カッコイイおっさん、と子どもに思われる大人に

GACKT

2012.10.04 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 ROCKEY=スタイリング たなべこうた(be glee)=ヘ…
アイデンティティーを
込めてこそのオリジナル

R25を手に取ってめくり、そして「へー」とつぶやく。「『レバ刺し、ユッケ復活の可能性』だって」。

放射線で生肉を殺菌する研究だ。「でも世界的に見るとすごい放射線量のエリアいっぱいあるよね…」。なおもパラパラめくりながら、「面白いな、R25」とニヤリ。

いやいや、GACKTのニューシングル「白露-HAKURO-」もとても面白い。琴や尺八のような和楽器の音色がちりばめられている。叙情的なイントロから、歌い出す直前に小さなブレイク。そしてドーンとキャッチーなサビから始まる。が、すぐ優美なAメロへ。たぶんカラオケでうまく歌えると絶賛。見せ場たっぷりで難易度も高い。非常に劇的な曲なのだ。

「テレビで歌うときには僕もものすごく緊張するだろうな(笑)。♪もう一度会い、た~い~♪の…」

“た~い~”はそこだけ1オクターブ上がる。加工したかのような高音。

「ファルセットでオクターブ飛びしてるんだ。歌の技術の中でもしんどくて。実音からファルセットにいきなり飛ぶから、音程も取りづらい。レコーディングの最中に一生懸命練習したよ。やっぱり聴いてる人がドキッとするようなことをしたいからね。そういう緊張感があるものは、やる方も緊張するんだ」

この曲、『戦国BASARA MOONLIGHT PARTY』という戦国ドラマの主題歌である。でも和のテイストは、それが理由ではない。

「僕は“ジパングロック”といわれるものを、世界に発信していきたいんだ。ロックってそもそも洋楽から生まれたものだけど、今、世界中の文化を見てもオリジナルの状態で残っているものってほぼないじゃない? 僕たちも外国からロックを手に入れたけど、プレイしていくなかで、そこに自分たちの国の文化やアイデンティティーを入れていくのが大切だと思っていて。だから“アメリカのロックはこう”とか“イギリスでは…”っていうのを僕たちが追いかけるのはちょっと違うよね」

日本人というアイデンティティーを意識するのは、こと音楽に関してだけではない。それを感じ始めたのは22~23歳のころ。当時のGACKTは、一世を風靡したビジュアル系バンド、マリスミゼルの一員だった。

「海外に行くようになって、日本文化や日本人のことを聞かれることがすごく多くなった。それに僕はうまく答えられず、日本のことをなんにも知らないことに気づいた」

で、学び始めたらしい。

「世界人口の95%以上が何らかの宗教に拠って生きていて、宗教を通じて道徳観や倫理観を学んでいく。クリスマスも祝えば正月に初詣でにも行く、日本にも宗教があふれてるけど、それはひとつの文化として受け入れてるだけ。すべての人にとっての道徳観やモラルの拠り所ではない。日本人はそれらを武士道から学んだ。武士道が確立して以降ずっと、そうした生き方を受け継いできた。教育の場や遊びの場で、親から子に、大人から子どもに。日本にはもう侍はいないけど、だからといって武士道が廃れてはいない。男と女を真ん中で分けて、男には“男にしかできないことがあるからそれをもって女を守れ”と、女には“女にしかできないことがあるから、それをもって男を支えてくれ”っていう、相互関係を謳ってるんだよ。同時に、子どもに対して親はこうあるべき、大人はこうあるべき、と説いている」

興味を持って自分で調べて、人生哲学を構築した。この文章の冒頭での「レバ刺し」への食いつき方に、彼の探究心の一端を垣間見た気がした。その何百倍、何千倍もの熱意でGACKTは、日本人のあり方をわが物にしたのだろう。

「日本人って“NOを言えない”と言われてるよね。ホントにそうなのかな? 言えないんじゃなくて、言わないんじゃないのかな…」

子どもたちに憧れられる
ような大人でいたい

「NOってすごく簡単な拒絶だよ。でも日本人は安易にそう言わない。かわりにそこで折衷案を見つける能力がすごく高い民族なんだと僕は思っていて。相手ともめるところから始めるのではなく、相手を受け入れるところから始めて折り合いをつけていくというのはすごくいい文化。それが海外には“NOを言えないダメな文化”としか伝わらない。違うんだ。言えないんじゃなく、言わない。拒絶しないのは、他の人たちと手を取り合って歩いていくための考え方」

そういうことを親から子へ、大人から子どもへ、伝えていかねばならないと思っている。

「使命感なんだ。僕はもうすぐ40歳で、もういい大人だよ。自分がやりたい音楽だけをやってるんじゃなく、まだ影響力があるうちに、悩んでる人の背中を押したり手を差し伸べることをやっておきたい」

本格的に音楽の道で生きようと思ったのは20歳のとき。そのころのGACKT青年はこんなに超然としてはおらず、自分のことで精一杯。むしろ「頼れる先輩はいないのか」と悩んだ。が、全然いなかった。

「だから僕は今、僕が20代のときに“こんな先輩がいてくれたらなあ”って思ってたような先輩になろうと。少しでも背中を押したり、立ち上がる意思があるなら、手を差し伸べようって。僕はそういう立場になったんだと、30代に入ってから自覚し始めたよ」

かつての自分が求めていた(でも存在しなかった)理想の先輩をロールモデルに生きていこうとしている。そしてそのスタンスは、経験を重ねるたび、更新される。

たとえば東日本大震災にまつわるチャリティーの話。

「実は僕、95年の阪神淡路大震災のとき、京都に住んでて、震災を経験したんだ。でも当時はなんにもできなかった。それですごく後悔してね。“こうしたらよかった”“あんなことができた”って。3・11の地震が起きたときに自分がすぐ動いたのは、あの後悔があったから。前にやれたはずなのにやれなかったことを全部やった。もちろんそれをやることによって叩かれるのはわかってた。どこかで潰しも入るだろうなと思ってた。でも、叩かれることをビビってたら、何ひとつできなかったと思う」

震災の直後に“SHOW YOUR HEART”の旗印の下、募金活動を展開。2億円あまりを被災地に送った。その後もチャリティー活動は続いている。

「仲間たちも含め偽善だ何だって言われることもあった。そのとき僕が仲間に言ったのは、クルマの運転してて道を譲ることを考えてみろ、ってこと」

自分の右斜め前に合流したがってるクルマがいて、ウインカーを出している。入れてやるかどうか。GACKTは道を譲ったのだ。

「それがいいことだと思ったから。相手がものすごく運転がヘタで、追突することもあるよね? それで文句言われたりして。でも入れたのは自分。それはしょうがないんだよ。良かれと思ってやったことが理解されなくても、それが自分の生き方を追求したうえで起こったことなら、受け入れなきゃいけない。それがイヤならやらなきゃいいんだ。結果どんなふうに思われても感謝してくれた人がいるし、助かった人もいる。叩かれるのがイヤなだけだったら、何も行動してない。でもただ見てるだけでは納得できなかった。苦しんでる人に手を差し伸べるのに理由はいらないよ」

未来のことを尋ねると、「今言ったことがすべてかな」と笑った。

「僕は、自分の背中を見てくれる若い世代や子どもがいるなら“このおっさんカッコイイ!”って言われるような生き方をしていきたい。世の中の流れを見て、それにビビってやりたいことをできない大人なんてイケてない。僕は自分のやってることに対して誇りを持って生きてる。そのことで叩かれても、笑ってりゃいいじゃん。今、大人になりたくないって思ってる子どもたちが多いよね? それは幸せな大人がいないから。子どもでいる方が楽だし自由だと思ってる。そうじゃなくて、僕は今の自分が一番イケてると思っていたい。もちろんつねにパーフェクトじゃない。ミスだってする。でも人間なんだし、ミスしたら謝りゃいい。子どもたちがそれを見て、大人になるのも悪くないって、思える大人でいたいんだよ」

1973年生まれ。20歳から音楽活動を開始。22歳のときビジュアル系バンド、マリスミゼルに参加。99年脱退。同じ年にソロアーティストとして「Mizerable」でデビュー。以下41作連続で週間トップ10にランキングされ続けるという日本記録を樹立。音楽のみならず、07年にはNHK大河ドラマ『風林火山』で上杉謙信役を熱演。10年には『BUNRAKU』でハリウッドデビュー。『戦国BASARA MOONLIGHT PARTY』はBS-TBSで毎週火曜放送中。公式HPはhttp://GACKT.com、Twitterはhttp://twitter.com/GACKT/、ブロマガはhttp://ch.nicovideo.jp/channel/gackt

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真
ROCKEY=スタイリング
たなべこうた(be glee)=ヘア&メイク

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