夢の“世界一周”にチャレンジ

第42回 モアイ像に隠された真実

2011.03.31 THU

夢の“世界一周”にチャレンジ


イースター島内のモアイは、ほとんどがこのように倒れていました。海風で倒れたのかと思いきや、こんな悲しい過去があったとは…

モアイにまつわる悲しい過去と、修復に貢献した日本企業



チリ領、イースター島に立ちすくむモアイ像は、多くの人が一度は写真や映像で目にしたことがあるのではないでしょうか。先日、イースター島でモアイ像を見てきました。…が、凛と立っているイメージと違って、その多くがうつ伏せになっているではありませんか。島全土で約1000体あるモアイのうち、立っているのはわずか40体ほどで、そのほとんどが倒れてしまっているんです。その理由には、島にまつわる悲しい過去があったのです。

モアイ像が建造されたといわれているのは7~10世紀にかけてのこと。島民たちは、モアイをつくりながら数百年にわたって、平穏な暮らしを続けていました。しかし、16世紀から17世紀ごろ、島に住む部族間の争いから「モアイ倒し戦争」が勃発。相手村のモアイを倒し、モアイの目を破壊することが勝利の象徴とされ、50年近くも戦争が続いたようです。

1722年にオランダの海軍提督ヤコブ・ロッゲフェーンたちによって、イースター島が発見された時には、島のほとんどのモアイは倒されていました。そして、島民の多くが奴隷として島外に連行され、解放された奴隷が西洋から持ち帰った天然痘が猛威を振るうなどしたため、先住民は絶滅寸前まで追い込まれます。このため、島固有の文字を読める人がいなくなり、モアイの建造目的などの多くは謎に包まれることになったのです。 1888年にイースター島はチリ領となり、20世紀になってようやくモアイの修復が始まります。そんななか、TBSの『日立 世界・ふしぎ発見!』内で、当時のイースター島知事が発信した「モアイをもう一度立たせたい。そのためにクレーンが1台あれば…」というメッセージに、香川県に本社を置く日本企業「タダノ」が反応。15体のモアイ像の復元を行うと同時に、島人への技術移転に貢献しました。

今や、タダノが復元した15体のモアイ像は、イースター島屈指の観光スポットとして、人気を博しています。雨の日も風の日もたたずみ続けるモアイから漂う哀愁は、過去の悲しい歴史を物語っているようにも感じました。 長谷川夫妻への応援メッセージや旅の裏ワザ、海外情報など、下記のボタンからご投稿ください。

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