「自分のブランドが作れたらいいよね」

出井伸之

2011.09.01 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 サコカメラ=写真
アジアから何かを起こす、
大規模なフォーラムを主催

「ソニーというグローバルカンパニーにいた頃は、あまり重きを置いて考えたことがなかったんです。でも、ソニーという冠が取れて、改めて思うようになったんです、日本の競争力って大丈夫なのかって」

出井伸之・73歳。“ソニーの人”としてなじみ深い。1995年から代表取締役社長、2000年から代表取締役会長兼CEO(最終的には取締役代表執行役会長兼グループCEO)を務め、05年に退任。経団連の副会長も5年務めた。現在は、自ら06年に設立したクオンタムリープ株式会社の代表取締役である。

社名は量子力学の用語で“非連続の飛躍”という意味だ。事業や技術は右肩上がりに伸びるだけでなく、突如「ポンッ」と成長することがあるらしい。スポーツにもある。ゲームでも、日々リフティングを練習し続けていると、急に100回を突破したり…そんな飛躍が、今の日本には必要だと考えている。ベンチャーを中心とした企業と絡み、既存の価値観からのブレイクスルーを手助けするのが、今の仕事である。

それをアジア全域のレベルで行うのが07年から主催する『アジア・イノベーション・フォーラム』。

「もともと“アジア・イノベーション”って入れたのは、アジアの人たちと日本の人たちが出会ってディスカッションして新しい事業が生まれていくような場にしようと考えたから。これまでこの会議を通じて、いろいろな人材・技術・金融資本が出合って、アジアの会社の部分合併や一部売却なんかも行われてきたんですけど、3月11日以降、今年は様相が違ってきましたね」

今年は9月20日・21日、東京国際フォーラムで開催される。テーマは『岐路に立つ日本』。初めて日本をテーマの中心に据えた。出井さんが主宰し、マネックスグループの松本 大やあすかアセットマネジメントの谷家 衛など30~50代の、バリバリの経営者たちで構成されるグループが毎月定例会を行ってコンセプトを決めるのだが…。

「“岐路に立つ~”では甘いと。『崖っぷちに立つ日本』っていうタイトルにしろって。『日本を再設計する』ということをテーマにして、アジアの企業を何社か呼んでやります」

崖っぷち…。

「行政にはあまりにも、失望させられることが多いでしょう。世界経済がおかしくて、今、異常な円高で、アメリカもダメになってる。こんな時期に日本は、復興のことを考えながら生き抜かねばならない。二元連立方程式のようなものです。でもそこで政府から聞こえてくるのはほとんどが“原状復帰をどうするか”。単なる復旧ではなく、日本の社会構造や産業構造を本質的に転換し、日本がやらねばならないことを浮き彫りにして、民から提案していきたいと思っています」

参加費を支払って会場にやってくる人々の多くは30~50代、「大企業の新事業開発や戦略担当者、学者などの社会的意識の高い人」だという。会議室でテーマごとに行う分科会と、大ホールでのセッションからなるが、後者でも客席から壇上に声があがり、ディベートに発展することもあるらしい。

「昨年参加いただいた緒方貞子さんも、ディベートを聞いてびっくりしたとおっしゃってたね。 “日本人もやるときはやるのね”って(笑)」

このフォーラムは有料だが、少し時間をおいてからクオンタムリープのサイトに抜粋版として映像がアップされる。見る前に予習しておくべきことはあるだろうか。

「ありません。今さら何かを勉強しなきゃわからないような人はそもそも観ませんよ。関心があるからクリックするわけで、意識のない人を引っ張ってこようとは思わないですね。ちゃんとして生きてりゃ感じますよ。東北の人は感じてるでしょう」

出井さんは言う。たとえば福島で牛を育てて暮らしていた人は、今、“会社が倒産したサラリーマン”に等しいと。よそに移るということは、単に場所を失うだけではないのだ。長年従事して積んできたスキルを丸ごと反故にするということ。仮設住宅を与えられたところで何の解決にもならない。

「そういう状態に関して日本がどういう手を打ってくるかというと、物理的な復興だけではとても足りません。その人が生きている“意味”がなくなっちゃったわけだから。そういう人が増えてるときに、我々がどういう発言をすべきか」

アジア・イノベーション・フォーラムには注目である。

闇雲に不安がる必要はない。
「それはなぜか」を考えるのだ

取材をしている部屋の卓上には『R25』が置かれ、「今、読者が不安に思うこと」をランキング形式で紹介したページが見えている。

「まわりには、ベンチャーが200社ぐらいいますが、みんな自分の進路や、日本の先行きを考えている。ただ僕みたいにずっとアジアを歩き、韓国・ヨーロッパ・アメリカ・中国に行ってると感じるんですが、日本の人はすごく元気がないですね。日本の株式マーケットは完璧に破たん状態。会社を作っても上場するなんて考えられない。国がベンチャーを支援する仕組みもない。大企業優先。あるいは農業を補助金で手厚く扱う…新しい種を植えない国ですよね。そんななかで地震があったわけだから、今のあり方を含めてもう一度、どういうふうにしていくかを考えねばならない」

若者たちは不安かもしれないと、開いた本誌のページを指すと、出井さんの表情が変わった。

若者の不安ランキング。1位財政赤字、2位景気低迷、3位雇用不安…。

「『財政赤字』っていうけど、有史以来日本が財政黒字だったことなんてないんですよね、1回も。だから何が心配なんだと。“財政赤字が心配ですか?”って聞いたら“心配です”って答えますよ! でも“過去ずっと財政赤字ですが”って質問したら? そういうふうにマスメディアが誘導するケースはままある。『景気低迷』なんて、日本はもう20年も続いてますよ。35歳以下の人は景気のよかった日本なんて知らないんだから。景気低迷自体は結構快いんですよ。価格は下がっていくし。『雇用不安』なんて、ずーっとそうですよ(笑)。こういうふうに問うと、そりゃもちろん不安材料になる。心配は心配だろうけど、そのこと自体を心配するのではなく、なんでこうなったかを問うべきなんです。そこから何を導き出すかが大切」

そもそも、3月11日以前から日本は危機的状況にあったと言う。

「猪瀬(直樹東京都)副知事流にいえば、日本は今までディズニーランドのようだったと。アメリカの庇護のもとにぬくぬくと暮らしてきたけれど、アメリカの力が弱ってきているから、これからは自分で生きていかなきゃいけない。“正気”に戻って、ホントに進路を自分で決めるところにいたんです」

インタビューのテーマである「未来」について尋ねるとき「憂いてらっしゃると思いますが…」と枕詞をつけると「そんなことはない」と言った。憂いているのは、日本の未来なのだ。自身の未来に関しては「自分のブランドが作れたらいいよね」とニコニコする。

新卒のとき、あえてベンチャーだったソニーを選んだのは「これから伸びていく小さな会社で好きなことをしたかったから」。カンパニー・エコノミストとして研究に没頭するつもりだった。売り上げ70億円の“東京のソニー”が8兆円の“世界のソニー”へと化していく過程を体験し、その成長についていくハードワークが面白かったという。

今、小さな会社を起こして気づいたのは「ONと思ったのはOFFだったりOFFと思ったのがONだったり、実に変幻自在。自分が興味を持ったものをONにできる」ということ。

新しいリーダーたちと交流し日本の先行きを考えるのは、経済界のトップだったゆえの義務感によるところもあるだろう。でも、たぶん同時に、それ自体が楽しくってしょうがないのだ。

社会に出ておおよそ50年働いてもなおまだ楽しいなんて、すごいのである。

「25歳とかってあんまりマジメになる年じゃない。会社に規制されないで、好きなことを勝手にやってればいいんですよ。できるだけ自分勝手なことを、うまく会社を利用してね。自分の場合は、ヨーロッパに赴任してたときF1が好きで、ビデオの営業と称して、スパとかモンツァとかサーキットを追っかけてた(笑)。モンテカルロでホテルを取って一番いい観戦ポイントも押さえたのに、(会社に)バレてね…出張先とF1の日程があまりにぴったり合ってたからかな(笑)。で、そういうことをするリミットは35歳まで。自分の肥やしになることをやるのが25から、35からは会社のためにそれを使うんだよ」

1937年東京都生まれ、早稲田大学政治経済学部を卒業後、60年にソニー株式会社に入社。20代半ばでヨーロッパに赴任し、68年のソニー・フランス設立に従事。オーディオ、コンピューター、ホームビデオ事業の責任者、取締役を経て、1995年社長兼COOに就任後、会長兼グループCEOなどを歴任。2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。03~07年、日本経団連副会長も。現在はソニー株式会社アドバイザリーボード議長のほか、アクセンチュア株式会社、百度公司、フリービット株式会社などの社外取締役も務める。『アジア・イノベーション・フォーラム』の詳細はwww.aif21c.com/にて。9月13日(火)~30日(金)には『ITmedia Virtual EXPO 2011』のサイト内に専用ゾーンを設置、バーチャルイベントも開催

武田篤典(steam)=文
サコカメラ=写真

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