「俳優の仕事はすばらしい!」

船越英一郎

2009.12.17 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA
生身と生身でぶつかるダメな男にこそ共感

『ウルルの森の物語』は、ファミリー向け映画である。母親の病気で北海道にやってきた幼い兄妹がエゾオオカミの子どもらしき子犬と出会い、彼を野生に帰す物語。ウルルはウルフドッグの子犬。めちゃくちゃカワイイ。で、けなげな子どもたちが彼と冒険する。“動物×子ども”の黄金の方程式だ。が、いい大人としては、“カワイイ×けなげ”だけでは、あっさりしすぎ。
だが、船越英一郎演じる父親が、なかなかにダメなのだ。野生動物の救急医療を確立するという夢を追っかけて、家族を捨てることになった男。
「職業人としてはプロだし、男として見ても非常にロマンチスト。憧れるところもありますけど、父親として、大人としては非常に未成熟なんですね。子どもたちに自分の背中を見せようとしゃかりきになるんだけど。結局は逆に子どもたちの背中を見せられて、そこから、なくしていたものや忘れていたことを教わるんですね」
ウルルを森に帰しに行く子どもたちを見守りながら“こけちまえ! 泣いちまえ!”とか考えてしまう。そうすれば、大人としてきちんと保護できるから。そう思ったということを、当の子どもたちに告白するストレートさ!
「アレは言えませんよね。でもそうやって弱みを見せた…犬にたとえればおなかを見せた瞬間、そのときに関係を阻んでいた壁が全部取り払われるんじゃないかな。自分が親として子どもと歴史を重ねたことを振り返ると、裸で向き合ったとき、子どもの心に一番ストレートに届いた。親と子といっても人間同士です。生身と生身でぶつかるのが、すべてなんじゃないかな」
ウルルは、絶滅したはずのエゾオオカミの生き残りと目される。作中、しかるべき施設の人が現れて保護育成を申し出るのだが、子どもたちがさらっていってしまう。それで冒険が始まるのだが、“野生動物の保護”を考えるとムチャクチャ…オトナ目線で見ると、こんなふうになる。
「そうです! ぜひ、この映画をコミュニケーションツールとして使っていただきたい。親子とか大切な人と観てもらって。その辺の議論を闘わせてもらえればイイと思いますね」
目指したのは、まさに“お正月の家族映画”。目を覆うシーンもなく家族全員でドキドキワクワクできる映画。
「そういう映画を年いっぺんぐらい家族全員で観ようよ、と」
これはそのまま、船越英一郎の作品選びの基準につながる。
「僕は自分が、“みなさんに作品を届ける立場にいる”と思ってるんです。観た人が明日を生きる元気を持てたり、ダメージを癒やされたりするような作品に携わりたいんです。サスペンスは人間の暗部を見せます。でも最後は人間賛歌で終わりたい。それが僕の中にあるひとつの基準ですね」
でも、もとより、“みなさんに届ける立場”なんて思っていたわけではない。
映画が大好きな少年で、映画が大好きな青年になり、映画を作ることを生業にしたかった。こだわっていた分、凝り固まっていたという。“2時間ドラマの帝王”と呼ばれ、悪びれることなく戴冠する。バラエティ番組でもスイスイと泳ぎ回る。今の軽妙な佇まいとはずいぶんギャップがある。

目指すのはスターではなくごく普通の俳優

デビューは82年、大学4年生。佐藤浩市や中井貴一が立て続けにデビューした二世ブームの時代。俳優・船越英二の長男であるエイイチロウも、「ずいぶん意識していた」と笑う。
「ものすごくイージーに物事を考えてたんじゃないかな。映画監督になりたかったけど、映画会社は狭き門。でも制作会社で食うや食わずの生活をして助監督から監督を目指すほど図太いものも持っていなかった。ならば俳優としてこの世界に携わりながら、勉強をさせてもらってお金を貯めて、映画を撮るかと…若者の青さの典型(笑)」
父・英二は「3年やって飯が食えなければ、深追いするな」と言った。
「まだやり直しが利く、その段階できちんと自分でジャッジしなさいと。非常に反対されました。どこまでいっても俳優は受け身の仕事だし、努力が報われる保証がまるっきりないからって。親父自身が肌で感じた苦労を僕には味わわせたくないという思いが強かったんでしょうね。で、飛び込んでみたはいいけど、芽が出ない(笑)」
3年目で所属事務所に「自分をもっと売ってくれ」と直訴、「ウチは本来アイドル事務所だから」と丁重に断られる。スターになれると思っていた。だが間違いだったということに気づく。そして、自分は役者になろうと決意する。
「スターって、望んでなれる職業ではないんですね。その人のえもいわれぬ魅力に取りつかれたみんなに作り上げられるもの。役者は、仕事があろうとなかろうと“なる”って宣言した瞬間からなれます。僕はスターという幻想をそこで捨てたんですね(笑)」
そして86年、25歳のときにロックミュージカル劇団『MAGAZINE』を立ち上げた。
「原点回帰をしよう。同じ志を持った仲間とともに、イチからものを作るということを学び直そうと思ったんです。劇団って、まったくお金にはなりません。しかも表現のために極限まで自分たちを追い詰めていくことを強いられる。さらには人間関係という大きな問題にも直面する。人間関係なんて、俳優をやることとは何の関係もないこと。俳優という仕事がすばらしいのは、まったく無駄がない点。経験をすべて仕事にフィードバックできますし」
“かわいい子には旅をさせろ”を自分でやってみたらしい。
そして徐々に2時間ドラマの脇役として活躍し始めた。高橋英樹が船長を演じる、通称“船長シリーズ”に一等航海士役で出演し始めたのが27歳、片平なぎさがフリーライターを演じる“小京都ミステリーシリーズ”にカメラマン役で出演し始めたのが28歳。
「がむしゃらでした。俳優が、自分の職業になり得るのかわからずにきて、“演じるとはどういうことか”なんて意識もしなかった。いただいた役を愚直に演じてきただけ」
30に手が届くころ、少し余裕が出てフッと芽生えたのが「自分は、スクリーンや画面の向こう側にいるみなさんにめがけて演じているのだ、という思い。僕はその人たちに自分の思いを届けるという仕事をしているんだと意識するようになってきたんです」。
気づくと、全局の2時間ドラマにレギュラーキャラクターを持ち、“帝王”と呼ばれるようになっていた。
「最初はおこがましいと思いました。先達の俳優さんがいっぱいいらっしゃるなかで、僕がそんな冠を与えられるなんて。でも、よく考えたらご辞退申し上げる方がおこがましいだろうと。応援してくれるみなさんにかぶせていただいた冠ですから。それを押し抱くことで、つねに自分自身への戒めを持ちながら活動していくのが、俳優として正しいあり方なのではないだろうかと思うようになったんですね」
40歳を過ぎて、バラエティにも積極的に進出するようになった。
「結婚が大きかったですね。僕、結婚したら、奥さんと一緒に小学生の子どもがくっついてきまして。素の自分なんて、面白くも何ともないと思ってたんですけど、父親として彼と向き合ってあがいている自分の姿は、観ている人に何かを感じてもらうことができるんじゃないかと思うようになりました。おかげさまで今では欠かせないお仕事になりました(笑)」
小さな子どもが彼を“フナコシ”呼ばわりする。バラエティをきっかけに2時間ドラマでチャンネルを留める。お正月には家族が劇場で、フナコシとオオカミの映画を観る。船越英一郎は、20代半ばであきらめたものを…もしかしたらそれ以上のものを、コツコツと20年かけて取り返したのに違いない。
「ホントに、俳優には無駄がないものでございますね」
そう言うと、船越英一郎は東京国際フォーラムのエレベーターに乗り込んだ。翌日早朝から、宮崎でロケらしいのだ。

1960年、神奈川県生まれ。父は俳優の故船越英二。82年、大学在学中に、ドラマ『父の恋人』でデビュー。民放各局に2時間ドラマの主演シリーズを持つ“2時間ドラマの帝王”。主演ドラマ『その男、副署長』(テレビ朝日)のシーズン3は12月17日(木)最終回。『ソロモン流』(テレビ東京)ではMCをスタイリッシュに務める。過労死の末、石原さとみの姿で現世に7日間甦るドラマスペシャル『椿山課長の七日間』は12月19日午後9時よりテレビ朝日系列で放映。『ウルルの森の物語』も12月19日全国東宝系にて公開。

■編集後記

25歳で結成した劇団は、ビジネスとしては成立しなかった。「俳優は、あらゆる経験が役にフィードバックされる仕事ですけど、どうせなら、それが創作活動の中で成されるに越したことはないですよね。劇団を作ったことが正解だったかはわかりません。でも確実にトレーニングされたと思っています。劇団が終わったとき、何も残らなかった。人から見れば無駄にしか思えない、その時間の中に、実は大変な蓄財がなされていた。それが今日の僕を支えている実感はあります」。

武田篤典(steam)=文
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稲田 平=写真
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