「年寄りの、ものを観る視点の質を良くしたい」

長塚京三

2011.04.21 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA
苦しいのが楽しい。みんなで作り上げるドラマ

長塚京三はパジャマ姿で、居間のソファに腰掛けていた。スタジオに設えられた一軒家のセット。スタッフが段取りを話し合い、女優がヘアメイクと談笑するなか、座ってメガネのツルを弄ぶ。撮影が始まるのを待っているのだ。

家政婦さんが匂いに気づいて台所を覗くと、一家の次女が料理中。だし巻きを味見させられる。そこにお父さんが現れる。三十路を越えて本気で婚活をしている娘に彼氏ができ、その男のために普段はやらない料理をしている。娘のそんな姿にお父さんは喜びつつ、戸惑いつつ…。つい娘の顔をしげしげ見てしまい、まっすぐ見返されて少しオロオロする。そんなシーンだ。

「このドラマで僕は、主(=中心)ではあるんだけど、“受け”の芝居が多いんです。事前に台本を読み、セリフを覚えてリハーサルをするのはもちろんですが、本番では全部忘れる。みなさんのやり方によって、自分がどう受けるかという…ほとんど“素”のまま入っていって楽しませてもらおうかと」

何も考えていないのかもしれない。

「そうです(笑)。セットに入ると、共演の方が何かおっしゃる。僕はあまり語らない役なので、何か言おうとして言えなくて黙る。で、また娘役とか家政婦さん役の方が僕に働きかけてくる。あとはセットの中にカメラがあるので、“あの位置から撮ると、視聴者のみなさんにはこんな構図で見えるんだろうな”と。そういうふうに、虚心坦懐に臨んでいます」

BS朝日で4月27日から始まるドラマ『家族法廷』で、長塚京三は主人公の裁判官を演じている。

彼は妻の死をきっかけに、家の中の小さな問題に直面させられる。簡単なはずだ。だって職場では世の中のいろいろな問題に判決を下してきたのだから。でもその経験や手法が、家庭では一切通用しないのだ。そこでミムラ演じる家政婦さんをある種の探偵役に、家庭をまとめようと奮戦する。

そんな役柄ゆえの“虚心坦懐”。撮り方にも、それに通じるこだわりがある。冒頭のシーンは、家政婦が匂いに気づいてから父のオロオロまで、ほぼワンカットだ。

「回によって話の趣は変わるんですが、この撮り方だと、全話を通して出演者それぞれの役の人格や背景みたいなものが重層的に出てくるんです。スタッフの準備は大変ですし、演じる方も、朝スタジオに入ったときから共演者との関係性ができてなくちゃならない。といっても、ガチガチに力を入れて役の人格になるとかではなくて、ただそこにいるだけでお互いの役柄上の関係になっているというか。セリフをひねり出し、役になりきるために七転八倒するのではなく、“その役を生きる気持ち”を作るんですね」

心に『ワイルドバンチ』。目指せ、同世代の連帯

長塚京三は若いビジネスマンに上から“アドバイス”はしない。ひとつには、彼は俳優であってビジネスマンではないから。演技や作品のあり方については経験があり哲学があり、報酬を得て生活してきた歴史がある。わが身を振り返って語れるのはそのことだけだからだ。

「苦しいのが楽しいんです」と笑う。実は、こういう作り方は苦しいらしい。素を出すのは勇気が要るし、ワンシーンをまとめて撮るのは時間的制約も多い。

「でも、究極の楽しみっていうのは、苦しさを楽しむことですよ。楽な仕事なんて絶対にない(笑)。古い言い方だけど、ここには“連帯”があると思うんです。昔の学生劇団みたいなものの作り方。今の日本の映画・演劇界は爛熟してきて、個人のオーラや個性で観る人に訴えかけるやり方が主流になっています。学生劇団のやり方は逆ですね。参加者それぞれに思いの丈の温度差はありながら、ひとつの志を持って連帯し合い、ひとつのものを作っていく。やっぱりこういうのがいいよなあって、この年になって思うんです」

65歳。俳優としてのキャリアは37年。年齢のわりには短い方だ。大学の演劇科に在学していた24歳のころ、渡仏。ソルボンヌ大学で演劇論を学ぶうち、フランス映画でデビューした。フランスに5年8カ月滞在の後、帰国してそのまま俳優として歩み始める。

「僕は、お金払ってでも俳優になりたかったんです。たぶん自分なりの、ある種の批判精神があったんだと思うんですよ。現行の俳優とかエンターテインメントの世界に対する“違うなあ”っていう気持ち。“僕ならこうするのになあ”って。どう具体的に違うのかは、もう昔のことなので覚えていませんが(笑)、戦闘的ではありましたねえ。必ずしもすべてが満足いく仕事の現場なんてないわけで、そういうところで“なんとかしてやれ!”ってつねに思っていました。“それができないならやめちゃえばいいんだから!”と。当時はスタジオに入ったら生きて帰れるとは思わなかった(笑)」

監督に半ばけんか腰で意見を言い「だったらやってみろよ」と言われてやる。そんな日々。

つい1時間ほど前、パジャマ姿の長塚京三を目撃したスタジオの雰囲気とは全然違うのである。

「いや、まあ僕の心境の変化かもしれないけどね(笑)。まあ猛チャージで闘う─“闘う”はおかしいか─そういう場でなくなってきていることは確か。闘う相手がいりゃいいけど、往々にしてそれは自分自身とのやりとりでしかないからね。それに今、昔のように闘っても『ワイルドバンチ』みたいになっちゃうから(笑)」

サム・ペキンパーが69年に撮った西部劇だ。変わろうとしている時代に対して、生き方を変えられないならず者たちが連帯し滅びる物語。ただ、一方では拠り所でもある。

「うん、俺たちの心の中には『ワイルドバンチ』があるぞ、っていうところは間違いなくあるんだよね」

昔ながらの男だからこそわかること。それでいいんだと思えること。彼が若者に“アドバイス”をしないもうひとつの理由、それは今、彼自身が考えるのが、「ジイサンたちの連帯」について、だから。

「若いころの自分に対して“ざまあみろ!”っていえる…今の僕の心境はある程度年を取らないとわからないことだったと思うね。理屈としてはわかっても、生きることに対してのスタンスの取り方は、30代、40代の僕には、ひっくり返ってもわからなかっただろうね」

リチャード・ウィドマーク、クリント・イーストウッド、ポール・ニューマン…3歳から観始めた西部劇に出てきた人たちがあこがれであり、師匠だった。

「“これでもか!”っていうイイ演技を披露するのではなく、飄々と必要なことだけ言ってサラッとやっちゃう人たち。ジイサンぶって同情を買おうとしたり、若ぶって反感買ったりしない、そんな俳優たちを勝手に師匠にしてたんです。僕が好きになるぐらいだから、僕の世界観をきっと理解してくれているだろうと勝手に妄想していた。僕と世界を分かち合えて、かつ、僕よりも上におられて余裕を持って僕を見てくれる老成した存在が亡くなっていくのは、寂しいです。僕自身、年齢不詳でずっとやってきましたけど、俳優としては最終ステージに来たのかなって気もしますよ」

彼自身に特定の師匠はいなかった。豊かな妄想力で先達から勝手にメッセージやアドバイスを受け取って闘ってきたのだ。だからR25諸氏よ、今回、長塚京三からみなさんへのアドバイスやメッセージは、ことさらに、ない。

「観察する眼、批評・評論する眼を養うには、ある程度年月をかけて物事を観るということが重要だと思うんです。若い人たちが若い人たちの評論をするってとてもつまらない気がしています。お年寄りたちが感じてること、考えてることの正しさを、僕は“連帯”と呼びたい。若い人にはたぶんわかりにくいと思うけど(笑)。年寄りのものを観る視点とかそういうものの質が良くならないと世の中良くならないんで。そこら辺でもう一押ししたいんだね」

若者にあれこれ言っているヒマや余裕などない。長塚京三には、まだやることがあるのだ。

1945年、東京生まれ。早稲田大学文学部演劇科を中退、69年に渡仏。大学在学中の74年、フランス映画『パリの中国人』で俳優としてデビュー。おもな主演映画に『ザ・中学教師』(92年)、『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』(97年)、『笑う蛙』(02年)など。『理想の上司』(97年)、『ナースのお仕事』シリーズなどのドラマで、文字通り“理想の上司”像も数多く演じる。近年では父親役にシフト。『家族法廷』は4月27日スタート。毎週水曜22:00~

武田篤典(steam)=文
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稲田 平=写真
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