斎藤哲也の読んでるつもり?

ポエムはなぜヤバいのか?

2014.03.06 THU

BOOKレビュー


『ポエムに万歳!』小田嶋 隆/新潮社/1365円 桜井としき= 撮影
■ポエム化の進行は80年代から始まった

1月にNHKのクローズアップ現代で取り上げられて以来、「ポエム」あるいは「ポエム化」という言葉がちょっとした話題になっている。その火付け役となった雑誌記事を収録した小田嶋 隆さんの『ポエムに万歳!』では、ニュース原稿やスポーツ選手、女優の言葉、東京五輪招致のメッセージなどを例に挙げながら、ポエムまみれになっている日本の現状をかなり切実に憂いている。

小田嶋さんによれば、ポエムとは「詩になり損ねた何か」であって、「感情に流れて文体がブレてしまったり、語尾が舌っ足らずになったり、結論が、前提と関係なく屹立したりすると、文章は、ポエムの色彩を帯びる」。まあ、夢とか勇気とか感動のようなベタベタな言葉がポエムを発生させやすいわけだ。

この「ポエム化」の進行は80年代が境であり、その理由のひとつとして「かつて日本人が共有していた古典教養がまったく継承されなくなったことがある」と小田嶋さんは推測している。かつては国民全体で共有している詩歌があったが、それが衰退したために、やっつけのポエムが幅を利かせてしまっている、と。なるほど、価値基準が共有されていなければ、ポエムも個性の一言で済まされる。ポエム化とは畢竟、個性化の末路と言えるかもしれない。

■言葉が衰退すると社会は自滅する

「ポエム化」という言葉こそ使っていないが、『言葉が足りないとサルになる』の問題意識も小田嶋氏と共通している。「ウゼぇ」「チョーヤバくねぇ?」「っていうかアリっぽくねぇ?」といった幼児語ばかりを使い続けていると、内面までバカになってしまう。なぜなら、言葉が内面を作っていくからだと著者はいう。この見方にしたがえば、ポエムな言葉ばかりを使っていると、心のなかもめでたいお花畑になっていく可能性が高い。

言葉の衰退がもたらす弊害は、個人だけにとどまらない。「まともなことを言っても誰も取り合ってくれないこの世の中」という意識が浸透すると、社会そのものが自滅してしまうとも本書は警告している。政治がらみの失言、暴言やヘイトスピーチの横行は、日本社会の衰弱を物語っているのだ。

『夜露死苦現代詩』は、いわばポエムそのもののなかに詩の可能性を見いだそうとする本だ。痴呆老人や死刑囚の俳句、暴走族の刺繍など、プロの詩人とは縁のない場所で、「言葉の直球勝負」が繰り広げられている。それとは対照的にプロの現代詩業界は衰退が著しい。言葉の衰弱にあらがうには、「だれもが愛しているのに、プロだけが愛さないもの」を揶揄するだけでなく直視することも必要なようだ。

(斎藤哲也)

<書籍紹介>
●『ポエムに万歳!』小田嶋 隆/新潮社/1365円
●『言葉が足りないとサルになる』岡田憲治/亜紀書房/1680円
●『夜露死苦現代詩』都築響一/ちくま文庫/998円

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