「このままフワーッと行ければいいですね」

古市憲寿

2012.03.01 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
先達ほぼ総ディスり、
で、打ち立てた若者論。

第7刷の帯にはデカデカと「全国紙制覇!」と書かれている。まずは社会にどんなふうに受け止められているかをバシッと示す。上野千鶴子や小熊英二から寄せられた推薦の言葉は裏側。

古市憲寿が26歳のときに(といっても去年だけど)出版した『絶望の国の幸福な若者たち』である。

現在の若者のあり方をざっくりとつかんだ1冊。この“ざっくり”が実は重要。というか、ざっくりとしかつかめないのが事実。

“そもそも若者っていう生ものを扱う以上、「若者のすべて」を記述するなんて無理(中略)だけど現代における若者を理解するための補助線にはなると思う。たとえば「若者資料集(二〇一一年度版)」ぐらいには”(本書より)

若者という概念の発生と終焉を膨大な資料をもとにきっちり語り、実は若者なんて、ある年齢層だけを切り取ってカテゴライズできないことを示しつつ、その過程で過去の若者論をディスりたおす。そこまで言ったら自分の立ち位置なくなるぞ…というレベルまで行きながら、オリジナルな論を生み出す。実にスリリング。で、言ってること自体、納得。

面白そうでしょ?

「あんまりにも世の中が“若者が不幸だ”って言うから、それって何なんだろうなっていう思いがあったんです。論文とか研究書ってどれだけ中立を装っていても、書く人のパーソナリティが出る。世の中に恨みとかルサンチマンの発散のために書いてるケースも少なくないので(笑)、社会評論はどうしても不幸寄りになるんです。そんなもの読まないし、そんなこと考えない若者が大多数なのに“不幸な若者”という像だけが独り歩きしていることに違和感を持っていて、何か僕自身が感じたことを出せたらなと思って」

R25ももちろんそうだが、雑誌やらニュースやらで若者が不幸呼ばわりされる例は枚挙に暇がない。やれ少子高齢化だ、財政赤字1000兆円だ、現役世代の負担増だ、と。それはどれも事実なのだが、だからといって当の若者は必ずしも不幸とは思っていないというのが、古市憲寿の分析だ。

単に同世代としての感覚だけでものを言っているのではない。膨大な資料を漁って提示する。一方で、10年の南アフリカW杯の渋谷センター街の騒動の中にいて、11年4月10日・高円寺に1万人以上を動員した「原発やめろデモ」に参加して、生の声を拾っている。

「まあ暇なんで(笑)。図書館で統計見てコピー取るぐらい、普通です。いろんな場所に出向くのも“研究だ!”とか思ったわけではなくて普通に遊びに行っているだけなんで。水族館とか映画館はずーっとやってるけど、W杯とかデモってその日しかやってないじゃないですか? だから友だちと“デモでも行くか”って行って、日記みたいにまとめてるだけなんで、特別なことはしてないです」

データをまとめるのは「子どものころからの趣味」だという。

「自分で図鑑を作っていました(笑)。サメがすごく好きだったので、とりあえず魚関係の図鑑を一通り買ってもらって、サメだけの図鑑を編集したり。あと宇宙開発の歴史も、いろんな本から自分なりにまとめて遊んでました。それと同じことをしてるだけです」

研究者の自覚はない。
趣味。今のままで

若き社会学者、と呼ばれることが多い。今の肩書きは「東京大学大学院総合文化研究科の学生」「慶應SFC研究所の研究員」「有限会社ゼントの執行役」。最後のは、SFCで一緒だった友人が起こした、いわばIT企業。

「大学院は趣味程度(笑)。ピアノ教室に行ってるようなものです。本もたまたま趣味で書いたものを出していただいた感じで、研究者が本業という意識はあまりないんですよね。会社をやってるのは友達です。高校時代から上場企業のIT顧問をやっているような天才で、その彼の手伝い」

そもそも大学を出て企業で働くイメージがなかったという。

「就活がいやで大学3年のときにノルウェーに留学したぐらいですから(笑)。ノルウェーって、大企業とか就活から一番遠そうな感じじゃないですか。レジャーというと“散歩”か“湖へ行く”という国で、1年間毒気を抜かれて…」  

大企業で働いても幸せになれる図が思い浮かばなかった。

「終身雇用とか年功序列の仕組みが崩れているにもかかわらず、それがあるかのような前提で20代は馬車馬のように働かされる。これってブラック企業とあまり変わらないなと(笑)。ならば信頼できる友達と、新しいことを始めた方が楽しいし経験も積めるから」

今は3つの肩書きのどれかが自分、ということはない。

「フラフラしてますね。フラフラし続けたいなとも思ってます。あるポジションにいることに魅力も感じない…というか逆にリスキーかなと。ある場所で当たり前のことが、違う場所では面白がられる。うまく使えば、情報に価値を付加することもできるし。だいたい研究者って、象牙の塔の中にいなくても全然できるんですよ」

博士課程を終えた後のことを尋ねると「名刺に堂々とPh.D.って入れたい」と笑った。

「で、古市博士って呼んでもらう(笑)。そのぐらいです。僕にとって、研究は趣味みたいなもの。これって大学に行かなくても、誰でもできると思いますよ。企業で働いていても、新製品を作る際には様々なリサーチをして、これが売れるという仮説を立て、実際に物を売っていく…プロセスは研究とまったくおんなじです」

将来も、できればこのままの感じで行けるとうれしいという。

「フワーッとしたまま(笑)。まあ今のところ、若いから需要があると思うんですよ。“若者1人入れておこう”の枠に入れてもらえてるだけですよね(笑)。まあ僕も年取ってきますけど、35歳までは若者枠で行けるらしいので、それまでにはちょっと方向性をなんとかしておこうかなと」

超売れっ子である。なのだけれども、(失礼ながら)浮かれていない。自分のいるところをかなりクールに自覚している。これ、子どものころからの営みらしい。

「自分と周りの状況を俯瞰しながら、楽になるための努力はしてきましたね。たとえば僕、体育がキライだったんです。それで仲のいいお医者さんに頼んで診断書書いてもらって、小3以降はずっと見学してました。それよりもっと得意な分野を頑張って伸ばそうって。ただ、最初に少し頑張らないといけないですけど」

俯瞰する力はココで発揮される。体育を全部休むという、小学生らしくないことをするかわりに“ちょっと面白いキャラ”を前面に押し出したのだ。「あの子なら、体育休んでもさもありなん」というキャラクターである。

「仕事も同じです。イヤなことはしなくてもいい。でも“イヤだ”って突っぱねるんじゃなくて、やらないですませるために、何をするか。根回しとか最初に手をかける必要はあるけど、“こうしなきゃいけない”という思い込みにとらわれていて、ムダな努力をしている人が多いような気がします」

思えば、著書の帯もある種の俯瞰。何かに関わる自分を、つねにに突き放して見る視点を持っているのだ。若者論を語るときも「半ば自分のこと、半ば“彼らのこと”」。旅行とか町歩きとか人間観察とか、プライベートで楽しいことはいっぱいあるが、そのつど「楽しさの質」とか「盛り上がる理由」を、つい考えてしまう。

「盛り上がってる自分と、それを分析する自分の往復運動はつねにありますね。でも…だからこそ人生2倍に楽しい。盛り上がってるのはもちろん楽しいからだし、それを分析して“へー、なるほどね”って思うのも楽しいから」

そこからまた新しいヒントがなにがしか生まれてくる。近ごろ盛り上がったのは、ZARDを聴きながら銀座でウインドーショッピングしたとき(90年代Jポップが大好きなのだ)。あるいは、ホノルルや南京で戦争博物館に行ったとき、だという。

1985年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)、有限会社ゼント執行役。自身がピースボートに乗り込んで書いた修士論文をダイナミックに改変した『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』(光文社新書)で注目を浴びる。そして、2011年リリースの『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)でブレイク。リアルタイムに若者世代を生きる、そしてジャンルを限定しない新世代の社会学者(兼大学院生兼会社役員)である。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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