堅〜いキズナの「堅とも」とは?

第1回 20~30代の8割が絆を求めてる!?

2011.09.01 THU

堅~いキズナの「堅とも」とは?


Q.友人関係において堅いキズナは必要だと思いますか? 首都圏の男女400人を対象にした「友人関係」について尋ねた。この問いは五択形式。圧倒的に「必要派」が多数を占めた。「不必要」にいたってはご覧の少なさ。(M1F1総研調べ)

キズナを味わったからこそわかる「堅とも」の価値。



首都圏の20歳から34歳までの男女400人に、友人関係について質問したところ、実に80%以上がこんなふうに答えた。
「友人関係において堅いキズナは必要だと思う」

 キミはどう思いますか? ある日、たとえば友だちと一緒にお昼ごはんを食べているとしましょう。すると相手が突然言い出すのである。

「オレさ、友だち同士のあいだに堅いキズナって必要だと思うんだ」

 正直なところ、引くでしょ。または「は? ナニ言ってんの」。
 だいたい普段から友だち同士で「堅いキズナがあるかどうか」なんて確認しながら付き合ったりはしません。そこでクリアしている条件は、せいぜい「一緒にいて不愉快ではないか」ということくらいでしょう。で、笑いのツボが合うとか、カラオケの選曲がイヤじゃないとか、好きな店がかぶってるとか、お互いに乱暴にツッコミ合っても平気とか…あくまでも経験則からの話ですが、友だちなんて、だいたいそんなものですよね。そういう友だちがいれば、普通に楽しく過ごせる。
 
 にもかかわらず、8割の人は友だちとの間に「堅いキズナ」を求めているのだとか。
 同じ調査で「他の友人と比べて、とくに“堅いキズナ”を感じると思う友人はいますか」と聞いたところ、「いる」と回答した人は78%。キズナが「必要」と答えた数とおおむね一致している。

 これは推測にすぎないのだけれど、「必要」と答えた人と、「実際にいる」と答えた人は、だいたい同じ人なのではないだろうか。
 なぜなら普通の友人関係は、先に書いたみたいに、ことさらにキズナを確認しなくても十分成立するから。キズナを知らないまま友だちと付き合い続けている人は、そもそもキズナのことを考えたりしない。友だちと付き合うなかで、何らかの形でキズナを実感すればこそ、「キズナっていいものだな」って思えるのだから。

「それって親友のことじゃないの?」という人もいるかもしれない。もちろん親友との間にもキズナは存在する。だが親友ほど深い関係ではない友人との間にだってキズナは存在する。そのキズナには、例えば昔のダサイ服装の記憶とか、歴代彼女の変遷とか、大恥をさらして泣いた夜とか……ちょっぴりメンドクサイ記憶が付随しているケースだってある。
 
 親友ほど深い関係ではなく、かといって単なる“知り合い”ほど浅い関係でもない。その中間にある、ふつうの友達関係。でも実はけっこう堅いキズナで結ばれている。「ふつうの友だち+堅いキズナ」=「堅とも」こそ、実はみんなが求めている友達関係なのかもしれない。

 ちなみに「堅」という文字には「中身が詰まっている」という意味がある。みっちり密度が高く、噛めば噛むほど味わい深い「堅とも」との間には…、同じ“堅”の字が光り輝くカルビー「堅あげポテト」がよく似合う。
厚切りポテトを低温でじっくり揚げたカルビー「堅あげポテト」。噛めば噛むほど味が出る。堅あげポテトを傍らに堅ともと語らうひとときは、至福!
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