旬な人インタビュー

栗城史多

2010.03.25 THU

premiereR25


くりき・のぶかず 1982年北海道生まれ。162cm、60kg。肺活量・筋力ともに成人男子の平均以下。体は硬く、高所も高度順応も苦手ながら、日本人初の7大陸最高峰単独・無酸素制覇を目指すソロアルピニスト。22歳の北米最高峰「マッキンリー」登頂以降、6大陸最高峰に単独・無酸素で登頂している http://kurikiyama.jp/
山の大きさに比べたら
人間なんて虫みたいなもの

画面に映るのは、黒いほどに青い空と、ところどころ雪に覆われた山頂。荒い息づかいに混じって、登山家の声が聞こえてくる。「動きたくない」「体が寒い」「ぶっ倒れそう…」。それでも登山家は頂上に辿り着き、標高8163mのピークにごろりと身を横たえる。「栗城です。頂上に着きました」「途中で目が見えなくなり、もうダメかと…」「最高の登山でした。ありがとう…」。

2009年5月、ソロアルピニスト・栗城史多(くりき・のぶかず)のオフィシャルサイトで公開されたヒマラヤ・ダウラギリ主峰登頂の映像には、息を呑むほどに美しい風景と、息が詰まりそうなほどの緊迫感が映っていた。

生まれて初めての達成感と
“賭け”だったマッキンリー

日本人初の7大陸最高峰無酸素・単独登頂を目指す栗城史多。162cm、60kg。登山家として決して体格的に恵まれているとはいえない彼が、初めて山に足を踏み入れたのは、20歳の頃。山好きの彼女にフラれ、「彼女が見ていた景色を知りたい」と山岳部に入ったのが、そもそものきっかけだったのだという。

「最初は、イヤでしょうがなかったんですよ。というのも、山岳部の先輩がものすごく硬派で、とにかく厳しかった。どのくらい硬派だったかというと、氷壁を登るときに使うツルハシのような道具があるんですが、ある時それが氷壁ではなく、先輩のお腹に刺さったんです。で、血がドボドボ出ているのに先輩は『大丈夫』って言って、ティッシュで押さえて治しちゃったんですよ…。こんな人についていけるわけない、もう辞めたいって(笑)」

硬派な先輩が率いる、エクストリームな山岳部。当初5人いた部員はいつしか栗城と先輩の2人になり、ますます辞めにくい状況になったのだが…。

「入部して最初の冬に、札幌の中山峠から小樽の海まで、60kmほど冬山を縦走したんです。周囲は吹雪でホワイトアウトしていて、ひどい状況…。当然、先輩は弱音を吐かないんですけど、あきらかに遭難しかかっているのがわかり、『これは本当にやばい』と。ただ、なんとか1週間冬山を歩いて、ようやく海へ辿り着いた時に、それまでになかった自分というか、殻を破ったような達成感に気がついたんです」

こうして山に魅せられた栗城は、やがて登山歴わずか2年で北米最高峰のマッキンリー登山を計画。周囲からはあまりに無謀だと猛反対を受けたが強行し、孤立無援の中、単独・無酸素登頂に成功する。

「山の先輩たちの間では“マッキンリー=栗城の死”みたいな論調があって、自分自身そう感じていた部分もありました。ただ、ここでチャレンジしなければ、一生やらないと思ったんです。マッキンリーは、自分の中では“賭け”。登頂できた時は本当にうれしかったですね。それに、それまで “夢”でしかなかった場所が、自分が生きてきた世界と繋がっていることを、肌で感じられた。これは、大きかったです」

挑むのではなく
山と対話する

その後、栗城は南米、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、南極の大陸最高峰の登頂にも成功。さらに、07~09年には、ヒマラヤの8000m峰三座を踏破する。すべて単独・無酸素での登頂。厳しい登山で実感したのが、“山と対話する”ことの大切さだった。

「いくら体力があっても、入念な準備をしても、天候などの条件に恵まれなければ登れない。山の大きさに比べれば、人間なんて虫みたいなもの。だから、頑張るときは頑張るし、引くときは引く。登頂に執着しすぎず、最後は山に身を委ねるしかないんです」

生死を含めて、山に身を委ねる。そこに不安や恐怖はないのかと訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「もちろん怖いですよ。ただ、以前、フリーダイビングの第一人者の方と話していて、同じだと思ったんですけど、不安やストレスがないときの方が力が出るんです。きっと、考えすぎると脳に酸素を取られちゃうんですよ。だから、なるべく不安や緊張を山に持ち込まない。考えすぎず、どれだけ直感に従えるかがとても大事だと思います」

山で学んだことを伝える
それが冒険家の使命

単独・無酸素とともに、栗城の登山スタイルとなっているのが、登山の様子を映像や文章で伝えること。1g単位の軽量化が求められる8000m峰。ダウラギリにカメラ機材を持ち込み生中継したのは、栗城が初めてだった。

「登山って、遊びっていったら変ですけど、人生にどうしても必要なものじゃないかもしれない。ただ、それでも僕らは命をかけて登山しているわけで、少しでも多くの人に共感してほしいという思いがありますね。山には、この先に何があるのかなというワクワク感があるし、すごい景色もある。記録を作るだけじゃなく、山での経験を伝えることが、冒険家の使命だとも思うんです」

冒頭のダウラギリでの映像。登頂を果たした栗城は、こう続けている。

「次はエベレストです。夢はいつか叶うということ。そして、世界は繋がっていることを伝えたいと思います」

このR25が出る頃、栗城は7大陸最高峰最後の頂を目指し、チベットの空の下にいる。身長162cmの小さな登山家が世界最高峰に挑む姿は、ネットでの生中継が予定されている。

吉原 徹=取材・文
text TORU YOSHIHARA
小島マサヒロ=撮影
photography MASAHIRO KOJIMA

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