「格差社会」と騒がれてるけど…

「資本主義」って僕らにとってやさしいの? 冷たいの?

2006.09.07 THU

近ごろ「格差社会」という見出しを目にする機会が、とみに増えてきた。親の階層や収入が子のそれを決める階層格差は、2000年あたりから議論が活発だが、最近いわれている「格差」は、もっと直接的な、現在の所得格差をめぐっての話だ。

テレビや雑誌で報道される「ワーキング・プア」は、その象徴的な存在だろう。汗水たらして働いても、生活保護以下の収入しか稼げない。そんな境遇では、労働意欲も失われて当然だ。

かつてマルクスは、資本家から搾取されて貧困にあえぐ労働者にこう呼びかけた。「万国の労働者よ団結せよ」(『共産党宣言』)と。マルクスにとって資本主義とは、生産手段を独占した資本家が、労働者(=プロレタリアート)を安い賃金で働かせ、賃金以上の商品を生み出すことで「儲け」を独占するシステムだった。

資本主義が続く限り、労働者は労働の充実、ひいては豊かな人生を得られない。よって、「資本家階級を打倒し、労働者階級を解放せよ!」というのが、いわゆるマルクス主義の階級闘争論だ。

格差が開きつつある現在、マルクス同様、資本主義に冷酷さを感じる人も多いに違いない。しかしソ連が崩壊し、私有財産を認めない「共産主義」という楽園が幻想でしかなくなったいま、資本主義にとってかわる制度はおそらく存在しない。

一国単位で考えるならば、全体のパイを増やすことで、たとえ格差があろうと豊かさは実現できる。現在だって日本は、最も豊かな国の一員であり、餓死者が続出するような社会ではない。その程度に、資本主義は成熟を遂げてきたのだ。

資本主義ゆえの不幸と幸福。その収支がどちらに傾くかは、個々人によって違うが、パイの増加(=経済成長)とその再分配、さらには機会の平等の保証は、政治の課題でもある。ポスト小泉政権は、やさしい資本主義を実現してくれるだろうか。

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