死ぬときに“アイツ入れてよかったな”って思ってもらえるように

小籔千豊

2012.06.21 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
相武紗季と本仮屋ユイカと
南野陽子と小籔千豊

小籔千豊は身長188cmで38歳、吉本新喜劇の座長を務めて丸6年になる。この春、『FLY! ~平凡なキセキ~』という映画に主演した。周囲からどんな感想が寄せられたか尋ねたら「とにかく相武紗季さんがかわいかった。本仮屋ユイカさんがかわいかった。あとは斉藤和義さんの歌が良かった、のみですね」。

舞台は大阪。相武紗季は小籔演じる満男の工場の同僚。シングルマザーの彼女に思いを寄せるものの、アタックすらままならない。そんなある日、満男が出会うのが温水洋一扮する宇宙人。迷子になった彼を匿い、面倒を見るうち、だんだん自立心や向上心が芽生え始め、急に本仮屋ユイカ演じるスナックの新人ホステスにはモテ始め…。この作品がDVD化されるらしい。

「映画に出てみて思ったのは、今、この世界に残ってちゃんと作品に出られてる俳優さんたちって、ただカワイイとかキレイとか男前とか関係なしに、やっぱり腕あんねんなあっていうこと。台本読んでなんとなく予想した表情とかセリフの言い方を、現場で完全に上回ってきはるのにはスゴイと思いました。僕も、異業種の方が観たときに“ああ、やっぱり違うな!”って思ってもらえるような芸人にならなアカンなと。僕のなかでは面白めな映画やと思うので、ちらっと観ていただくにはDVDはいい機会じゃないかと思いますね。たぶんレンタル代ぐらいは損させへんと思います」

そして名指しで…。

「ライムスターの宇多丸さんに観ていただいて、ボロカス言っていただきたいなと。“この映画イケてるけど、どや!”っていうんじゃないんです。確かな目のある人にバチバチ添削されたいんです。アホみたいなヤツに批評されたら、黙っとけと思うけど(笑)。最近なかなか言われにくくなってきてるところもあるので…」

座長だもの。そもそも、座長就任の際にも周囲に「イエスマンにだけはなるな」と強く言い含めたらしい。座長は、役者たちのリーダーというだけではない。上演作品の企画を立て、作家とともに台本を作り、ギャグがきちんと機能するよう芝居を調整する。プロデューサーであり脚本家であり演出家でもある。小籔をはじめ、4人の座長で、今、吉本新喜劇は回っている。

だから7月に出る舞台は異例だ。今年100周年を迎えた“吉本興業”の歴史を1年かけて、月替わりの作品で振り返っていく『吉本百年物語』の一環。『笑う門には、大大阪』という作品に、純粋に役者として参加する。演じるのは、吉本興業初代社長の林正之助。共演は南野陽子。

「今回、“調教された状況の僕”という新しい部分を観ていただきたいかな。あともうひとつは…大阪の住之江という下町で育ち、ハタチぐらいまでブラブラしてたのが、運命のいたずらで新喜劇に入り、ましてや座長になって、あの南野陽子さんと共演させてもらう…つまり、この舞台自体が“人間どういうことになるかわからん”ということの証だと思うんですよ。読者のみなさんで今、閉塞感のある方だって、がんばっていただければびっくりするような人生が待ってるかもしれません」

小籔の心底からの実感である。

死ぬとき、みんなに
満足してもらえるように

20歳からビリジアンというコンビで漫才をしていたが、28歳で解散。今の奥さんとの「幸せな結婚」を目指して芸人を廃業しようとするも、仲間たちからの慰留を受け、仲人でもあるバッファロー吾郎Aの勧めで吉本新喜劇に。

「暗闇でした。新婚のときの僕は給料2万。嫁はんはいっぱしに稼いでるのに、ごはん作ってくれて家事もしてくれる。漫才師やったら、“手見せ”っていって、1分間好きなことやって、それでおもろかったらチャンスがもらえる。M-1もあるし。ピン芸人にもR-1がある。上へ行く階段のありかは見えてるんですよ。でも新喜劇は、それがわからない。1週間、舞台に出ても“ありがとう、ごちそうさん”しか言えてない」

自転車でバイトの道すがら、偶然耳にした中島みゆきの「時代」に涙をこぼす日もあった。

「どうしようかと思いました。とにかく身内の芸人に俺のことをオモロイと思ってもらわな始まらへんよなって。先輩を笑かすことから始めました。飲みに連れてもらってオモロイ話ができて、“変な後輩やのう”ってかわいがってくれる。で、次の日楽屋で“昨日の話、おもろかったな”って振ってくれたらちょっとだけ、怒られるギリ手前ぐらいの大きめの声でしゃべるんですよ。聞いてきた相手以外の人らにも聞こえるように。それで“おまえうるさいなー”ってベテランさんが言ってきてくれる顔も、前とは違ってにこやかになって」

少しずつ役がつくようになり、現在座長の一人でもある川畑泰史と組んで、積極的にボケる機会も得る。このコンビでの笑いが新世代の新喜劇の象徴となり、後の座長就任の布石となるのだ。

で、ついには「新喜劇に出てる背の高い子にぜひ!」と、プロデューサー直々の指名を受けて、NHKの朝ドラ『わかば』にも出演。この時期、体調を崩していた中川家・剛の代役としてオファーを受けたのを機に、テレビの仕事も増える。2年後に座長就任、現在は6本のレギュラー番組を持つ売れっ子だが、何より考えているのは「新喜劇への恩返し」だという。

「一番苦労してたとき─ていうても、ごま粒1つ分ぐらいのもんですけど─シンプルに、何のために生きるかっていうことを考えたんです。それは家族のためだと。嫁はんと子どもを食わせるためにがんばる。それが根本です。でも食わしてくれてるのは新喜劇やなと。これは先人たちが生み出して、そこにちょっとだけ入らせてもらった感じ。もっと言うたら、大阪も日本もおんなじなんですよ。たとえばアスファルトも信号も、公立の小中学校も、先人がお金を出してくれたからある。国民健康保険もそうですよね。誰かの家のパーティみたいなもんで、そこには料理も酒もあるけど、それは誰かが作ったり買うてきたりしたもんなんですよね。ただただ飯食って黙ってテレビ観て片付けもせんと“おつかれした~”って帰るようなヤツ、最低じゃないですか。だからせめて皿洗うとか、できることぐらいはさせてもらおうかなと」

テレビの仕事は、「新喜劇への恩返し」に反するのではと悩んだこともあった。

「でも企業が利益を生む方が、より多くの社会貢献につながるんじゃないかと。僕が東京で行けるところまで行くことで、新喜劇の4500円というチケット代が安くなるかもしれない。さんまさんに舞台に立っていただくことができるかもしれない。そうなればお客さんも吉本もうれしい…というところに決着しました。これをブレさせることなく持っておきたいと、今は思っています」

現在、小籔が座長を務める新喜劇は2カ月に1週の割合。新しいことを盛り込んだ舞台を作ろうと腐心している。だが、スベる公算も小さくはない。そのとき飲み屋で悪態をつく若手や、奥さんにグチをもらすベテランなどの姿をリアルに想像してしまう。胃は荒れ、くたびれ、つい、以前にウケたパターンに逃げようとする。

「でもそこで新喜劇のレジェンドたちのことを思うんです。僕が死んで、閻魔さんのところに行くとき、もうすでに死んでる新喜劇の先輩が見に来ると思うんです。そのときには(池乃)めだかさんも島木(譲二)さんもチャーリー(浜)さんも竜ジイ(井上竜夫)さんもそっちでしょう。花紀(京)さん・岡八(郎)さん・(間)寛平さん・木村進さん・室谷信夫さん・ルーキー新一さんぐらいのレジェンドたちが“座長死によったぞ”って来て、“上から見てたけど、オマエが座長で新喜劇ようなったわ”ってみんなで拍手してもらったら、気ィよく閻魔様に舌抜かれると思う。死ぬときに“アイツ入れてよかったな”って思ってもらえるには今やっとく以外ないですからね」

1973年、大阪市生まれ。93年、大阪NSCに入学。ビリジアンとして活動開始。01年コンビを解散し、吉本新喜劇に入団。04年、NHK朝ドラ『わかば』に出演。06年、吉本新喜劇の史上最年少座長に就任。上方お笑い大賞話題賞受賞。03年より、レイザーラモンのふたりとヒップホップユニット・ビッグポルノとしても活動。10年メジャーデビュー。音楽と笑いを融合したフェス『コヤブソニック』を08年から主催。2カ月に1週の新喜劇のほか、『よしもと新喜劇』(MBS)、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)、『バカソウル』(テレビ東京)、『知りたがり!』(フジテレビ)などに出演中。『吉本百年物語』の公演詳細はwww.yoshimoto.co.jp/100th/monogatari/

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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