かつてのバスケ少年が挑んだ「自分なりの復興支援」

370キロのドリブルで元気よ届け

2013.02.28 THU


仙台までの道中では、子供たちからも多くの応援をもらった。バスケットボールを通してみんなの「元気」をあつめるこのプロジェクトは、これからも続く。
東日本大震災から約1年、今後も継続的な復興支援が大切であることは誰もが感じているところ。でも「自分には何ができるんだろう…」と無力感に苛まれることもあるのでは? 非力な自分をはがゆく思う人もあるかもしれない。だが、そんな思いに真っ正面から向き合い、バスケットボールによる「自分なりの復興支援」に動いた1人のR25世代がいる。そのオトコの名は、森岡浩志(敬称略)。

森岡は、学生時代からバスケ一筋の典型的なバスケ少年。大学卒業後は一般企業に就職したものの、バスケットボールへの思いを募らせ、2年で退社して渡米。2010~11年のNBAシーズンに「オクラホマシティ・サンダー」の職員(エンターテイメント・アソシエイツ)となった。そんな森岡が東日本大震災の報に接したのは、もちろんアメリカでのこと。シーズンが終盤を迎え、仕事も忙しさを増す最中。あまりの衝撃に、いてもたってもいられなくなる。そして「自分には何ができるのか」を考え抜いた末、たどりついた結論が『東京~仙台370キロ 元気玉ドリブル横断』だ。

プロジェクトの内容は…
●東京~仙台間370キロをドリブルで横断。
●道中の人たちからの元気が集まった、そのバスケットボールを「元気玉」として、被災地のプロバスケットボールチーム「仙台89ERS」のホームゲームに届ける。
●道中の人たちやインターネットから集まった支援金を、同チームが運営する支援プロジェクト「Kids Smile Project」の「宮城県の中学生にボールを届けよう」に寄付。バスケットボール100個の寄付を目標に支援金を集める。
といった、バスケットボールを通じての支援を目指すもので、2012年1月18日、渋谷センター街「バスケットボール・ストリート」から出発した。

仙台までの道中では、Facebook、Twitter、ブログを活用し、出会った人たちとの交流をインターネットで配信。支援の輪を広げながら12日間で走破。1月29日、仙台市体育館で200人を超える観客の大応援を受けながら、無事ゴール! 仙台89ERSの志村雄彦主将に「元気玉(ドリブルで運んできたバスケットボール)」と「支援金」を贈呈した。

「みなさまからの元気を集めながら、私が一番多くの元気をもらっていたのではないか、と感じています。本当に、みなさまからの『元気』に『感謝』。この言葉につきます。そしてこのプロジェクトはまだ終わってはおらず、これからも『元気玉』を宮城県の中学生に100個届けるまでしっかりと実行していきますので、温かく見守ってください!」(森岡氏)

バスケットへの情熱同様、彼の復興支援への熱い思いは、必ずやこれからも続いていくことだろう。「自分にできる復興支援のカタチ」はこんなにも自由なのだ。

※この記事は2012年2月に取材・掲載した記事です

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