「球が走るフォームはなんとなく見えている」(上田晋也)「僕は今、まだまだ探ってる最中ですね」(有田…

くりぃむしちゅー

2011.01.20 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 阿部…
コンビの“背骨”である破天荒なバラエティ

2人とも熟考しながら訥々と答える。上田晋也は「芸人としての矜持」と言い、有田哲平は「ライフワーク」と表現した。

問いは「『くりぃむナントカ』とは、どういう位置づけの番組ですか」。2004年の秋に始まった、くりぃむしちゅー初の冠番組。今はレギュラー放送を終え、特番とDVDで続いている。

上田「自分が芸人になるとき、“ああいう番組やりたいな”って思ってたような番組なんですよね。レギュラーでやらせてもらってて誇りに思えるんです。かっこよく言えば芸人としての、矜持じゃないんですけど、そういう…」

ただし「あくまでも内容はくっだらないです」と笑う。

たとえば「最強長渕ファン王決定戦」は上田を含む最強の長渕ファン3人が、物まね芸人・英二の時間無制限ライブにどれだけ耐えられるかを競った。続編では長渕 剛本人が参戦。バラエティ初出演というミラクルを達成。

「クイズLOVE5」では長身白人のミス・キャリーが、「ナントカ1ミニッツ」では本物の音声さんの目野ちゃんがバラエティの域を超えた本気のビンタで出演者の脳を揺らし、様々なロケ地の“間違い”を見つけ出してゆく名物企画「芸能界ビンカン選手権」では「観客全員エキストラ」とか「ロケに参加していた国生さゆりが実はTVには映っていなかった」という超絶トリックも炸裂。

有田「とにかく現場でふざけまくるんですね。脱線脱線です。普通なら元に戻して、脱線の部分は削いでいく。この番組の場合、そこを平気で中心にするんですよ」

上田「僕も単純に遊ばせてもらってるだけ、みたいなところが大きいですね。深くは考えずに、与えられたおもちゃや道具で自分なりに遊んでみようかなっていう感じで参加してます」

最初から“脱線”を目論んでいたわけではない。徐々に出演者・スタッフ含めて“いい形”を模索しながらやってきたという。

有田「たとえばますだおかだの岡田くんがすんごい面白いこと言います。面白いんです。で、スタッフ見たら必死で笑いをこらえてたりする(笑)。スベッてもらった方がそこは面白いから。出演者もスタッフも、そこにいる全員が“こうすると面白くなりそう”っていうところを探してそっちの方に行けば、それがそのままオンエアされて視聴者も楽しめる」

上田「『くりぃむナントカ』って、くりぃむしちゅーの背骨になり得る番組だと思ってるんです。深夜からゴールデンに移動してあえなく撃沈しましたけど、まだ終わったとは思っていません」

これまで2シリーズ、6作のDVDをリリース。今回も3作が同時に出る。でもこれらは「過去の遺産ではなく、新たに『くりぃむナントカ』をやるためのプレゼン」だと上田は言う。そして同時にTVへのスタンスの表明。

上田「“何のためにもならない、くっだらない、観ても何の足しにもならないこんな番組だってあるんだ”っていうことを知ってもらいたいんです。本来TVってそういうものでいいと僕は思うんですよね。僕自身、芸人になりたかったのは“いいなああの人たち、いい大人なのに遊びみたいなことしてごはんが食べられて”って思ったからなんです。良識ある大人が観たら“けしからん”って思うかもしれませんが、今のTV界ではなかなかお目にかかれないような、くっだらないものをゆるっと観ていただければいいなと思いますね」

「くっだらないもの」を、みんなで一所懸命悪ノリしながら作っていく。それこそがくりぃむしちゅーの背骨なのかもしれない。

芸人としての“型”。あるべき未来像とは

2人とも今年40歳。コンビとしては『くりぃむナントカ』というライフワークも得、またそれぞれにオノレのやりたい仕事を見つけてまい進。上田晋也はMCにキャスターに活躍、有田哲平は独自のワールドを着実にTVに根付かせているように思える。が…。

上田「いやいやいや、僕なんて完全にアシスタントですから、まだ。堺正章さんのアシスタントで、江川卓さんのアシスタントで、藤木直人くんのアシスタントで…。MCとかキャスターなんていうつもりは全然ありませんよ」

有田「長いスタンスで考えないといけないのかもしれませんが、まだ、僕らが人前に出させていただくようになってから間もないような気がしてるんです。“俺はこんなヤツだ”“こんな芸風だ”“こんなこと考えてる”って言っても、使ってくれる側がどう思ってくれてるのか次第ですからね」

では今、未来のことはどう考えているのだろうか。

上田「若手って言われてるころは自分なりの青写真は持ってました…あ、今でも自分では若手だと思ってますけどね。30歳の俺はこうで、35歳ではこんな立場でって。でも25歳のときに、全然追いついてないことに気づいたんです。で、もういいやと。仕事が減ったら、焦りはするけどしょうがない。10年後とか見えませんからね。目の前の仕事を1個ずつ一所懸命やっていくだけ。それを積み重ねた先に未来があるというだけで。そうしていければいいなあと思うんです。未来の心配するよりはやるべき今のことをやる方がプラスになるでしょ」

有田「僕は青写真じゃないですけど、自分がどうしたいかを考えるのは好きなんです。ただ、それが必ずしも面白くならなかったりするんですよね。で、“こんな企画できましたー、やってくださーい”って言われてやる方が意外に楽しくなったり」

でもいつかは、自分が面白いと思ったものが、他人にも間違いなく面白がられるようになりたいと思っている。

有田「ふたつみっつ番組をやっておけば世の中から超面白い人間だと思われるっていうのが理想ですけどね(笑)。今これを読んでるサラリーマンのみなさんも同じじゃないですか。“俺はこれをやりたい”“こんな素質があるんだ”と思ってても、会社から“オマエはこっちが向いてる”とか“今はこれをやっておけ”とか。 本人の感覚としては“違う”んですけど、意外とそっちが正しいこともあるんですよね。僕は今、そういう部分も含めて、まだまだ探ってる最中ですね」

一方で上田は「投げ方はだいたい決まってきた」と言う。

上田「もちろん自分が芸人として固まったとは思いませんけどね。これまでいろいろやってきて、自分なりに球が走るフォームはなんとなく見えています。といっても直球で135キロぐらいですけど。それを何年維持できるか。45歳ぐらいになって、自分では球が走ってるつもりで120キロしか出てない可能性もあるでしょうし。そこで違う投げ方を探すのか、変化球で勝負するのか…ひょっとしたら同じフォームでしか投げられないのかもしれなくて、それで終わっちゃうのかもしれませんけど」

高校の同級生がコンビを組んで今年で20年。未来のことはわからない。だが、まあとりあえず今のまま進んでいくのだろう。「不安はあるけど、少なくとも3月まではスケジュールも埋まってるみたいですしね」と上田は笑う。「このままなるべくTVで仕事をさせてもらえればいいな…それが野望、というか希望か」。

控えめなのは今が充実しているから。「まあ大丈夫じゃないですかね」と、おっとりと有田が言う。

有田「いっつもいろんなことをしゃべってるんです。未来のこと、過去のこと、政治、社会…。くっだらないボケをしてツッコミ合って。それを何時間もやってる。僕ら40ですよ。ちょっと頭おかしいでしょ(笑)。こういうスタンスが変わってないわけですから。“もう俺たち大人なんだし、やめようぜそんなの”とか言い出したりしないし」

上田「“ずっとこのままでいよう”とか言ったりするわけでもないけどね(笑)」

上田晋也(1970年5月7日生まれ・左)と有田哲平(1971年2月3日生まれ・右)のコンビ。ともに熊本市出身。高校の同級生が大学進学で上京後、91年に『海砂利水魚』としてコンビ結成。92年から開始した『ボキャブラ天国』シリーズで人気を博す。01年10月にコンビ名を『くりぃむしちゅー』に改名。『シルシルミシルさんデー』『しゃべくり007』『ペケポン』などレギュラー多数。『くりぃむナントカ』の特番をテレビ朝日系列にて1月21日(金)、28日(金)23:15~放送(変更の可能性あり)

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
阿部剛士=スタイリング
styling TAKESHI ABE

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