間って、営業してないといっても従業員のお給料やテナント代は払いつづけなきゃいけないので、何百万、何千万円の固定費が発生してるわけですよね。

営業したとしてもお客さんは少ないから、食材の仕入れ費用が負担になる。

そうやって、頑張りたいのに何もできないままダメージを受けるしかないしんどさを、知人の飲食店経営者からいくつも聞いていて。
サノ

サノ

そうですよね…

自分がいつもお世話になってるお店を想像すると、ほんとうにしんどい。
今井さん

今井さん

でも今って、誰かと一緒においしいものを食べたり飲んだりすることがいかに幸せな時間だったかを、多くの人が実感してるタイミングだとも思うんですよ。

身近なお店が閉店していくなか、何もできないもどかしさを感じてる人もたくさんいた。

そういう状況だったからこそ、「さきめし」というサービスがこれだけ話題にしてもらえているのかなと思うんです。
サノ

サノ

コロナが終わったあとまた食べに行きたいお店のために、自宅からできることがある。

これって飲食店の方だけじゃなくて、僕らの心も少し救ってくれてるのかも。素敵なサービスだな…

「生きることそのもの」が脅かされたとき、音楽はあまりに無力だった

サノ

サノ

「さきめし」がいまの世の中に必要なサービスであることはよくわかったんですけど…

今井さんって、“音楽プロデューサー”なんですよね?

音楽関係者の方ってこういうとき、「音楽を届ける」というアプローチをする方が多いと思うんですけど、どうして「さきめし」を始めたんですか…?
今井さん

今井さん

それは…東日本大震災で、「音楽の無力さ」を知ってしまったからなんです
今井さん

今井さん

もちろん今でも、音楽で誰かの心を救うことができるのは、疑う余地がないと思ってますよ。

僕も震災後は、リオオリンピック・パラリンピックで安室奈美恵さんの「Hero」、ラグビーW杯でLittle Glee Monsterの「ECOH」など、人を応援したり鼓舞したりする機会に音楽家として携わることができて、とても幸せでした。

でも、「生きることそのもの」が脅かされているときって、“心を救う”だけじゃ圧倒的に足りないんです。
サノ

サノ

ああ…ちょっとわかっちゃうかも。
今井さん

今井さん

寒いから暖まりたい、空腹を満たしたい、お風呂に入って身体を清潔にしたいと思っている人に音楽を届けても、根本的な苦しさは何も取り除いてあげられない。

音楽やスポーツのようなエンターテインメントは、あくまでもその先で人々の心を支えるものでしかないんだという現実を突き付けられてしまった。
サノ

サノ

目の前の具体的な課題が解決されない限り、苦しい状況は変わらないままですもんね…
今井さん

今井さん

応援する」だけじゃなく、「具体的な支援をすること」の両方が必要なんだと、僕はあの震災で思い知ったんですよね。

言葉やエンタメでエールを送ることはもちろん素晴らしいことだけど、それだけでは乗り越えられない。

だからそれ以降は、音楽で人の心を応援するだけじゃなく、“衣食住”のような、人が生きるためのエッセンシャルな部分をダイレクトに支援できる仕組みを作りたいと模索していて。
「そして…」
今井さん

今井さん

その想いの延長線上で生まれたのが、「さきめし」というサービスだと思っています。

「また食べにいくよ」と日ごろの感謝を伝えるだけじゃなく、先払いをすることで飲食店の経済的なダメージを具体的に支援することもできる。
サノ

サノ

「さきめし」は、「東日本大震災での無力感を繰り返さない」という強い覚悟をもった今井さんだからこそ作れたサービスなんだな…
今井さん

今井さん

こういうとき僕らは、「何か一つ添えたありがとう」を伝えられるといいんだろうなと思います。

感謝の言葉とともに何か具体的な支援ができるサービスが増えて、「ありがとう」を伝える手段がもっと豊かになっていけば、きっと救われる人の数も変わってくる。

「さきめし」は、そうやって「ありがとう」を次のステージへブーストしていけるプラットフォームにできたらいいなと思っています。

「サントリーの支援で“価値観を塗り替えられるかも”と思った」

今井さん

今井さん

ただ、「さきめし」はリリースする前…どの金融機関からも、どのコンサルタントからも、どの投資家さんからも、全員から反対された部分がありまして。
サノ

サノ

ど、どんな部分でしょう?
今井さん

今井さん

「お店から手数料をいただかない」というビジネスモデルです。
今井さん

今井さん

世の中のフードテックサービスで、お店から手数料を取らないサービスってほとんどないんですよ。

予約サービス、デリバリーサービス…有名なものはいっぱいありますけど、たいていの場合はお店から20~35%くらいの手数料を取ってるんです。
サノ

サノ

そういう手数料を払う余裕がないお店が多いから、飲食業界はキャッシュレスも進みにくいと聞いたことがあります。
今井さん

今井さん

僕らはあくまでも“飲食店を応援したい”というのが根本にあった。

なので、お店からは手数料をいただかず、ごちるユーザーが料金の10%を負担する仕組みにしたんです。

そうしたら、「なんでお店から取らないの?」って言われまくってしまったんですね。

そんな薄利なビジネスモデル、すぐ潰れるよ」とか、ほぼ全員に近いレベルで言われました(笑)。
サノ

サノ

そうだったんですね…
今井さん

今井さん

ただ、そんななか…

サントリーさんだけは「いや、そこがいいと思います」と言って声をかけてくださったんです。
「我々のサービスを発見して、“ご一緒しませんか”と手を差し伸べてくださって」
サノ

サノ

サントリーからは、総額1億円が支援されるんですよね…!?

いったい何に使われるんでしょうか?
今井さん

今井さん

まず、一部はストレートに寄付にあてます。

5月25日から31日まで、「さきめし」を通じてユーザーさんから全国の登録店舗のために寄付を募るんですが、そこにサントリーさんからもご支援いただく形です。
サノ

サノ

すごい!

あと、「さきめし」で飲食店に寄付できるのもすごくいいな…
今井さん

今井さん

そして残りの金額で、同じく5月25日から「10%のユーザー手数料を無料にするキャンペーン」を実施します。

こちらは、サントリーさんからの支援総額が1億円に届くまでご協力いただけることになりました。
つまり、お店もユーザーも手数料が無料ってこと…?
今井さん

今井さん

「飲食店を応援する」というアクションへのハードルを極力下げるためにと、力を貸してくださって。
サノ

サノ

めちゃくちゃ素敵だ…
今井さん

今井さん

僕らが見ている世界に対して、「いいよね」と言ってくれる方もいるんだってことを確信できて、すごくうれしかったですね。
今井さん

今井さん

なんとなく、平成って少し拝金主義に走った時代だったと思うんです。

「勝てば官軍」じゃないですけど、人をだましてでも自分が得できればいいという価値観が割とあったと思う。

でも令和は、何かを与えあうことで、お互いの幸福が循環しあっていくというのがスタンダードになっていくんじゃないかと思っています。

「さきめし」も、そういう文化や価値観を創出する、一つのきっかけになれたらうれしいです。

僕らの生活を守ってくれてるすべての人が「ありがとう」を言われるべき

サノ

サノ

途中、「ありがとう」を次のステージへというお話もありましたが…

今井さんがこの厳しい環境下で「ありがとう」を伝えたいのって、どんな人でしょうか?
今井さん

今井さん

これねえ、すごく月並みなのかもしれないんですけど…

僕らの生活を支えてくださってるすべての方への想像力を、欠かしちゃいけないと思うんですよね。
今井さん

今井さん

今みんな自粛してるけど、ご飯は食べるでしょ? 

全部デリバリーってのは金銭的に辛いから、自炊したりコンビニで買ったりもするじゃないですか。

そうなると、不要不急の逆で、「“要”と急“で外に出るとき」がある。

そういうときに、必ず働いてくださってる方がいるわけじゃない?

医療関係に限らず、コンビニもスーパーも交通機関も…僕らが今も比較的普通に暮らせているのは、生活の基盤を支えてくださってる方が絶対的にいるからですよね。
サノ

サノ

たしかに。
今井さん

今井さん

本当は彼らだって、各々個々人の想いがあるわけですよ。

うちの会社でも、まだ若くて「僕はガンガン外で働けますよ」みたいな意気込みの人もいれば、奥さんが妊娠してるからどれだけ重要な案件でも外には出たくないという人もいる。

いろいろな気持ちを持ちつつも、「出ろ」と言われて泣く泣く働いてる方も絶対にたくさんいるはずだと思うんです。
今井さん

今井さん

そうやっていろいろな気持ちを抱えながらも、人々の生活を支えようとしてくれてる人たちすべてに、感謝の気持ちを伝えたいなと僕は思ってます。

そして、彼らのために僕たちにできる「何か一つ添えたありがとう」はないだろうかということを、感謝の意味も込めて考えつづけたいです。
サノ

サノ

言葉だけじゃない、「何か添えたありがとう」を送る大切さ…ものすごくわかった気がします。

今日はありがとうございました!
“ありがとう”がもっと豊かになっていけば、きっと救われる人の数も変わってくる

感謝を伝えることはもちろん素晴らしいことだけど、「言葉」だけじゃ足りないこともある。

「ありがとう」を伝える数だけでなく、その手段も豊かにしていく
という考え方は、とても新しく、意味のあるものだと感じました。

「ありがとう」がきれいごとで終わってしまわないために、筆者も自分なりにできる「何か一つ添えたありがとう」を考えてみたいと思います。

〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)〉