「最後まで“めちゃくちゃ”を表現したい」

浅野忠信

2011.12.01 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 大野拓広(eight peace)=ヘア&メイク
わかりやすくない世界観の
2人が一緒になった!

このたび、浅野忠信と板尾創路は似ている、ということで双方の合意が得られた。

板尾がインタビューで「内面とか空気とか“同類”な感じの意識を持っている」と語ったのを受けて「とてもうれしい」と答えた。

「僕も似たような空気感を持ってると思ってます。そんな2人じゃないとこの作品は成立しなかったでしょうし、きちんと見てもらってよかったと思います」

板尾創路監督の映画にまつわる話だ。タイトルは『月光ノ仮面』。昭和22年、満月が出続ける奇妙な町にある男が復員する。戦死したはずの人気落語家・森乃家うさぎ。顔に傷を負い、記憶もなくし、ただ発作のようにある落語をつぶやき続ける。『粗忽長屋』だ。

ちょっと長くなるが、解説。こんな噺である。浅草にお参りに行った八が、行き倒れになった友だち・熊の死体に出くわす。が、熊は家でピンピン。ところが「死んでたのは絶対熊」と言って聞かない八。いつしか熊もそんな気になり、最後には「自分だ」と認定。亡骸を運ぼうとするところでサゲ。「抱かれてるのは確かに俺だが、抱いてる俺はいってえ、誰なんだろう」。

この噺を下敷きにした作品だ。

師匠やかつての許嫁がうさぎの高座への復帰を取りはからうなか、もう1人の男が戦地から帰ってくる。そこから物語はゆっくり不穏さを濃くするのだが、この2人の男を演じるのが浅野と板尾。なるほど“似ている”というのがミソだ。

「僕も監督も決してわかりやすい世界観の持ち主ではないと思うんです。わかりやすくないユーモアやワンクッション置いてからグッと来るような、直接例示しないようなものを得意としているというか、そういうところで必要とされるタイプだと思うので」

男が2人になってから、ぐいぐい日常と非日常が交錯し始め、やがて板尾が「まず思いついた」という衝撃的なクライマックスへ転がっていく。『キイハンターのテーマ』が流れ、クレジットが上るころには「エライもんを観せられた」という感覚に痺れる。

作品に込められたメッセージを尋ねると、ニヤリと笑う。

「これは、僕の中では『粗忽長屋』を映画にした話です。そそっかしい人間の集まりというか、僕が『粗忽長屋』という落語から受け取った面白さが詰まってると思う。難しい話をするような映画ではなくて─この間、浅草演芸場で落語観てきたんですけど─“は~なるほどね”って観て団子食って家に帰る、そのくらいの気持ちで観る映画だと思うんです」

監督・板尾も「メッセージはない」と公言している。

「浅草演芸場に行って師匠たちに“その落語ってどういうメッセージがあるんですか?”って聞くようなもんですよ(笑)。板尾さんと僕がやると“なんかありそう”って思うかもしれないけど、本当にただひっくり返してひっくり返してひっくり返したユーモアというか。それぐらいのものですよね。僕は、これは板尾さんがやった『粗忽長屋』だと思います」

好きなことしかしない!
で、何かしら“得る”

この作品で浅野忠信は、鈴々舎馬桜に落語の指導を受けた。

「“落語って、徹底的にやり抜かないと生まれてこないものなんだな”と感じました。徹底的にやり抜いてようやく出てきた自分らしさみたいなものを、舞台で表現するというか…それは僕らの世界にも通ずることなんだよなと。僕らが演技という世界でできることって、ひたすら台本を読んだり、リハーサルすることしかないんですけど、それを徹底的にやることで、その力が“あたたかみ”のようなものを生み出すことになるという。今回、そういうところがすごく勉強になりましたね」

14歳でのデビュー以来、ひたすら自身の考える“リアル”の追求に心を配った。役作りをせず、自然な演技ができるように。

「『アカルイミライ』のとき、それまでのやり方が無理だと思って。そこからいろいろなチャレンジをしてきました。いろんな監督と出会って学んで、新しい何かを得てきたつもりではあります」

『アカルイミライ』は03年の黒沢清監督作。穏やかだが激情を秘めた男を演じた。このころから、内省的に役を見つめるだけでなく、監督との共同作業に喜びを見いだす。

今年公開された『これでいいのだ!! 映画★赤塚不二夫』では、清々しいほどのバカっぷりを披露した。が…。「そのやり方も続かないと思った」という。

「だから最近は、またこの先、違うナニかを発見する作業に変わると思うんですけど…」

強く言う。「好きなことしかやっていない」と。「それをやる以外に生き残る道はない」と。

「今の仕事に疑問を持っているなら、明日やめるべきですよ。何にもやることがなくて家でパソコンをカタカタやってるにしても、それが好きなら恥じる必要はない。何かに縛られて何かにならなきゃいけないとかっていうのは、まったくくだらない考えだと思いますね。楽しいんだったら続ければいい。日本人的な考えなのか、周りと同じように生きようとしちゃうんですよね。そんなことしても何の得にもなんない。自分がどうしたいのか自分が一番知ってるわけで。40歳だろうが50歳だろうが、やめたいときに仕事はやめていい。好きなことをやるのが一番楽しいですから」

もともと俳優は、自分でやりたくて始めたことではなかった。音楽で身を立てたかったけれど、父親のススメでこの世界に入った。だから最初はそこに反発していた。

「“親にやらされてる感”がいやでしたから。でも現場に行ったら面白いことだらけで。18歳のときには“この道でやろう”と。(22歳で)子どもができてからは、悶々としていてもしょうがないし、稼ぎ口はこれしかないから、とことんやってやろうと」

何年かごとに壁にぶつかり、乗り越え、新たなモチベーションを得てきた。さっきチラッと言いかけた「新しい何か」は、どうやらアメリカに関係しているらしい。

今年『マイティ・ソー』でハリウッドに進出。『BATTLESHIP』『47RONIN』を撮り終えている。

「めちゃくちゃ影響受けてます。向こうは予算があるから好きなことできるというのもありますけど…人間と人間の向き合い方も全然違っていて。これから何年もいたら悪い部分も見えてくるんでしょうけど、そこも含めて今は刺激になってると思う。“このくらい直接的にコミュニケーションとっていいんだ!”とか。そこで生まれたものをすぐ取り込んだり、お互いのアイデアを尊重し合って現場が進んでいく面白さとか、日本に持ち帰りたい要素がいっぱいあります」

もともと国籍なんて気にしていなかったけれど、今年、NHKのドキュメンタリー番組でアメリカ人の祖父の生涯を知り、ルーツへの思いは一層強くなった。

未来への希望の言葉がポンポン出てくる。アメリカしかり。アジアの人たちと共同で─「アジアはつながりたいので」─長編映画を監督するというビジョンしかり。

「やっぱり、悪い意味ではなくて、最後まで“めちゃくちゃ”っていうことを表現したい。僕のいう“めちゃくちゃ”は自由のことです。今の時代だから“めちゃくちゃ”って言わざるを得ないのであって。みんながホントに自由に何かをやればいいんですよ。僕はそうありたい。死ぬまで自由にめちゃくちゃなことをやっていきたいですね」

つまり、枠にはまらない人生…。「僕にはその“枠”がなかったんでしょうね。両親には“タバコ吸いたきゃ吸えよ、シンナーやりたきゃやれよ”って育てられましたから(笑)。全部自分に返ってくるから、オマエが判断しろと。もちろんやりませんでしたけど」

だからこそ、思う。

「幼稚園とか保育園とかの先生をやってみたいですね。小学校や中学校でもいい。先生に対する先生でもいい。あまりにもまともな世界しかないので、子どもたちはみんな、自由でいることの楽しさを学ぶべきだと思う。子どもは尊重されるべきです。枠にはまることを強要されないように、自由でいてほしいので」

1973年横浜市生まれ。14歳のとき、俳優デビュー。1996年『Helpless』で映画初主演。20代から積極的に海外に進出。ウォン・カーウァイやクリストファー・ドイルらの作品にも主演。03年には『地球で最後のふたり』(ペンエーグ・ラッタナルアーン監督)でヴェネツィア国際映画祭コントロコレンテ部門主演男優賞を受賞。11年『マイティ・ソー』でハリウッド進出。12年には『BATTLESHIP』『47RONIN』が待機している。俳優活動以外にもDJやテクノのライブなど音楽活動も。ファッションブランド『JEAN DIADEM』も主宰する。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真
大野拓広(eight peace)=ヘア&メイク

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