斎藤哲也の読んでるつもり?

普通の人の話に耳を傾ける

2014.07.04 FRI

BOOKレビュー


『街の人生』岸 政彦/勁草書房/2160円 桜井としき=撮影
■「普通の人」とは誰のことか

時折、「普通の人」ってどんな人だろうと考えることがある。地球のあらゆる人間の属性を集計して、平均化した人間がいるとしたら、それはそれで普通の人とは思えない。一般的には「有名人ではない」程度の意味で使われているのだろうけど、それなら圧倒的多数の人が「普通の人」なのだろう。

『街の人生』は、日系南米人のゲイ、ニューハーフ、摂食障害の当事者、シングルマザーの風俗嬢、元ホームレスという「マイノリティ」へのインタビューを集めた本だ。著者は、社会学者の岸 政彦さん。社会学という学問では、個人の生活史を聞き取り、それをもとに社会のあり方を分析しなければならない。でも、本書にはそういった分析はなく、「まるで異なるカテゴリーの人びとの生の語りが、ランダムに並べられている」ような構成になっている。

彼ら、彼女らは、「マイノリティ」と呼ばれていても、普通の人であることに変わりはない。それぞれのインタビューでは、生まれてから現在にいたるまでのざっくばらんな語りがそのまま活字となっている。僕ら職業的なライターが誰かをインタビューする場合、相手が誰であっても、生のまま活字にすることはほとんどない。かなりの加工や編集をほどこし、ときにはかなり強引に物語化して、それを記事や本に仕立て上げる。そこでは削られてしまう他愛もない断片的な生の語りまで収めた本書のような本はじつはとても少ないのだ

■ありえたかもしれない私がそこにいる

『東京タクシードライバー』は、タイトルどおり、東京でハンドルを握る13人のタクシードライバーの話に耳を傾けたノンフィクション。タクシードライバーになるまでの経歴は13人13様で、大企業経験者もいれば、ホームレス出身もいる。飲食業の過酷な仕事に疲れ果て、家族との時間を確保するためにタクシードライバーに転身した人もいる。この13人もまた、普通の人に違いない。でも、本書や『街の人生』を読むと気づく。普通の人とは、ありえたかもしれない僕やあなたの人生だったかもしれないことに。

この2冊はともに、民俗学者の宮本常一が1960年に世に出した『忘れられた日本人』の遺伝子を受け継いでいるように思う。宮本は全国を旅しながら、古老の生い立ちや村の習俗を聞き取っていく。数日もかけて村の問題を話し合う寄りあいのことや、土佐山中の橋の下に住む盲目の老乞食の話、若い時代にあちこちを流浪した「世間師」と呼ばれる人たちの生き様―。

誰かが聞いて記録しなければ、普通の人の暮らしは残らない。検索では決して知ることができないのだ。
(斎藤哲也)

<書籍紹介>
●『街の人生』岸 政彦/勁草書房/2160円
●『東京タクシードライバー』山田清機/朝日新聞出版/1512円
●『忘れられた日本人』宮本常一/岩波文庫/756円

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