遊園地でフリーパスの元を取る大人に

伊藤英明

2012.11.15 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 望月 唯(Eight Peace)=スタイリング 稲葉功次郎…
役者として振り切れた。
最凶のサイコパス役

「でもね、お客さんにはこういう話、関係ないと思うんですよ」

ひとしきり、ちょっとだけ熱い感じで語った後、伊藤英明はほうっと息をついた。

最新作の撮影を終えた時、自分自身の中でスイッチが切り替わったという。

「これまで僕は、観てもらうところまで自分に責任があると思って作品にかかわってきました。例えば『海猿』というコンテンツの場合は、シリーズ物だからファンの人あっての作品なんですよね。扱う材料がある程度決まっていて、作品の方向性もわかっている。その枠の中でお客さんを満足させ、すべてにおいて前作を超えていく。今回は、そういうもろもろのことを考えることなく、シンプルに一役者として役に向き合えた実感がありました。役者って、平たく言えば、役のことだけを考えていればいいと思うんです。絶対的に。それがちゃんとできた気がする。ごまかしとかそういうのはなしに、ダメでもヘタでもいいから、三池(崇史)監督の前では裸になって “振り切ろう!”と」

『悪の教典』で主人公の蓮実聖司を演じた。貴志祐介の原作を三池崇史が映画化。蓮実は学校の問題を次々見事に解決し、授業も面白くて、同僚からも生徒からも愛されるさわやかな教師。でありつつ、他人への共感能力を持ち合わせていないサイコパスである。

「お話をいただいたのは去年の秋、『海猿』のパート4を撮ってる時でした。原作を買いに書店に行くと、あまりにも “太い”本で、しかも上下巻(笑)。躊躇したんですが、三池監督が撮られるんだから、とにかく読もう! と。そしたら一気でした。あんな“太い”本は生涯初めてでしたけどね(笑)」

2011年度の『このミステリーがすごい!』や週刊文春の『傑作ミステリーベスト10』で1位を獲得した傑作である。さわやかで胸キュンな高校生活が丁寧に描かれ、生徒との恋愛問題やPTAからのクレーム処理のために、交通事故を偽装したり放火したりする蓮実の“活躍”が、それと並行して淡々と語られる。

で、下巻の約半分、映画ではラストの約50分が蓮実聖司による大殺戮ショー! 些細なことで、(だが必要に迫られて)血まみれの殺人鬼と化す。

「悪く演じる。変に演じる、コイツはサイコパスなんだ、サイコキラーなんだ…そういうふうにアタマで簡単に想像して演じたら、たぶんつまらないだろうなって思ってました。単純な話、人を殺す時悪い顔になるみたいな(笑)」

これは“ファンの人たちの観たいものを見せる”作品ではない。“お約束”の展開は不要なのだ。

「僕は普段、そんなに役作りという感覚はないので相当悩んだんですけど…ライオンがシマウマを殺して食うのに、悪い顔にはならないでしょ(笑)。うれしがったりもしませんよね。生きていくのに必要だからやっているだけのこと、蓮実も同じなんだと。そこにたどり着いて、なんとか…」

言葉を選び、言いかけてやめる。「うまく言えないですね(笑)。こんなにもスイッチが切り替わったか! って思ってるんですけど、あんまり言葉に出すと本質とうまく合致しない気がするし」

それに、これは「お客さんには関係ない」話。

「いい映画、面白い作品を観てもらって、それで楽しんでもらって、何を感じてもらうかっていう方がよっぽど大切だと思ってるんで。今回も取材の方に、よく“『海猿』と同じ年にやるなんてすごい挑戦ですね”って言っていただいたんですけど、僕にしてみれば“やること”より“観てもらえること”。これだけの振り幅のある役を、同じ年にお客さんに観てもらえるのはエンターテインメントとしてすごくいいんじゃないかと、その思いが強かったですね」

「やらねばならない」から
「やることを楽しむ」に

スイッチの切り替えについて「うまく言えない」のは、おそらく今まさにその渦中にいるから。でも、もう少し突っ込んで尋ねてみるのだ。

「ちょっと前までは“役者人生って長いんだろうな”っていう漠然的なイメージがあって。いい40代を過ごしていい役者になるためには30代はあんなこともこんなこともやんなきゃって焦ってた気がするんです。でも、40代は10年ある。50代も10年ある…アタリマエなんですけどね(笑)。これからまだ長い間楽しいことがいっぱい待ってるんじゃないの? って思えるようになったというか」

そしてふと、「僕の好きなモノって小学生から変わってないんですよね」と言う。

「乗馬もスカイダイビングもスキューバダイビングも全部。映画の『敦煌』で西田敏行さんが“李 元昊~ッ”って叫びながら馬で走ってるのを観て“あーカッコイイなあ”って。役者っていう職業は知らないんですけど“馬乗りてえなあ”って。小さいころずっと入院する生活が続いてて、そんなことばっかり考えてました」

幼稚園のころに慢性腎炎と診断され、入退院の日々。小学校には半分ぐらいしか通えなかった。学校行事にもほとんど参加できず、病院では、同世代の子どもの死を体験。

「映画とかアニメの世界に自分が入ったり、想像の世界でごっこ遊びばっかりしてました。“腎臓を移植しないと助からない”って言われてて、母親はやたら泣いていろんなお祈り唱えるしヘンな漢方飲ませるし(笑)。でも中学のころに治って、そこから急に人生楽しくなりましたからね。役者も、最初のうちは、やりたかったいろいろなことができる仕事だと思ってやっていたんです」

なるほど「小学生から好きなモノが変わっていない話」はここにつながるのか。

「人間ってほっといても死ぬじゃないですか。だからやりたいことやらないともったいないという気持ちがつきまとっていて、20代はとくに、すごく生き急いでる感覚がありましたね。だから、酒の飲み方も人との接し方も、われながら危なっかしかったですよ(笑)。仕事についても、“30代に入ると役が限定される”って勝手に思い込んでて。だって20代だったら学生も社会人も両方できるけど、30代はある程度社会的にも確立している時期だろうし、役者として答えを出さなきゃ40代につながらないって…」

でも、30代も半ばを過ぎ「そうでもない」ことがわかってきた。

「まだまだ長いんだから、そんなに早く答えなんて出さなくていいかと。“長げえなあ”っていうより“まだこんなにもあるじゃん”と。たぶん前は、あれもこれもと焦った結果、上澄みにしか触れてなかったんですよ」

今は、遊びでスキューバダイビングに行き、ドキュメンタリー番組でハワイの火山を訪ね、バラエティ番組では学生時代から好きだったとんねるずと買い物をしている。役者はもはや「やりたかったいろいろなことができる仕事」というより、「演じること自体を楽しめる仕事」へと変わった。役者の仕事でないところでも遊べているし、それが、役者の仕事をきちんとしているからだという自覚もある。

「今、時代劇をやってるんですけど、難しいんですね。セリフも、立ち居振る舞いも。そこをきちんと準備して取り組みたい。求められてることをきちんとやりたい」

正統派ヒーローとアンチヒーローを演じ、来年放送のドラマも撮り、CMでスカイダイビングをし、バラエティでも弾けた。人生でもっとも濃い1年だったと言う。まだ終わってないけど。

「この1年を毎年更新していければいいな。昔、遊園地でフリーパス買ったら、元を取ろうとしてジェットコースター20回乗って気持ち悪くなるみたいな(笑)。年をとってもそういうバカなことを真剣にやれる大人でいたいですね。今はまだ十分やってますけど。ビックリマンチョコだって売ってたら買うし(笑)。まあとにかく遊びも仕事も全部つながってて、自分が楽しいのはもちろんだし、観る人に楽しんでほしいし、周りのみんなも笑っていられたら言うことないですよね」

1975年、岐阜県生まれ。97年にデビュー。00年、『YASHA-夜叉-』でドラマ初主演、『ブリスター!』で映画初主演を果たす。04年より主人公の仙崎大輔を演じている『海猿』シリーズは、今年、映画4作目の『BRAVE HEARTS 海猿』が大ヒット。来年1月放映予定のドラマ『白虎隊』(テレビ東京系)や『最も遠い銀河』(テレビ朝日系)などが待機している。『悪の教典』オフィシャルウェブサイトはwww.akunokyouten.com/

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真
望月 唯(Eight Peace)=スタイリング
稲葉功次郎(KIKI inc.)=ヘア&メイク

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