17歳の時の思いをただ続けるだけ

葉加瀬太郎

2012.12.06 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
意識してこなかった
ふるさとが浮き彫りに

10日前には大阪にいた。2日間公演して、香川、岡山を経て、一昨日まで東京・Bunkamuraで3夜連続のコンサート。…忙しい。で、明後日からはまたツアーで宮城へ。

「そう、名取市なんです! 自分にとってこれは日常なので、忙しいとも思ってないんですよね。ロンドンに居を移して6年目に入ったんですが、向こうでの時間を捻出するために、日本にいる間のスケジュールは、まあこのくらいみっちりになっちゃうんです」

年間70~100本のツアーをこなす。この日は、秋のツアーのインターバル。だが、朝8時30分からJ-WAVEに出演。久々の東京での3日間は、新しいアルバム『WITH ONE WISH』のプロモーションにあてられていた。

「普段、オファーをいただいて曲を作ることが多いので、少しずつ作品は増えていきます。それを並べてみて足りない曲を書いていく、そんな作り方になってますね。よく言うんですが、僕の場合、曲を書くのは“自分の心の中にある何かを表現する!”みたいな大層な感じではなく、もう少し気楽なもので。“人を楽しくする”とか“楽しい時に使える”とか、僕自身が“こんな曲が弾きたい”とか、そういうところから考えるんです」

出発点からリスナーを強く意識しているケースが多いわけだ。作家性のようなものは、作ってからわかってくるらしい。

「曲を作り始めるときは、ある意味がむしゃら。締め切りにも間に合わせないといけないし(笑)。何曲もできてきて、それを並べてみると、共通する雰囲気やワードやヒントみたいなものが浮かび上がってくる。それは一体なんだろうと自分に問いかける。自分の中から出てきた曲たちなんだけど、そこには自分では気づかなかった何かがあるわけです」

今回、見えたのは“ホーム”。

「自分のふるさととか、ノスタルジックなキーワードがポロポロ出てきて。作り始めた当初は世界旅行をするようなアルバムにしたかったのに、実際にシリアだアラブだを巡って曲を作っていると、なんだか全部自分が幼少期を過ごした大阪につながっていっちゃったんですね」

タイトルの『WITH ONE WISH』は、東日本震災後に初めて書いた曲から。そこには日本の復興や応援への気持ちを強く込めた。それが、今まであまり意識してこなかった自身の“ホーム”となんだかぴったり合ったのだ。

「あとやっぱりね、こういうインタビューを受けると整理できますね。聞かれて答えるうちに“なるほどそういうことだったのか”と。作る前はコンセプトやテーマを言葉で記す必要はあまりないですから(笑)」

パンクスの出口と
筋金入りの“中学生”

39歳からロンドンで暮らす。

4歳でヴァイオリンを始め、22歳の時、東京藝術大学の学生たち3人でクライズラー&カンパニーとしてメジャーデビュー。確かな技術と理論を背景にクラシックをポップに表現したが、それは彼にとっての「パンク」。セックス・ピストルズが神様で「自分らはいろんなことをぶち壊すパンクなバンドだと信じてた」と言う。

そんな若かりし日、まだデビュー前の彼らが雑誌『SPA!』にインタビューされることになった。人生初のインタビュー。普段から『DOLL』などのパンク雑誌を愛読していたので、そういう取材への受け答えも万全。とにかくナマイキに、「言葉尻には“fuck!”って言わなくちゃいけないと信じてた(笑)」。全身コムデギャルソンでキメ、ばっちりメイクで臨んだ。

「それでウイスキーのロック片手に、質問にはとりあえず“あ゛!?”って答えようと(笑)。

─ 藝大生がクラシックのメロディをポップにするというのはどういうことですか?

“あ゛!?” オレたちにはクラシックだろうとなんだろうと関係ない。“出口”が欲しいだけさ”

─ 先輩に坂本龍一さんがいらっしゃいますが、アナタにとってどういう存在ですか?

大ファンで、 ヴァイオリンのケースにステッカーまで貼ってるのに、

“あ゛!? サカモト!? やめてくれよ!”って(笑)」

パンクスかくあるべし! と、きわめてまじめにやったのに、取材はボツ。ホントは春の日差しのように温かい。J-WAVEの『ANA WORLD AIR CURRENT』でも、笑顔がにじみ出るようなトークで、ゲストから世界の都市の話を優しく引き出している。

それはさておき。

「パンクって“紳士道”のまるっきり裏返しだと僕は思ってるんです。ロンドンには古いものを大切にする文化があります。だから一方でぶち壊さなくちゃいけないというパンクが生まれた。日本に生まれ育った僕は、きちんと根付いているその感覚が欲しかったんですね。ゆるぎのない伝統みたいなものがしっかりとあって、それに歯向かうもよし、それを受け入れるもよし、みたいな」

若かりし頃に抱いていた将来像を尋ねると「今とぜんぜん変わりませんよ」と微笑んだ。

「僕は17~18歳の頃の“こんなことをしたい”という思いをただひたすら続けてきてるだけだと思うな。ラジオの番組を持ち、ステージに立って毎年ツアーをやり、ヴァイオリンで聴いたことのないような音楽をやるミュージシャン。4歳からクラシックの世界でずーっと生きてくると“出口”が決まってるんですよ。たとえば藝大出て国際コンクールで1位とって帰ってきて、サントリーホールを満員にするぐらいのこと。僕はとにかくビッグオーディエンスが欲しかった。できるだけたくさんの人に聴いてもらえるような音楽を作りたいと思ってきたから、ただピュアにクラシックやればいいとは思ってなかった」

たぶんもう今や、かつて夢見た将来像は十分凌駕してるだろう。96年以降ソロで活躍。セリーヌ・ディオンのワールドツアーに同道し、誰もが知る「情熱大陸」を作って、映画音楽やってフェス主催して、CDもヒットして…こんなヴァイオリニストいないもの。

ただパンクの精神はまだあるはず。今ではもう「あ゛!?」とは言わないし、その後無事に『SPA!』にも表紙で復活したけど、“出口”はまだ求めている。

ロンドンにいる時には「普通に家で家族と暮らしながらヴァイオリンに触れる生活」を送る。

「日本だと、オフでも取材が1本入ることがある。と、もうダメなんです。“取材の間だけヴァイオリン置けばいいじゃん”ということではなく、一日音楽室にこもることが大切。そこで思索したりスコアと格闘したり、なんならヴァイオリンを磨いてるだけでもいい。ロンドンにいると、一人でヴァイオリンと向きあう固まった時間をとることができるんです」

20カ年計画で「葉加瀬太郎のブラームスを追求する」と言うが、それは「お客さんに対して聴かせるというより、自分とブラームスとの関係です」。

“出口”をずっと探しながら活動しているけれど、もがいているようには見えない。むしろ全身で人生を楽しんでいるように見える。

「僕ね、その日のことしか知らないんです。あと、自分の年収や税金の額も、何も知らない。スケジュールはマネジャーに、お金は最終的には家内にまかせっきり。この2点から解放されると、44歳でも中学生みたいに生きていくことができます!(笑) 家内とは23歳で知り合って、その1年半後には通帳とか全部渡しました。つまり20年筋金入りの“中学生生活”(笑)。だからずっと、エナジーの使い分けができない。そりゃ単価とか違うんでしょうけど、いっつも何でも“100”でやる。僕はフルで頑張るので、それをどう振り分けるかはみなさんにまかせます、というスタンスなんですね。あんまり仕事してる感覚ないもん(笑)。“今日はおしゃべりを楽しみなさい”ってここに連れてこられて、“今日は楽器を弾いて遊びなさい”ってステージに連れて行かれるようなもの。だから忙しいって言われても、ピンと来ないのかもしれないね」

1968年大阪府生まれ。90年、クライズラー&カンパニーでデビュー。96年よりソロ活動開始。02年、「アーティスト自身が自由に創作できるレーベル」としてHATSを設立。アーティストのみならず、イベントや商品企画のプロデュースも行う。01年よりスタートした『情熱大陸スペシャルライブ』は、大人や家族連れも楽しめる夏フェスとして人気を博し、今年は北海道・東京・名古屋・大阪で開催された。07年よりロンドンを拠点に活動中。ナビゲーターを務める『ANA WORLD AIR CURRENT』は土曜19時よりJ-WAVEで放送中。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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