「人生やってないことだらけ。まだ、本気出してないんですよ(笑)」

水谷 豊

2011.04.07 THU

ロングインタビュー


藤井たかの(steam)=文 text TAKANO FUJII サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA …
32年ぶりに再会した音楽の“相棒”

「俳優はバイトでね、歌はパート。本業はとりあえず“生きていること”にしているんです(笑)」

軽快な話しぶりではあるが、目は一点を静かに見据えている。質問は、自身にとっての俳優とシンガーの位置づけについて。

「時々ふと思うんですよ。本業っていうのは、自分で決めて最後までやり遂げられる仕事のことだろうなって。俳優もシンガーも、自分が一生続けようと決めて続けられるものではありません。作品ができて、それを見て喜んでくれた人のエネルギーが自分にまわってきて、初めて続けることができると思うんです。結果、最後まで続けることができれば、本業といっていいんでしょうね」

“バイトとパート”とは、自戒の念とウィットを込めた表現なのだろう。10周年を迎えた人気ドラマ『相棒』シリーズの杉下右京役で、今、読者にとっては“バイト(俳優)”のイメージの方が強いかもしれない。しかし、かつては“パート(歌)”でチャートを賑わした。

1979年にリリースし、65万枚を売り上げた『カリフォルニア・コネクション』を始め、シングル17枚、アルバム8枚を出し、コンサートを精力的に行っていた時期もあった。しかし、86年以降、意図的に音楽から距離を置き、俳優業に専念する。それが、2008年に22年ぶりに音楽活動を再開したのだ。そこには、音楽の“相棒”との再会が待っていた。

「09年にコンサートツアーが終わった時点で、その後の音楽活動に関しての計画はなく、正直、音楽活動をしないという選択もあったんです。ただ、『もしも次また歌うチャンスがあるなら、宇崎竜童さんに楽曲をお願いしたい』と口に出したことがあって。それが、人づてに宇崎さんに伝わって、宇崎さんも『彼の曲を作りたいと思っていた』とおっしゃってくれたんです。これはうれしかったですよ」

そうして昨年誕生したのが宇崎竜童とのデュエット曲「人生ロマン派」と、それをもとにしたコンセプトアルバムだ。思えば77年、当時25歳だった水谷 豊に宇崎竜童が曲を提供して以来、32年ぶりのコラボレーションである。この「人生ロマン派」は、かつて想いを寄せた女性への恋心を互いに打ち明け合う男同士の物語。まるで現実の2人の会話のように歌詞が聴こえてくるから面白い。しかし、意外にも最初の出会い以降、互いに連絡を取り合うことはなかった。

「たとえば、10年ぶりに友人と再会したら、普通の人なら『元気かよ、今まで何してたの!』ってなると思うんですが、僕たちにはそれがないんですよ。『どうも~』って、まるで昨日会ったような感じ(笑)。互いの時間を埋める作業がまったくなかったのは、不思議なところですね。それで思い出したのが、若いころに先輩に言われた、『(芸能界は)知り合った人の90%以上がいなくなる世界』という言葉。この言葉を思うと、32年ぶりに宇崎さんとまた歌でご一緒できて、本当によかったと思います」

新陳代謝の激しい芸能界において、それはある意味“奇跡”。今年、5月からはジョイントコンサート『~男と男の誰にも言えない、ここだけのラ・イ・ブ~』が行われる。

「昨年、丸の内の『コットンクラブ』でライブを行ったときに、宇崎竜童さんがサプライズゲストとして出演してくれたんです。そのときに、せっかくの機会だから、また2人で何かやろうという話になって。宇崎さんは芝居もやっているけど、基本は音楽。僕は音楽もやっているけど、芝居が基本。お互い両方やっているけど、もとになっていることが違うから面白いかなと。まだ何も構成は決まってないんですけどね(笑)」

50歳で実感した“今日は明日の準備”

現在、58歳。そのキャリアは46年目を迎える。幾度もブームを生み、50歳を超えて俳優として再ブレイク。音楽活動も再開した50代は大きな転機となった。果たして、自身はこの状況をどのように捉えているのか?

「正直、想定外ですよ(笑)。人生って予想もつかないことが起こるものですね。これまで、先がどうなるかなんてまったく見えなくて、とにかくやってみないとわからないことの連続で来ましたから」

13歳で児童劇団に入り、15歳で手塚治虫の漫画をドラマ化した『バンパイヤ』で初主演。22歳のときに出演した『傷だらけの天使』の乾 亨役で注目を浴び、26歳で主役を演じた『熱中時代』で、一躍、国民的俳優となる。

「20代のころは生意気だったと思います。勢いがあって、鼻っ柱も強かったから、毎日傷つけたり、傷つけられたりの繰り返し。現場で衝突することも多かった。それで、30代はとても中途半端な時期に入るんです。上に人はいるし、下にも人がいる。それほど責任もない割に20代ほど若くないから勢いもない。でも歳はとっている」

本人的にも「自分は俳優に向いてないのでは」と、苛まれた時期で、このころは2年近く芸能界に顔を出さないこともあり、「失業」と書かれたことも…。

「とにかく早く40歳になりたかったんです。40歳になれば、気持ちも落ち着いて余裕ができて、まわりの俳優さんやスタッフさんと、うまくやっていけると思っていました。でもね、40歳になってわかったんですけど、まだまだ若いんです(笑)。こんなに落ち着きがないものかと。持って行く場のないエネルギーがあって、それも落ち着かない。まったく自分がイメージしていた40歳とは違いましたね。それが、50歳になり、自分がイメージしていた40歳とぴたりと合致したんです。自分が40歳にイメージしていたものは、実は50歳だったんだと気づいたんです」

『相棒』シリーズが始まるのもちょうどそのころだ。

「結局、30代、40代でやってきたことは、すべて50代への準備だったんです。その考えは今でも変わらなくて、50代の今やっていることが60代の準備になると思っています。常に今日は明日の準備ですからね。今日やったことは必ず明日に返ってくるんです」

昔から「ああすればよかった」と、後悔だけはしたくなかった。だからこそ、目の前のことに全力で臨む。これが40年を超えるキャリアを支えた哲学だ。

「何かの本で読んだのですが、ゴルフボールって、初めはボールにディンプル(凹凸)がなかったそうです。でも、使っているうちに傷がつき、傷がある方が飛距離が伸びることがわかってきた。だから、ボールにわざと傷をつけて飛ぶように細工したんですね。これは人間も同じだなと。遠くに飛ぶためには傷つくことも必要で、傷だと思うことが将来の飛躍につながるんです。読者の方も、たとえ今はうまくいかなくて傷ついたとしても、後から思うとそれは、いいときなんですね。先が見えなくて、不安でボロボロ…なのもいいとき。だって、それは飛躍するチャンスを手に入れたわけだから」

半生を振り返ると、ガムシャラにやってきたことはすべて自分の身に返ってきた。では、60歳を過ぎてからのビジョンやイメージはあるのだろうか?

「僕ね、まだ本気出してないんですよ(笑)。いろいろ言うようですけど、まだやりきった気になっていない。まずこの先、自分の人生だけを考えれば、いちばん印象深いのは最期を迎えるときでしょう。その最期を迎えるときに、自分がどうあるかにはずっと興味がありました。まさに、これから60歳を迎えるにあたって、それ(死)と向き合える。そのための準備を始めようと思っています」

例えば、俳優として最期を迎えたいという想いは?

「ないですね。それだけはいやです(笑)。よく、俳優として舞台で死ねたら本望だって言いますけど、僕は不本意ですよ。最期はひとりの人間として終わりたい。仕事をまっとうしないで終わるのはイヤですけど、何かをまっとうしたと満足できる仕事をした後は、人間として終わりたいんです」

60歳を過ぎても仕事は今までどおり全力。ただ、“家庭人”としての勉強も大切にしていきたいと。

「仕事も家庭もまだまだ人生やっていないことだらけです。人生これからですよ。もしかしたら、一生本気を出してない。そんな感覚なのかもしれませんね(笑)」

1952年7月14日生まれ。北海道出身。13歳のとき、児童劇団に入団。68年ドラマ『バンパイヤ』で初主演。74年、深作欣二を始め名だたる映画監督が演出した『傷だらけの天使』に出演し注目を浴びる。77年には『はーばーらいと』で歌手デビュー。78年の『熱中時代』で北野広大を演じて大ブレイク。2000年からスタートした『相棒』シリーズは、10年続く大ヒットとなり、圧倒的な存在感を持つ「右京さん」は現在の自身の代名詞に。10年には全曲を宇崎竜童、阿木燿子夫婦の作品で構成された『人生ロマン派 コンセプトボックス』をリリース。今年5月からは宇崎竜童とのジョイントライブツアー『~男と男の誰にも言えない、ここだけのラ・イ・ブ~』が始まる。Http://avexnet.jp/

藤井たかの(steam)=文
text TAKANO FUJII
サコカメラ=写真
photography SACO CAMERA
高橋正史=スタイリング
styling MASASHI TAKAHASHI
山北真佐美=ヘアメイク
hair & make-up MASAMI YAMAKITA

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト