きっと“下”に行くのだと思う

伊集院 静

2013.04.04 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 サコカメラ=写真
旅がもたらすもの。
旅で何を感じるべきか

先生、この本の“旅”なんですが――と切り出すと、「伊集院さん、でいいです」と言った。

『旅だから出逢えた言葉』についての質問。ダイナースクラブの会員誌に連載中の、まさに旅の途中で出逢った言葉、旅にまつわる言葉を綴ったエッセイだ。

「かつては1年のうち150日間は海外にいる生活を送っていた」という。ピークは90年代後半からの数年間。『美の旅人』というエッセイでは、ゴヤ、ダリ、ミロ、ピカソや印象派の作品を追ってスペイン、フランスを3年にわたって旅し、『夢のゴルフコースへ』では、アメリカ全土、ハワイ、スコットランドを巡った。

63歳の今は、書くことに忙しく、旅の頻度は減った。

「仕事で旅に行くと、日本の出版社の人たちは“さあ取材へ!”って急くのですが、私はまず2日ほど何もしない。フリーの時間を必ず作ります。城山三郎さんの言う“無所属の時間”。この本にも書きましたが、それがとても大切。自分の小説も、週刊誌の締め切りも一切関係なく、一日中部屋にいたり、前から行きたかった場所を覗いてみたり。旅するたびにそんなことを繰り返していた。その1日2日が大切だったのです」

旅で多忙な日々だった。「ものを作る場合は――」と続ける。

「これまでの歴史を見てみても、一番忙しい人だけが新しいものを作っている。世の中の新機軸を見つけるのは、すごく忙しくて量をこなしている人。たとえばビル・ゲイツがBASICを作ったときも、まだ何もないのに売る契約を結んだ。それで寝食を忘れてメチャクチャ作業をして作った。ピカソもそう。そんなふうになにかを“やっているなか”からしか見つからないことがある。“うーん、人間とは…”って腕組みして考えていたら100年たっても何も出てこない。つまらないことでも何かを書くなかで“待てよ、生きるっていうのはこの辺に大切な部分があるのではないか?”と考える。忙しいときほど物の見方は広角的になるものです」

そして、現地で本物を見ることの素晴らしさを教えてくれる…いや、教えるというより、自身が感動している様をとても素直に見せてくれる。スペインのハビエルという町でフランシスコ・ザビエルが少年時代に勉強した椅子に腰掛け、クロード・モネが「ルーアン大聖堂」を描いたのと同じ場所に立って風景を見る。

「本物には訴える何かが備わっているのです。いくらキレイなものでも、写真とはまるで違う。逆に写真で見てすごく素敵だと思った女性に、実際会ったら全然違ったということもあったけど(笑)。そもそも女性を好きになるときって、“なんであの子がいいのか?”って言われてもうまく説明できないでしょう。うまくやっていけそうだとか、ダメなときもカバーしてくれそうだとか思うんだけど、それは論理的には説明できない。本物が訴えかけてくるというのは、そういうこと」

美術品じゃなくても構わない。「まず風景を見てみるといいでしょう。ピラミッドに行って“でっかいなあ!”って感じる、それが一番大事。かつて私が女房とピラミッドの前に立ったとき、ベテランのカメラマンがカメラを構えて“あ、ダメだ”って言いながらどんどん下がっていった。30年も写真を撮っているのに、自分の経験知で画角に収まる距離がわからない。それだけ大きいということは、すごいことだと思うわけです。でも、旅で行き着くところは、やっぱり人」

なぜそんなにモテるのか。
未来への意外な準備

この本でもマカオから来たルーレットのシューターと友だちになり、パリのホテルのスタッフであるレバノン人のパーティーに招かれる。…どころか、20代後半に広告会社を辞め、故郷の山口に帰る前に出向いた逗子である老人に出会い、そのまま彼のホテルに居候したり(著書『なぎさホテル』に詳しい)。

その、“友だちになる力”って?

「秘訣はないですね。あったら大したもの。結局、老人のホテルには8年いて、2年間は部屋代を払わなかった。“いらない、出世払いでいい”と。しかも旅に行くと言ったら金庫を開けて5万円ほどくれた。ね、そこがもう基礎なの。なぜ、そんなにしてくれるのかという感謝の気持ちよりも、“まずこの人が良くしてくれるのだから、ここじゃないと自分はもう生きていけない”という立場。なぜそんなに親切にしてくれるのか、理由はわからない」

ただ伊集院さんが、ずっと心がけてきたことは「平等性を失うことは絶対にやめよう」「5つ下と5つ上に優秀な人がいたら尊敬しよう」「自分を頼りにしてきたり相談してくる人がいたらベストを尽くそう」ということ。

「小さいころ、平等性ということに関してすごく鍛えられたので。“オマエは日本人じゃないんだから”とか、そういうことを言う大人がいて、なぜなのだろうって子どもながらに考えた。自分がひとりで生きていける人間になったら、そんなことは絶対に言わないようにしようと思った」

男女問わずモテるのは、よくわかる。含蓄のある発言にさりげなくジョークを交える。こちらが話そうとスッと息を吸うのを見て「どうぞ」と促す気遣いも。

取材陣全員が、後に“かっこええ~”と溜息をもらしたほど。 

伊集院さんは、あるインタビューで、人間国宝の漆芸家・大場松魚さんの言葉で、若い時代の過ごし方を語った。「3年黙ってひとつのことをやり続けなさい」と。

「松魚さんのいうのは、365日×3年、つまり1095日のこと。土曜も日曜も休まず、ひとつのことを考え続けるということ。そうすれば将来、全然関係のない職についても、その経験が驚くほど役に立つはずだと」

ただ、働く場がない者もいる。

「そんなことは実は歴史の中で一度もない。“好きな仕事がない”だけ。しかも、ある仕事で結果を出した人に話を聞くと、“この仕事は好きではなかった”と言う場合も意外と多い。私もそうだし、某作家も今でもキライだと(笑)。でも、自分が好きで得意だと思うことで失敗すると“わかってくれない”って思ってしまうが、不得意な分野だったら、自分の努力が足りないからだと思い、人は努力する。たぶんそれがよかったのだろうね」

伊集院さんが今、書きまくり、非常に多忙にしているのは、そこからなにか新しいものを生み出そうとしているからなのか。

「それは忙しくしてから気がついた。(92年に)直木賞をもらって、どこへ向かえば作家として伸びるのかなと。そして天を見たら、時代小説…池波正太郎、藤沢周平。演劇…井上ひさし。推理小説…松本清張、夏樹静子、内田康夫。恋愛小説は…渡辺淳一。雲の隙間なんてどこにもなかった。それで結論は“書くのをやめた!”(笑)」

そのころに、各出版社から「途方もない金」を借りたという。そのときに言ったのが「60から売れる物を書きます!」。

それで今の多忙があるのも事実だが、シリーズ累計92万部を突破した『大人の流儀』をはじめ、まさに約束を守っている。

「でも、あらゆる面において“今はまだできてない”というのが私の基準。作家が自分の本当の生き方かどうかもわかってない。未来に関して言えるのは…。今、歯の治療に行くと麻酔をかけない。すごく痛いけれど(笑)。それは準備ですよ。私は、ずっと後ろ指を指される生き方をしてきたから、きっと“下”に行くのだと思う。もし間違って“上”に行ったら、1年や2年の正座ではすまなくなってしまうよ。そんなことするなら“下”で友だちと一緒に針の地獄に行くほうがいい」

そのイメージトレーニング。

「耐えるのはそれほどきつくないから。私には持論があって、380円の週刊誌に大したことを書いてはいけないっていう(笑)。だってすぐ捨ててしまうから。人はそこで役に立つことを求めるけれど、“すぐに役に立つことは、すぐ役に立たなくなる”から」

最後のひとことも、新刊にばっちり収録されているのである。

1950年、山口県生まれ。立教大学文学部卒業後、広告代理店勤務を経て81年『皐月』でデビュー。91年『乳房』で吉川英治文学新人賞。92年『受け月』で直木賞を受賞。近著に『大人の流儀3 別れる力』(講談社)。『美の旅人』シリーズ、『なぎさホテル』は小学館から、『夢のゴルフコースへ』シリーズは学研、文庫版は小学館から刊行。オフィシャルウェブサイトはwww.ijuin-shizuka.com/

武田篤典(steam)=文
サコカメラ=写真

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