ペットボトルビールは白紙になったが…

多くの人々を元気にさせたアサヒビールの「歴史」

2004.10.21 THU

国内初のペットボトルビールは発売が見送りとなった。背景にあるのは、環境への配慮だといわれる。ペットボトルの生産量に対する回収率は、約61%とアルミ缶の約82%に及ばないのだ。91年に業界に先駆けて生活環境委員会を設置するなど、環境問題に積極的に取り組んできたのが、アサヒビール。むべなるかな、という選択だろう。

さて、このアサヒビールという会社、R25世代の目には、どう映っているだろうか。言うまでもなくビールのトップ企業だが、実は20年ほど前、どん底の状況に追い込まれていた時代があったのである。

アサヒビールは49年、過度経済力集中排除法により、当時シェア70%以上を持っていた大日本麦酒の分割によって生まれた。同社には4つのブランドがあり、「サッポロ」「エビス」を引き継いだのが、後のサッポロビール。そして「アサヒ」「ユニオン」を引き継いだのが、後のアサヒビールだった。そう、アサヒとサッポロは、かつて同じ会社だったのである。当時、それぞれのシェアは30%を超えていた。このとき、シェアが25%台だったのがキリンビール。ところが、キリンは戦後わずか数年で両社を引き離し、76年にはシェア64%を獲得する「ガリバー」となった。

一方、アサヒのシェアは、55年の31%台、65年の24%台、75年の13%台と急落。85年には8%台に落ち込み、まさに瀕死の状態に陥ってしまう。しかし社長交代を機に、社内の意識改革を実施。ビール開発でも消費者ニーズを徹底的に分析、これまでにないビールづくりに挑んだ。そして87年に空前のヒットとなったのが、今も銘柄別シェアでダントツのトップを走り続ける「スーパードライ」だったのである。

どん底からの一気の大逆転は、奇跡ともいわれた。その勢いそのままに、アサヒビールは今もアグレッシブな経営を続けている。企業は生き物。何かのきっかけですごいことが起きてしまう。やっぱり夢は捨ててはいけないのだ。

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