シンプルな言葉で選手を最高の状態にできる指導者に

立浪和義

2013.02.21 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
ボールを家の中の
あちこちに置く理由

「野村とふたりで書かせてもらいました。これから野球を始める子どもさんに読んでもらえる本を作りたくて。まずは野球というものをわかりやすく伝えたい、それで興味を持ってもらえる、うまくなるための基本中の基本をきちんと書きたかったんです」

ミスター・ドラゴンズ、立浪和義は紺色のスーツを着ていた。どちらかというと取材陣の方が、大きいぐらい。鍛え上げられたプロ野球選手の肉体は想像できない。革のブリーフケースを手にした姿は、まるでビジネスマンだ。

高校野球の名門・PL学園の同期で、横浜ベイスターズで投手として活躍した野村弘樹と一緒に、『立浪&野村が教える! 野球少年が親子でうまくなるプロ思考』という本を書いた。打撃と守備の項目は立浪が、投球は野村がそれぞれ担当している。

この本、一見非常に地味だ。ビジュアルは、ときどき挟み込まれるイラストのみ。「ボールを正しく握ろう」とは書かれているが、「正しい握り方」の写真はない。分解写真なんかを多用して姿勢や技術を図解するのが、こうした指南書の常なのに…。

「僕たちが書きたかったのは、野球に取り組む姿勢。スポーツ全般そうですが、野球も最終的に基本が物を言う。それはプロに入ったとしても変わりません。基本をおろそかにしては絶対うまくならないというところを何より一番に伝えたかったんです」

「基本が大事」なんて普通のことは誰でも言える。それを立浪と野村という、プロとして申し分のない実績を残した選手が言うから価値がある、なんて言うつもりもない。この本がエライのは、「なぜ基本が大事なのか」をきちんと理屈で教えてくれるからだ。「ボールを正しく握ろう」を解説してくれる。そして、握り方を写真で図解するのではなく、「どうすればボールを正しく握れるようになるか」を提案する。

立浪は、家中のあちこちにボールを置くように、と書く。食卓にも居間にもトイレにも勉強机にも。そこを通るたび、パッとボールを握る。正しい握り方で。

「実際のプレー中にボールを握るときって、つねに動きの中なんですよね。その都度正しい握り方を思い出しながら握ることなんてできない。パッと握ったときにそれが正しい握り方になっているような癖をつけておかないといけないんです…うまくなるためには、プロに入ってからもそうなんですけど、基本の反復練習。根気よく継続して練習に取り組むことが、結局一番の近道です」

“塁間の距離でのキャッチボールを繰り返す”…完璧な送球の感覚を身につけるために。“腰を落とした姿勢のまま壁当てを繰り返す”…意識しないでも守備の基本姿勢をとれるように。

「僕はカラダも細くて小さくて、他の選手に勝てる要素がないと思っていました。でも絶対に負けたくなかったので、自分なりにでも基本に忠実にコツコツやるしかなかった。結果はすぐに出ません。ただそこでやめてしまうと、終わり。やめない限りは終わらない。すぐに達成はできないけど、目標までの距離を詰めようとする。そのための努力」

スポ根にありがちなキレイゴトを言っているわけではない。それですべてが解決しないことを、彼は重々承知している。

「よく“努力は裏切らない”っていいますけど、努力は時に裏切るんです。それが大変(笑)。でも、“努力したって裏切られるよな”って思ってしまえば、もう進めない。無理やりにでも信じるしかないんです。やってもやっても結果が出ない。それでもやるんです。僕の場合は、幸いにして野球を始めてからずっと指導者が厳しくて、ましてや高校1年生からはPL学園での厳しい寮生活で、“耐える”っていうことを教わり、ギリギリのところで“なにくそ!”っていう一踏ん張りができるように学ばせてもらったのがよかったんですけどね」

解説者へ、指導者へ。
哲学は変わらない

「こういう考え方は古いのかもしれませんが…。みんなで努力して苦労しながら子どものころから野球をやることによって、友だちとの関係は育めるし、友情にも厚くなる。実際、今、体育会系は社会でも再評価されているとも聞いています。僕のような若輩者が生意気を言うようですが、上下関係という意識や日常的な礼儀は守っていきたいし、チームにもある程度の厳しさがないとよくないと思います」

小中学生時代から野球に関しては非凡なセンスを見せ、PL学園に入ったときには3年に桑田真澄・清原和博がいた。卒業後、ドラフト1位で彼を獲った中日の監督は闘将・星野仙一。甲子園の星として1年目からレギュラーで起用された。つねに厳しい環境のもとで22年間の現役生活を送ってきた。“基本に忠実”“チームは厳しく”という、保守的な考え方の背景はよくわかる。ただそれを闇雲に言っているのではない。

「“基本に忠実にコツコツ”といっても、僕だけじゃなく、プロ野球では同じようにがんばってる人だらけですよ。でも全員に結果が出るわけではない。挫折する選手もいっぱい見てきました。環境によってはもっと伸びたはずなのに、厳しさに揉まれることがなかった。揉まれた人は強いです。プロは競争が厳しいものです。どれだけがんばっても1軍のベンチに入れない人もいる。そうして毎年10人近く戦力外…会社でいったらクビ、ですよね」

練習への取り組み方も、チームのあり方も、彼自身の経験則。2480安打を残し、487という二塁打の日本記録を持ち、記憶にも記録にも残る名選手であったけれど、決して上から物を言わない。ありがちな慣用句に逃げない。そのせいか、会社にたとえるときには、ちょっと照れくさそうだった。

「会社で仕事を始めて、たとえばあるときそれまでとは全然違う部署に行ったとしても、入社直後に教えられた基本は必ず役立つんじゃないですか? 僕たちは野球を好きになってもらって、うまくなってもらいたいという本を書きましたが、違う分野でもこの考え方は通じる気がします」

…と、きわめて謙虚な感じで続ける。

立浪はユニフォームを脱いで4年目になる。選手時代とは全然違う社会に暮らしている。

「現役でバリバリやっていて自分に自信があるときは、普通に野球に没頭していました。徐々に力が衰え、レギュラーでなくなるとやめどきを考えます。将来どうしようと思うけれど、“現役である以上は野球に没頭しよう”って自分に言い聞かせました。僕の考えは“よけいなことはしない”ということ。プロ野球選手は、野球だけにしっかりと取り組む。今は指導者という目標を目指して勉強をしながら、やはりよけいなことはせずそれを軸にした仕事をさせてもらえればと思っています」

今回の本もそうだ。そして、より目標に近づく機会も訪れた。ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表・侍ジャパンの打撃コーチに起用されたのだ。

「いくら自分で“指導者になりたい”っていっても、自分だけではどうにもなりませんからね。こういう注目される大会で声をかけてもらえたのはありがたいです。勝つために全力を尽くしたいです。集まる選手たちは技術の優れた人たちばかりなので、普通のチームの若い選手にコーチするのとはまったく違う状況。すごく勉強になると思います。選手たちにはとにかくいい状態で試合に臨んでほしい。ですので、キャンプで全選手の最高の状態をしっかりと把握して、調子の上がらない選手にはそれをイメージさせられるようなアドバイスができるよう務めたいと思います。できるかぎりシンプルに、易しく…」

立浪はスイスイと語る。まるで、4年ぶりに袖を通すユニフォームに、燃えているかのように。

やっぱり、燃えてますよね?

「燃えてるというか、ありがたいなと(笑)。自分があんまり燃えても…。やるのは選手なので、選手にがんばってもらいたいです」

1969年大阪府生まれ。PL学園で主将を務めた3年生のとき、甲子園春夏連覇を達成。翌年ドラフト1位で中日ドラゴンズ入り。22年間ドラゴンズ一筋で、通算2480安打、日本記録である487本の二塁打などを記録。ミスター・ドラゴンズと呼ばれる名選手。09年の引退後は、解説者として活動。3月2日よりヤフオク!ドームで予選ラウンドが始まるワールド・ベースボール・クラシック日本代表チームの打撃コーチに就任

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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