今週は“雨もまた良しと思える映画”

梅雨のウンザリ気分を“晴れ”にしてくれる映画『雨あがる』

2010.06.09 WED


原作は、山本周五郎の同題の短編(新潮文庫『おごそかな渇き』に収録)。映画に感動したあとは、ぜひ原作も (c)2000「雨あがる」製作委員会
梅雨のシーズン、雨のなか出社したり得意先を回ったりするのは気が滅入るもの。でも実は、晴れの日があれば雨の日もある――というバランスが取れていてこそ、人は健全に過ごせるのかもしれない。そんな風に、雨の意味を考え直すきっかけをくれる映画『雨あがる』を紹介しよう。

時は江戸時代、物語の始まりは大雨。連日の雨により氾濫した川の近くの宿では、川を渡れない旅人たちが足止めをくらっていた。そのうちの一人、武士の伊兵衛は、くさくさした旅人たちを喜ばせようと賭け試合で金を稼ぎ、皆に酒食をふるまった。実は伊兵衛は、妻とともに仕官先を探している途中。剣の腕前を持ちながら、どこに仕える当てもなく、人生そのものも“足止め”状態なのだ。

ようやく雨が上がり、なまった体を動かそうと森に向かった伊兵衛は、若侍どうしの果し合いに出くわす。危険を顧みずに仲裁に入った伊兵衛の姿に感心した城主は、彼を剣術指南役として勤めさせようとするが……先の賭け試合が禁則であったことが、伊兵衛の命運を左右することに。

雨がおっくうなのは、物理的に濡れるから、だけではないだろう。思うように進めない自分、長い足止めをくらっている気分を、つい投影してしまうからだ。そんな時、どのような行動にでるか。そこに、働く大人としての生き方が表れる。人を喜ばせるため、傷つけないために率先して行動する伊兵衛の姿は、長い雨を乗り越えていくヒントになるはずだ。

本作は実は、巨匠・黒澤明監督の遺志を継いだ作品。脚本開発中に逝去した黒澤監督の思いを、残されたスタッフたちが受け継いで完成させた。黒澤監督のメモには「見終って、晴々とした気持ちになるような作品にすること」とあったという。その言葉を、そして『雨あがる』というタイトルを、見事に具現化したラストシーンの晴れやかさは、雨に降り込められたあとだからこそ、しみじみ味わえるのだ。
(ダ・ヴィンチ編集部 関口靖彦)

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