「死ぬまで、オリジナルキー」

山下達郎

2011.08.04 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA
アルバムを出すまでの、
6年間にあったこと

「まだ出してます」と言って笑う。

前作『SONORITE』のリリースのとき、山下達郎は本誌のインタビューに「52歳になってニューアルバムが出せるとは」と、喜びを語った。あれから6年がすぎた。

「『SONORITE』出した直後には、もう次のアルバムはメジャーでは出せないかもしれないとさえ思ってたんです」

前作自体が、制作に使う機材が変わって、求める音を生み出すのにさんざん苦しんで生まれたものだ。音楽が流通する環境も変わりつつあった。リスナーはCDというパッケージを買う必要はなくなってきた。配信のクオリティが上がり、劣化なく複製もできる。YouTubeでは無料で聴ける。そんなことを、達郎さん、思っていた。

「音楽を商品として成立させる基盤が崩れてきたことを実感していました」

この時、自身のこの先の展望を真剣に考えたのだという。

「もともと僕は、ライブで始まった人間なので、これから先はライブ主体で気楽に生きていこう、と。ライブはCDと違って複製ができないから、コンテンツとしては安定している。とはいえ2000年代はライブがほとんどできなかったんですね。なぜかというと、僕が一緒にやってきたミュージシャンが体調を崩したり、他のミュージシャンのツアーに丸ごと持って行かれたりしてたから。そこでメンバーを1年半かけて再構築しました。ドラマーはオーディション17人目で20代の新人を見つけました」

将来を視野に入れたツアーをスタートさせたのが08年。

音楽的にはずっと好きなことをやってきて不満はなかったし、テクノロジーの問題は自分の責任ではない。気楽に過ごそうと思っていたのは、ホンネであった。

「その間に、(竹内)まりやの『Denim』というアルバムを作るんですが、そのあたりから、ようやく21世紀型のレコーディングに順応できるようになってきた。そうすると不思議なこともあるもので、タイアップが急に増え始めたり、いろいろなことがうまく回り始めたんですね。人生はわかりませんよ」

そして6年ぶりのニューアルバムへとつながった。

タイトルは『Ray of Hope』。映画『てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~』に書いた主題歌「希望という名の光」がもとになっている。もともとこのアルバムは、『WooHoo』というタイトルで昨年秋に発売される予定だった。制作上の都合で発売が延期され、その間に東日本大震災が発生。

「1年遅れて今の形になって正解だと思いますね。『WooHoo』はただの語呂で、意味はないんですけど、リーマンショック以降に続く不況や社会の不安みたいなものを明るく笑い飛ばすことをアピールするつもりのタイトルでした。でも『WooHoo』で出ていたら、今の時代の空気には違和感があったかもしれないなあ」

「希望という名の光」は、本来の役割を離れ、被災地で復興のために頑張る人々を応援する歌として認知されるようになっている。

「僕は“癒やし”とか“励まし”とかそういう言葉遣いはあまり好きじゃないんですが、それでもひとりひとりの心の中の漠然とした不安にどう寄りそうか、音楽のジャンルでも努力していかなくちゃならないんじゃないかと思っています。それがこのタイトルに変更した理由です」

納得の落としどころと
つかんだ新たな希望

「プロポーズ」という曲がある。

「詞を考えた段階で、最初はドラムマシーンでもっと無機質にやっていたのを生ドラムに変えました。今回のアルバムのあり方は、より人間的な感触の方がふさわしいと思ったから。実は詞のコンセプトも、当初はプロポーズではなかったんですけどね」

音楽を生業とする者として、このアルバムは「意外なほどいい落としどころに落ち着いた」という。

アルバム中9曲にタイアップが付いている。

「この数年の苦労…っていうのはイヤなんですが、そういう状況でもオファーをくださる方に、きちんと作品で応えて、“いい曲だ”“いい音だ”って言ってもらえるクオリティで返さなければ申し訳ないと思っている」

技術的困難と戦う一方で、制作上のモチベーションの持ち方も考えなければならない。

「“作りたい”っていうパトスをどこから持ってくるのか。これが58歳の自分には意外と難しくてね(笑)。特に詞のテーマをどうするのか…親の介護の歌は書けないし、演歌にも行けない。僕らみたいなロックやポップといわれるジャンルの人間が、50代から60代になってもジュブナイルとモラトリアムにこだわり続けるのか、あるいは“世界がどうだ”とか言ったりするのか…」

こうした、アルバムを作っていくうえでの落としどころがいい具合に定まったという。

「僕のスタッフに、今週寿退社する28歳の女性がいるんですけど、旦那さんになる人が彼女にプロポーズした時のエピソードが非常にステキだったんですね。その話を聞いて、元は全然違うコンセプトだった曲を『プロポーズ』に書き直したんです。『街物語』という曲も、僕の知り合いの息子が女の子に振られた話から詞のアイデアを起こしましたし」

後者はドラマのタイアップ曲でもある。クライアントがある作品に、作りたい衝動がうまくフィットしたいい例だろう。

「今の30歳前後の男女と話をするのが非常に面白いんです。喜怒哀楽の方向性は僕らのころとそんなに変わっていないこともわかるし。男の子って、27~28歳あたりから親父の人生を理解し始めるんです。僕もそうでした。自分の親がどんな人生を歩んで、どういうふうに悩んできたかがわかるようになる。人間そのぐらいの年齢から、父親─今でいうなら僕らの世代─と対等な立場で向き合えるんですよね。子どもとか大人とかいうのではなく、一人の人間同士として。今は自分と同世代より、そのあたりの年代と飲み食いする方が断然面白いんですよね。今のドラマーも27なので」

彼らが感じる恋や別れを共有し、父親の目で評価することでリアルな歌ができる。

「30歳前後の彼らのものの考え方を歌にフィードバックできるということは、非常に新鮮な驚きでね。シンガーソングライターの詞の最大の特徴は“嘘は歌えない”ということ。職業作詞家じゃないので。昔は人間のことを歌にするなんて恥ずかしくて、情景の歌ばっかり書いてたんですけどねえ…こういう具合に次の世代の子どもたちが自分に影響を及ぼしてくれる。その息吹を感じて共有できる自分がうれしくて。平和な時代が続いたからですね。昔みたいに“Don’t trust over 30”みたいな概念がないから(笑)」

ターニングポイントだ。

「前作『SONORITE』では苦労したけど、でも、あれがあったから、この作品につながった。まだこの先まだもうちょっと行けるかなっていうところまで、ようやく戻ってこられました」

理想の音を記録するための環境と、納得のいく歌を作るためのよりどころに苦しんできた達郎さんにとっても、このアルバムはきっと『Ray of Hope』なのだ。まだまだどっしりと音楽に取り組んでいく、希望の光に違いない。では、さらにその先の希望は…。

「僕は歌手なので、声が出なくなったらどうしようもありません。未来はそれがあってのものだと思ってます。だから、せいぜい健康には気を付けて行きたいと。今はまだおかげさまで、25歳の時に作った曲をオリジナルキーで歌えてるんですけど、1音下げるとか、そういうのなしに、これをいつまで続けられるかということですね」

1953年東京都生まれ。75年、シュガー・ベイブとしてデビュー。翌年ソロ・デビュー。マニア受けする存在だったが、80年の「RIDE ON TIME」で大ブレイク。83年のアルバム『MELODIES』に収録の「クリスマス・イブ」は30年近くすぎた今もクリスマスのスタンダードナンバーとして愛され続けられている。アルバム『Ray of Hope』は8月10日リリース。初回限定盤は3500円(税込)、通常盤は3150円(税込)。
http://wmg.jp/tatsuro/

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
サコカメラ=写真
photography SACO CAMERA

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