30歳からの黒澤映画

第4回 黒澤映画に学ぶ名優の魅力とは?

2012.08.30 THU

30歳からの黒澤映画


©1950 角川映画 『羅生門』(1950年)。原作は芥川龍之介の短編小説『藪の中』。日本映画で初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞およびアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、一躍世界に黒澤明の名前をとどろかせた大傑作。

戦後の日本人を象徴する三船と志村



まずは三船敏郎です。初期の黒澤映画における三船は、どこか半人前というか、社会不適合なイメージ。『七人の侍』の菊千代なんか、どこの馬の骨ともわからないオトコが、侍になりたくてノコノコついてきたような感じですからね。

「三船敏郎が演じる役柄は、爆発的なエネルギーを宿しているけれど、それをどこで使っていいのかわからない人。僕らみたいな精神科医から見ると、それは思春期の典型ですよね。つまり自分が何者かわからない、自己実現の途中にある。黒澤映画において、三船には常に『自分探し』というものが課せられているんですよ」

 そして、その「自分探し」をする三船敏郎は、実は日本人の象徴でもあるという。

「敗戦によって日本の帝国主義が崩壊したあと、日本人の自我もまた崩壊したんです。もっといえば、明治維新からこっち、それまでの封建的な価値観が失われてからというもの、日本人はずっと自分探しをしてるんですね。封建主義においては自分を滅し、人に尽くすことで自己実現が達成されたけれども、明治以降、西洋的な個人主義の概念が入ってきて、逆に日本人はアイデンティティを見失った」

 三船敏朗は、そんなアイデンティティを喪失した日本人そのもの。戦後の自己喪失感、遷延する自分探し像を象徴している存在。う〜ん、深い。そして、三船は決して多弁ではないところもポイントです。

「三船が演じているのは言葉を持たない大人。だから身体で表現するんです。肉体と精神の激しい相克を、そこに立っているだけで表現できてしまう。そんな俳優は、残念ながら今の日本にはいないですね。最後に三船と同質のオーラを放っていたのが、松田優作でしょうか」
©1948 TOHO CO.,LTD ALL RIGHTS RESERVED. 『酔いどれ天使』(1948年)。闇市を支配する若いやくざ・松永(三船敏郎)と、貧乏な酔いどれ中年医者・真田(志村喬)とのぶつかり合いを通じて、戦後風俗を鮮やかに描き出したヒューマニズム溢れる力作。
では、黒澤映画におけるもう一人の看板俳優・志村喬についてはどうでしょうか?

「志村喬って、僕のイメージでは海軍指令の様な存在なんです。海軍は陸軍に比べて、戦況を冷静に見ていて、敗戦を予期しながらも、結局は止められなかった。そういう、戦前戦中の知性を体現している存在」

 軍人である以上、戦争となれば一命を投げ打って戦うけれども、本心では、部下たちには1人でも多く生き残ってほしいと思っている。そして戦後、「自分が死んだあとの日本を復興してくれ!」と若い世代に託すような男。それが志村喬だという。

「戦争に負けた以上、その知性は沈黙せざるを得ないんですよ。戦争に荷担してしまったという自責の念からね。でも、自分からはしゃしゃり出ないけれども、問われればものすごい知恵を出してくれる。そういう存在ですね」

 これもまた身体の内に葛藤を抱えた、日本人のひとつの姿といえましょう。三船と同様、今の日本に志村喬のような演技のできる俳優は…。でも、それは今の日本の俳優がダメというわけではなくて、時代と背負っているものが違うんです。

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