ルーツは江戸時代にあり!?

全国売上シェア90%以上!“プラモの聖地”静岡の謎に迫る

2008.12.04 THU



写真提供/田宮模型
君は『ダッシュ! 四駆郎』世代?それとも『レッツ&ゴー!!』世代? もちろんこれはタミヤのミニ四駆の話ですが、我々20~30代に、今さらこんな説明はヤボですな。

ミニ四駆やガンプラをはじめ、プラモの聖地といえば、静岡県。タミヤ、アオシマ、ハセガワ、バンダイといった有名メーカーの本社や工場があり、そのシェアは実に90%以上を占めるわけですが、でも、なぜ静岡県の、特に静岡市にこれほどプラモ産業が集中しているのか? 静岡市の地域産業課・稲葉さんにうかがいました。

「静岡県のプラモデル産業の前身は、木製模型飛行機の製造で、昭和7年にアオシマの創業者である青島次郎氏が製造販売したことが発祥といわれています。その後、第二次世界大戦中は、原料不足から他県の木工産業が生産不能に陥るなか、当県は『重要木工県』という指定を受けていたことで、模型飛行機の生産も続けられたようです」

最近アオシマは痛車プラモでも話題ですね。でも木の模型がなぜプラスチックに?

「戦後の昭和25年以降、欧米からプラモデルが輸入されるようになると木製模型市場は急速に廃れていくんですが、この時に素早く素材転換に成功したのが、静岡市のメーカーだったんです。田宮模型の会長の回顧録を読むと当時の業態転換はのるかそるかの大博打だったようですね」

そもそもなぜ静岡では木工が盛んなの?

「元をたどれば徳川時代。静岡市には浅間神社という大きな神社があるんですが、これが時の将軍により、寛永時代と文化時代の二度にわたり大造営を行っておりまして、その際に全国から様々な職人達が集められたようです。記録に残る文化の造営では60年もかかったそうですから、やがて職人が静岡に定住し、彼らが家具やひな人形、仏壇、蒔絵といった、現在も続く静岡市の地場産業の礎となったようです」

特に駿河指物という木工の伝統技法が、プラモ産業のルーツとも。世界に誇る日本のプラモも、将軍様のおかげ?


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