すべては6月24日に始まった

「空飛ぶ円盤」のはじまりと、現在

2012.06.18 MON


目撃した物体のイラストを紹介するケネス・アーノルド。著名な実業家であった事から彼の発言は強い信憑性を帯びた。しかし「空飛ぶ円盤」は、実はそもそもはじめから「円盤」ではなかった
マヤ予言や都市伝説ばかりが世間を賑わす昨今。しかし6月24日があの「空飛ぶ円盤の日」だということもどうか忘れないでほしい。今もたびたび現れては消え(?)、世間をにぎわす「UFO(未確認飛行物体)」が、世界ではじめて「確認」されたのが、この記念すべき6月24日なのである。 1947年のこの日、アメリカワシントンの実業家ケネス・アーノルドが自家用機で飛行中、上空で奇妙な物体を目撃。彼は「水面を切る皿のように飛ぶ、三日月型の物体を目撃した」と、報告した。ところが話を聞いた新聞記者が何を思ったか「空飛ぶ円盤が出現!」と誤報。さらに翌週、今度はアメリカ南部のロズウェルで“空飛ぶ円盤が墜落する”という大事件が発生し、米軍の公式発表として「我々は墜落した空飛ぶ円盤を回収した」と報道した。米軍は翌日「やっぱり気球でした」というお茶目な訂正報道を行ったが、後の祭りである。これら立て続けに起きた“世紀の誤報劇”から「空飛ぶ円盤」の呼称とそれにまつわるイメージがアメリカ中に浸透したのだった。

以降、アメリカではほぼ10年単位で世界をにぎわす事件が起きている。50年代には空飛ぶ円盤の搭乗員=宇宙人と接触する人々(コンタクティー)が出現。60年代には人類初の宇宙人の誘拐事件(ベティ夫妻事件)が発生し、70年代にはUFOにより牛や動物が惨殺される「キャトルミューティレーション」が頻発。80年代にはとうとうアメリカ政府は宇宙人と密約している!と証言する自称元科学者までもが現れると、90年代には世界を震撼させた「宇宙人解剖フィルム」が公開された。こうして宇宙人と人間の距離は、年々、近づいているかに見えたのだ。

ところが、90年代半ば以降、UFOや宇宙人が世間をにぎわすことはほとんどなくなってしまった。90年代半ばといえば、インターネットが普及しはじめた時代。ネットの投稿サイトには、毎日数えきれないほどのUFO写真や動画が世界中から寄せられていたし、コンデジや携帯カメラの普及によって目撃写真の投稿数はうなぎ上りで上昇している。にもかかわらず、大きく話題になることが少ないのは、UFOや宇宙人に対して、人々がどこかしらけてきてきたからだろう。それはひとつにはカメラの高性能化により高度な検証が可能になったこと、また個人でプロ同等の合成動画や合成画像が楽に作れるようになり、みんなはじめから疑ってみるようになったからではないだろうか。

UFOは写真や動画がリアルであればあるほど、偽物っぽく見えてしまう、という奇妙なパラドクスを背負っているのかもしれない。確かに、かつて人々を夢中にさせたのは、手ぶれしまくったノイズだらけの映像であり、空に米粒のような点が映り込んだ微妙な写真ばかりだった。でも人々はその情報の「余白」のなかにこそ想像力を働かせ、空を見上げたものだった。いや、それこそが今も昔も人々が探し求める、UFOの「あるべき姿」なのかもしれない。6月24日の夜は、どうかあなたも一度は空を見上げてみてほしい。高性能なカメラや望遠鏡なんていらない。ただぼーっと空を見上げれば、彼らはきっとどこかにいるのだから。
(佐藤健寿)

  • アメリカの音楽プロデューサーが極秘に入手し、95年、世界で公開された。しかし後にねつ造と判明し、世間のUFO熱が冷めるきっかけとなった
  • アメリカ・カリフォルニアの山岳部で金星から来た宇宙人に会い、UFOに載せてもらった、と話した元祖コンタクティーのアダムスキー。あの矢追純一さんもこの人の影響を受けている
  • 2009年頃、ネットを中心に広まった鮮明な新型UFO映像。しかしこれも後に企業のバイラルCMとして作られたものである可能性が濃厚となった
  • 1950年、オレゴン州マクミンビルで撮影されたUFO。60年代、アメリカ政府が開いたコンドン調査委員会(UFO問題会議)においても、数少ない説明不能な写真として認められ、現代でも評価が高い一枚

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