「フェルメールの新しい絵の発見者になりたい。“生命とは何か”をきちんと語りたい。」

福岡伸一

2012.01.19 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
そこにはヘタクソゆえの
生命の自由さがある

福岡伸一は分子生物学の先生である。専門は遺伝子のタンパク質が変化して病気になる仕組みとか細胞膜の構造などだが、そういう難しいジャンルではない部分で、われわれは先生のことをよく知っている。新聞の書評や週刊文春のエッセイやNHK BSプレミアム『いのちドラマチック』のコメンテーターやらで。最近手がけたのは、地球上の様々な生命の生き様をとらえたネイチャー・エンターテインメント映画『ライフ ─いのちをつなぐ物語─』のDVD版の解説。

ハキリアリが葉っぱを噛み切って巣へ運ぶ様子や、グンカンドリとネッタイチョウの空中戦などを例に挙げ、「生物学者もびっくりな映像がいっぱい」と笑う。

地上から観察していては決して観られない。アリの、鳥たちの目線になって一緒に走ったり飛行して初めて得られる視覚体験だと絶賛。何の知識もない子ども(いや、われわれもだ…)がボーッと観ていても「スゲエ!」ってなる映像満載なのだ。

一方、生物学のプロの興味も満たしてくれるのだという。

先生によると、ここ30年ほどの生物学の主流は遺伝子万能論だったらしい。生物の行動や性質や特徴はすべて遺伝子が自分をコピーするのに最も有利なものを選び取った結果そうなった、というもの。つまり、生命の生き様は遺伝子にとって一番都合の良いプログラムに縛られているという論。先生はそれに異を唱える。

「遺伝的にプログラムされているにしては多くの生命体の行動の仕方はヘタクソです。それを物語るシーンが『ライフ』にもたくさんありましたよ。例えばダチョウを襲うチーターの三兄弟。普通ならチーターはダチョウを襲いません。でも彼らがたまたま三兄弟であり、そこにダチョウがいるという環境が与えられたから、この狩りのやり方になった。これらはある種の学習行動であり、予期せぬ状況に立たされたとき生命が考え出した行為だと見ることができます。すべての生命個体の行動や特性を、子孫を残すという目的だけで説明するところに無理があるんです。もっと生命は学んでいるし遊んでいるしサボってる。個体の“生”を充実するように生きているとみなした方が生命の実相に合っていると、私は見ます」

何かを学んでも、つねに
学びきれない気分に

先生は、生命のあり方に関して「動的平衡」というスタンスを採る。生命の本質は、あらかじめ決められたプログラムに則って自己を複製する(=子孫を残す)ことではなく、合成と分解を繰り返しながら、つねに動きつつ、ある一定のバランスを保つことにある。2年前に『動的平衡』というタイトルの著書で、この考え方を世に問い支持を得た。続編『動的平衡2』では、まさに『ライフ』で観た「生命はもっと自由なのだ」ということをテーマの中心に据えている。

日本中のソメイヨシノがすべて1本の木のクローンであり、地球を支配しているのは実はトウモロコシであり、またあるときはヒトのフェロモンを科学的に追い求め、遺伝子はスイッチをオン/オフするタイミングによって伝える情報が変わり…。でも、学術書ではない。

「私の専門は科学ですが、科学のゴールは言葉だと思っています。科学者同士ならば、数式や実験データなどをやりとりして“ああなるほど”ということが通用するんですが、わたしはもう一段階必要だと思うのです。実験や観測によって出てきたデータが生命現象をどう説明しているのかを普通の言葉で語れること。私が本を書くのは自分のためなのです。自分で自分の考えを整理するため。“難しいことをわかりやすくみなさんに伝えたいから”というわけでは必ずしもないんです」

完全なる一般人でもドキドキしながら楽しめる。しかもバッハやフェルメールやマイケル・クライトンや「志賀昆虫(採集道具ショップ)」など、多岐にわたるジャンルのカルチャーをちりばめつつ。

研究のこと以外で、なぜそんな楽しげなことをいっぱい知っているのだろう。フェルメールについては、好きが高じて、自らイベントまで企画してしまったというし。福岡伸一、普段、いったい何を考えているのだ!?

「何かを学ぶとき、つねに学びきれていない気分になります。たとえば細胞の構造。中にミトコンドリアがある。教科書には“ミトコンドリアは細胞の中の呼吸をつかさどっています”と書いてある。受験勉強的には“ミトコンドリア=呼吸細胞”と覚えればいい。でもね、私はあんまり友だちのいない昆虫オタクだったもので(笑)、そこで考えるわけです。“いったい誰がミトコンドリアなんてヘンテコな名前をつけたんだろう”って。そうすると、名前の意味から名付けられた経緯まで調べてしまうんです。科学を学ぶためにはどうしても科学史を学ばないと進まなくなってしまう。そこから時間旅行が始まるわけです。教科書に書かれたフラットな1行の記述は、ものすごく長い時間をかけて研究されてきた結果なんです」

フェルメールにもそんなふうに出合った。17世紀オランダの至高の画家だ。全37点の作品を追いかけて、先生、世界を旅して本を書き、ついには自ら企画した展覧会へとつながるのだが、そのきっかけは顕微鏡だった。

子どものころからおもちゃの顕微鏡に慣れ親しんでいて、これまた源流を知りたくなり、『微生物の狩人』(岩波書店)の助けを得て、350年前のオランダ人にたどり着く。デルフトという町の商人・レーウェンフック。毛織物職人の家に生まれ、生地を見るために作った顕微鏡で微生物や血球、精子を見つけた。彼と同時期、同じ町にいたのがフェルメールだったのだ。

「ふたりには交友があったのではないかと思うんです。フェルメールの絵には光の粒だちを強く意識させられます。写真のなかった時代に照明効果を意識していたとしか思えないような…今では至高の画家のように言われていますが、ピンホールカメラと同じ原理のカメラ・オブスクラという装置で、つねに移ろいゆく三次元の光景を正確に二次元の平面にとどめたいと考えた。非常に科学者的な人だったんですね。だから、友人のレーウェンフックに顕微鏡を覗かせてもらっていたのではないかと思うのです」

取材も終わりにさしかかり、先生がうれしそうにカバンから取り出したのが、上の写真に写る器具。

これがレーウェンフックが作ったものと同じ顕微鏡なのだ! 見たいものを穴の向こう3ミリぐらいの位置にキープしたまま明るいところを見る。少し暗かったり対象物の位置がずれたりするとしっかり見えない。なるほど、“顕微鏡で見てスケッチする”というひとことだけでとどまっていては計り知れない世界…。

「まあ、わたしは基本的に自分が気づいて楽しいと思えることに気がついてきただけなので(笑)。今も、昆虫オタク少年として昆虫採集している時と気分は全然変わらないんです」

そんな、福岡伸一先生の未来。

「まずは“フェルメールの新しい絵を発見した”って言いたいですね(笑)。レーウェンフックの初期の顕微鏡観察スケッチは実はフェルメールが手伝ったのではないかとにらんでいるのです。それはイギリスの王立協会の書庫に眠っているので、それを借り出してきて、東京で展示しようと」

そして。

「生命の問題に関しては、“生命とは何か”ということはちゃんと語りたい。これまで“生命は動的平衡だ”と書いてきましたが、いかにしてその状態が維持できているかはまだちゃんと説明できていない。私はあと何年生きてどれくらい本が書けるかわかりませんけれども。そういったことを言葉にすることができればいいなと」

1959年東京生まれ。生物学者。青山学院大学教授。京都大学卒業後、ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て現職。サントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)ほか、生命とは何かを追求した著作多数。2年前に好評を得た『動的平衡』に続く『動的平衡2』(ともに木楽舎)が12月に発売されたばかり。ライナーノーツを書いた『ライフ ─いのちをつなぐ物語─』はBlu-ray、DVDともに2月3日発売。2枚組プレミアムエディションには、約2時間の特典映像付き。www.onelifemovie.jp
また、1月20日からは東京・銀座にて、自ら監修を務める『フェルメール 光の王国展』が開催される。詳細はwww.vermeer-center-ginza.com

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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