野望はもう叶った

村上 隆

2013.04.18 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 藤尾明日香(otie)=ヘア&メイク
映画を10年やる。
果たしてその真意は

「映画は夢です。観た人に“うわぁ~!”って、夢心地になってもらわなきゃいけないと思うんです。今日も良いシーンができてきて最高にうれしかったですね。怪獣のシーンなんですけど、こんなの日本で見たことある人いないですよ! そう言ったらCG作った人たちも“ですよねっっっっ!”って (笑)。そんな映像が200カットぐらい入ってます。すごく自信がある(笑)」

村上 隆が映画監督を始めた。『めめめのくらげ』は、新しい町に越してきて、母親とふたりの生活を始める少年・正志と不思議な生き物との出会いから始まるファンタジー。“少年と秘密の友だち”的な心あたたまる物語かと思いきや、さにあらず。大人のドロドロがあり、違う志を持ったもの同士の衝突があり、不思議な生き物“ふれんど”同士のカンフー・バトルがある。怪獣も出てくる。

ところでそもそも村上 隆のことはご存じか。「DOB君」や、ルイ・ヴィトンとのコラボは目にしたことがあるだろう。1991年に現代美術作家としてデビュー。01年ロサンゼルスでの『SUPER FLAT』展が話題を呼び、03年にはアニメキャラ的なデザインを彫刻化した『Miss Ko2』がサザビーズで50万ドルで落札。

世界で絶大な人気を誇るとともに、日本のオタクたちからは敵視されることも多い人物なのだ。

この人、自身のアートを「竹槍」と称する。個人として世界を相手に戦いを挑むさまを表すだけでなく、それが日本独自の武器という意味においても「竹槍」。

著書『創造力なき日本』のなかで、芸術のあり方についてこんなことを書いている。“世界で唯一の自分を発見し、その核心を歴史と相対化させつつ発表すること”。

「きらめく才能なんてない」と断言する。やったところで徒労に終わる覚悟を持ち、それでも死に物狂いで毎日取り組み続ける先に、ようやくスキルの向上があり、ひいては“世界で唯一の自分”が見つかる…かもしれない。見つからないかもしれない。彼の場合はそれが(とても簡単に言うと)オタクカルチャー的な表現だった。

最新の大規模な展覧会『Murakami-Ego』展は昨年カタールで行われ、長さ100mの『五百羅漢図』が発表された。

「『五百羅漢図』は震災後の日本に生じた混乱を未来にメッセージするために作ったものです。将棋の世界とおんなじで、指し手がいて対決しなくちゃいけない。そういう人がおもに海外に数十人いる。彼らに向けた“これでどうだ!”っていう手なんです」

その一手を指すために、海外のクライアントの機嫌をうかがい、埼玉県の2棟の倉庫からなる工房で、50人のスタッフをシステマチックに動かしながら作品を生み出していく。自身はスタジオ内に住まい、朝5時から深夜2時まで制作にまつわるあれこれに従事する。これが村上隆の現代芸術の作り方。

ならば、映画の方は? クライアントや、対決すべき相手は…。

「まったくいません。初めての体験ですし、映画作家・村上 隆のお客さんはゼロです(笑)。でも現代美術作家としても最初は同じでしたよ。デビューしてから10年ぐらいはお客さん1人とか2人だったんで。だいたいそんなもんですよ。クリエイターはオリジナリティーがあると売れません。新しい発想のものって、どこをどう感じていいか拠り所がわからない。作る方がそれを10年ぐらい続けて作品がたまっていってようやく、“コイツの作品ってこう観るとおもしろいかも!”って、気づく人が出始めるんですよ。それがキュレーターだったり評論家だったり」

映画も現代美術のように
子どもたち、見ろ!

『めめめのくらげ』を10年やる、と、村上さんは公言している。ちなみに、すでに第2弾も作っている。

「それは“1”を作ったときに僕の思うような撮影現場がコーディネートできなかったから、“2”でそのスキルを獲得したいって思って。映画って建築とすごく似てるところがあって、施主の意見は重視されるんですけど、いざ図面を引いたら、その通りに作っていかなくちゃいけない。僕の定石は“図面は壊すためのガイドライン”なんで」

実は現代美術がそうなのだ。

「たとえば絵を描くとき。僕が最初アウトラインとラフなスケッチを描いてアシスタントに渡す。彼らはそれに肉付けしてくれます。僕は、頭と手と胴体をチョキチョキ切って、もう1回組み直す。そうすると彼らも…僕自身も考えていなかったものが出てくるんです。“あー、こういうものが作りたかったのか”って気づくんですけど、そこでやっぱりやめちゃう。それで1年ぐらいして、べつの作品の3分の1と切り貼りすると“あ、合体した! これだ!”みたいな(笑)。そんな作り方なんです。だからうちのスタッフはみんなものすごく忙しくしてますけど、実は締め切りの迫った作品を手がけてるというよりは、ぐるぐるぐるぐる“何か”を作ってるんですよ」

映画のスタッフが「村上を理解できなかった」のはその部分。

「図面通り作ってきた『めめめのくらげ』という映画を、最後に来て土台を変えたいと。できた家はイイので、土台を沼地に変えたいって言っても“ムリです”って。それを最初から沼地に建ててみたのが“2”です。やり始めたら意外にできることがわかって、“1”もポスプロ(CGや特殊加工など、撮影後の作業)の最中だったのでその手でやってみよう!…って。で、徐々に変わってきたんですけど」

“2”はおおむね撮影終了、“3”まで内容は決まっていて、「実は××が●●になるんですよ…」と豪快にネタバレし、熱く先走ってしまう。

現代美術については、若い衆を徹底的に鍛え抜き、ある種悲壮な覚悟で向き合う村上 隆だが、映画に関しては(もちろん同じようなキライはあるけれど)、冒頭のひとことが偽らざる気持ち。やっていて最高に楽しいと語る。

「この作品は、子どもたちが“カワイイ!”と思って観てくれて、最後、現実に向き合って絶望してほしいと思ってるんです。絶望というのは…たとえば子どもたちって お父さんとかお母さんの生活を知らないでしょ? 家での2人のことはわかっても、彼らがコネクトしてる社会のことは知らない。子どもたちは、そこにはいずれ出合わないといけないんです。それを知ること」

村上さん自身は、昭和40年代前半、まだ幼かったころに観た『河童の三平 妖怪大作戦』『悪魔くん』『ウルトラマン』などのダークな世界観に“社会”を教えられた。子どもたちに、同じような体験をしてほしいという。

描くのはもちろん昭和40年代とは違う、今の社会。

「震災後の日本を伝えるものです。いわば『五百羅漢図』の子どもに向けたバージョン違い。日本人って自分たちが単一民族だと信じていて、すべて“あうん”の呼吸でつながっちゃいますよね。そこが弱点だと思ってたんです。異文化の衝突がないと。『パッチギ!』とか学園もののケンカものが大好きで、そういう“パッションがぶつかり合うところ”って日本のなかでもあるはずだと思ってて」

そもそもは日本のブラジル街といわれる町での、異国人同士の物語として描こうとしていた。

「でも、震災によって、わざわざ異界を探さずとも、日本にそうした隙間が生まれた気がしたんです。今では日本人同士でも、被災地から避難してきた人は新しい土地でストレンジャーとして居て、そういう風景を主人公に託しました」

そこをかわいかったり、気持ち悪かったりする数多くのクリーチャーたちと「誰も見たことのない映像」で表現する。

お約束で「野望」を尋ねたら、異例な答えが返ってきた。

「もう叶った」と。

「これが野望だったんで、もうないですね。絶対おもしろいものができてます。自信がある。こんなにへんてこりんな映画ないもん! 今、最高に楽しい。 僕ね、ガレージに暮らしながらクルマいじってるカーマニアみたいなもんです。この作品が僕の改造車。…オタクなんで!」

1962年、東京生まれ。91年、現代美術作家としてデビュー。93年、東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授を経て、「スーパーフラット」を冠した展覧会でアメリカからブレイク。日本でアートフェア『GEISAI』を毎年開催。07年のロサンゼルス現代美術館より回顧展「cMURAKAMI」を世界で巡業。10年、ヴェルサイユ宮殿で、12年カタールで大規模な展覧会を開催。カニエ・ウェストやゆずとのコラボレーションでも知られ、先ごろlivetune feat.初音ミクの『Redial』のPVも手がけた。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真
藤尾明日香(otie)=ヘア&メイク

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