「両さんだったら、どうするかな…」

秋本 治

2011.08.18 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
世界観が共有できていれば、
間違いはないのである

「野性的で男っぽくてホントに両さんの若いころってこんなふうだったんだろうなあって」

秋本先生、とてもうれしそうだ。今年はじめ、『こち亀THE MOVIE』の撮影を見学に行ったらしい。

「ラーメンの屋台ごと差し入れしたり、見学してる素人さんに“どこ行くの?”って尋ねてみたり。カメラが回っていようがいまいが、明るく元気で周りも盛り上げて…」

香取慎吾のことである。

「もともと両さんが派出所に来たころって30代そこそこだったんですよ。香取さんが演じると、そのころの設定にぴったりだなと思って。若返った印象ですよね」

なにしろ、週刊少年ジャンプで連載が始まって35年が過ぎたのだ。もし仮に、両さんが作中で順調に年を重ねていれば、いまや60代後半…。香取演じる両津勘吉が「若返った」というのも、うなずける。

両さん=香取慎吾は、09年のTBSでのドラマ化以来。SMAPの人気者が両さんを演じることに不安の声もあった。秋本先生自身も「最初は香取さんといえばSMAP」というイメージがあったという。

「でもね、初めてお会いして印象が変わった。両さんの格好でツカツカツカって来て『どうも!』って、すごく元気よくあいさつしてくれて。“あ、この押しの強さは両さんっぽいよな”って思ったんです」

ドラマそのものに関しても同様。「楽しく明るく作ろうっていう姿勢を共有できました。『こち亀』は観ると元気になれる作品だと思っているので、土曜日に放送してたんですけど、観終わって1週間の疲れを取ってゆっくり休んでもらおうと、そういうスタンスで撮ってましたね」

今回、撮影現場に行って思いを新たにしたけれど、この座組での実写化には信頼を置いていたのだ。

「マンガと実写は違います。“ここはこうしてくれないと困る!”なんて縛りを入れてしまうと、不自然になってしまう。マンガのセリフをそのまま俳優さんがしゃべるとおかしいし、同じ動きだってできない…ただ、香取さんは相当動けますけどね(笑)。僕が考えていたのは、世界観。どの作者も同じことを言うかもしれませんが、世界観を踏襲しつつ映画でしか観られないことをやってくれればいいな、という」

そしてその作品ならではの“ツボ”。「コスプレではなくて、ね。マンガを好きな読者が観たときに“あ、ここはこち亀だよね”って思えるニュアンス。長く続いてる作品だから、世代によって両さん像って違うと思います。それを全部踏まえるのは不可能。“今の時代に両さんがいたらどんなふうなんだろう”“何をしているんだろう”っていう」

“こうしてくれ”ではないのだ。そこをどんなふうに表現してくれているかに興味があったのだ。

原作の『こち亀』は、両さんというハチャメチャな警察官を軸にありとあらゆるネタを取り上げるギャグマンガだ。最新テクノロジーあり、法の抜け穴あり、銃やメカや模型など男子の大好きなマニアック世界あり、下町の風俗あり。今回の映画は、連載700回記念の「勝鬨橋ひらけ!」や、旅役者一座の女の子との両さんの初恋を描いた「古都の走馬燈」など、両さんの子ども時代のノスタルジックな人情話をベースに、古典的な誘拐ネタを盛り込み、最後にはちょっとしたスペクタクル。

秋本先生、現場での香取慎吾の振る舞いを「寅さんみたいだなと思いました」と言った。奇しくも『こち亀THE MOVIE』そのものが『男はつらいよ』を彷彿させる、スタンダードな人情喜劇に仕上がっているのだった。試写会場ではすすり泣きが聞こえ、香取慎吾が歌うエンディングテーマと、タイトルバックの映像は、観る人の口角上げさせること間違いなし、なのである。

作品は変わらない。
でも中身はどんどん変わる

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が、原作の正式なタイトルである。35周年ということは書いたけれど、これがなんと秋本治先生のデビュー作。どころか週刊少年ジャンプ新人賞の応募作。長いタイトルは「審査員にアピールするように」、両さんという不良警官を主人公にしたのは「刑事モノはよくあるけれど、制服のお巡りさんがめちゃくちゃするのはあんまりないから」。

わりと刹那的な発想からのスタートであった。長く続けるつもりはなかったのだという。

「僕はアクション物とか劇画テイストの話がすごく好きだったので、いずれはそういうマンガも描きたかったんです。島を舞台にしたマンガとか、大工さんのマンガとかも考えていて。“次にこれが描きたい”っていうこともあったけど“いつ『こち亀』が終わるかわからない”っていう危機感もあって。次回作はずっと準備はしていましたね」

大工さんのマンガは『東京深川三代目』として作品化された。月刊少年ジャンプで定期的に読み切り作品を発表し始めてからは、あまり「次回作」を意識しなくなった。

基本的に生真面目で心配性。

とにかくきちんとしていたい。子どものころから将来はマンガ家と決めていたが、だらしないマンガ家にはならないと心に誓っていた。

「お昼まで寝たり締め切り守らなかったり…マンガ家になりたくてもなれない人がいっぱいいるのに、せっかくなっておいてなぜそんなふうになるのか!(笑)。僕からするとうらやましくてしょうがないわけですよ。だから、もし自分がプロになったら朝9時から仕事して、原稿は落とさないぞって思ってましたね」

それは35年間守られている。スタジオをきちんと法人化し、6人いるアシスタントはすべて正社員。定時があり、福利厚生がある。毎日きちんと決まった時間に出社し、マンガを描いてごはんを食べ、家に帰る。徹夜はない。連載回数は1700回を突破。

「長期の連載で驚くのは、自分の描き方や物の見方がどんどん変わること。普通は作品自体が変わって、そこに作者の視点が反映されると思うんですが、僕の場合は同じものを描き続けているので、如実に視点の違いが出てくるんですよね」

描きたいテーマが決まると、よく昔の作品を読み返すのだという。

「“ああ、こういう描き方してたんだ~”って。1作1作“地層”みたいになっているのをひもとくと、その当時の自分の考え方がわかる。両さんが自分史になってるんですね。それで、“今ならもっと違う描き方ができるぞ”って。モノの考え方も違うし、ネットもあって昔よりディテールなんかも細かく調べられるし。だから僕には、セルフカバーをするアーティストの気持ちがよくわかる(笑)。みんな昔と違うって文句言うけど、今だからこそ、こう歌うっていう形があるのは当然のことですよ」

『こち亀』は、もちろん先生自身が生み出したものだ。そして今も自ら考えて描き続けている。だが、作者だからといって完全にコントロールできるわけではない。世に出た『こち亀』は勝手に成長し続けてきた。

ひとつは、読者の声によって。

「両さんは、ある意味全部“自分のこと”なので、描きやすくて。僕はずっとそれが普通だと思って描いていた。でも違うんですね。僕の“普通”をみんなは面白がった。“なるほど、これは普通じゃないのか”と、『こち亀』が自分にとってどういう存在なのかを読者から教わったんです。それで、どんどん実験場みたいな感じになって…」

もうひとつは両さん自身の勝手な成長によって。お金儲けはその最たるもの。両さん、すぐにカネの匂いをかぎつけ、事業化しては巨万の富を得て破産する(次週にはチャラになるけど)。かつて、レンタルビデオができ始めたころ、返却のし忘れによって莫大な延滞金が発生する件が問題になったことがある。両さんなら取り立てにいくだろうと考えた先生、マンガに描こうとした。

「でも編集部に指摘されたんです。これは法的にグレーだと。でも、そこが面白いなと思って。現代社会とつながりながら、法律が追いついていないようなところに、両さんが顔を出す。もちろん僕はそんな危ない橋は渡りませんけど(笑)」

両さんの人格はどんどん顕在化。

「最初のころは、僕が自分の興味のままに描いていたんですけどね。ある時を境に反転したんです。ちょうどパソコンが出始めたころかな、“両さんだったらどうするかな。絶対興味持つだろうな”って。僕はそんなに詳しくなかったのに、それで調べ始めてハマリました。そんなふうに“主人公が気にするから僕が調べてあげる”という、助手みたいな感覚になってきて…」

なるほど。だから『こち亀』の今後を尋ねても、答えはこうなのだ。

「わかりませんねー(笑)」

そこは、両津勘吉次第だから。

1952年、東京都葛飾区亀有生まれ。高校卒業後、タツノコプロを経て、76年『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で、月例ヤングジャンプ賞入選。読切を経て、同じ年に連載を開始。96年にアニメ化、99年に舞台化、01年には第30回日本漫画家協会賞を、05年には第50回小学館漫画賞審査委員特別賞を受賞。主人公の両津勘吉は亀有の象徴的なキャラクターとなり、現在、亀有駅北口と南口に合計14体の銅像が設置されている。“THE MOVIE”は麗子役に香里奈、中川役に速水もこみち、大原役に伊武雅刀をキャスティング、幼なじみの沢村桃子に深田恭子ほか、谷原章介、ラサール石井らの出演で、現在絶賛公開中。また連載35周年を記念して集英社のマンガ全13誌に『こち亀』を描き下ろすという破天荒なキャンペーンも展開中。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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