金融庁の「金融改革プログラム」終了

日本の銀行業界は、この10年でどう変わった?

2007.05.24 THU



写真提供/時事通信
金融庁の「金融改革プログラム」が3月末で終了した。02年に当時の竹中平蔵大臣が打ち出した「金融再生プログラム」に続くこのプログラムの終了で、金融行政の方針を包括的に示す指針は姿を消すことになった。バブル崩壊にともなう金融危機の亡霊は、とうとう日本から去った、という意味なのか。

10年前、日本の金融業界は危機的状況にあった。95年、戦後初の銀行倒産が起こると、97年には北海道拓殖銀行、山一證券が破たん。翌年には、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破たん。銀行株は売られ、日本銀行が株を買い入れたほどだった。02年秋、竹中大臣の就任直後には、最大手行の株はなんと1カ月で40%以上も下落した。

バブル崩壊で日本の土地総額は90年の2400兆円から10年間で900兆円下落。株式時価総額も89年の900兆円から10年間で600兆円下がった。合わせて日本のGDP3年分、1500兆円もの資産が失われたのだ。まさに世界に例のない未曾有の不況だった。土地を担保に融資していた銀行が、影響を受けないはずはない。こうして生まれたのが、回収できない不良債権の山だった。02年度3月期には、その額は43兆円に。この重荷で銀行の融資は滞り、他産業にも大打撃を与えた。そして登場したのが、「金融再生プログラム」だった。05年3月末までに、大手銀行の不良債権比率を半分にせよ、と強制的に処理を進める荒療治は結果的に危機を乗り切らせる。

時期に合わせるかのように銀行業界は大再編を行う。規模拡大で効率化を図ることの他に、苦しい銀行を合併で救済する意味合いもあったといわれる。それにしても、かつて都銀13行、信託6行、長信銀3行の大手銀のうち、今や名前が残っているのは、わずか1行。この10年が銀行業界にとって、いかに凄まじい時代だったか想像がつく。

今後は“平時”の金融行政が行われていく。ようやく呪縛から解き放たれた業界から、どんな斬新なアイデアが生まれるか。世界も注目している。


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