“正月になるとあの男が帰ってきた”的な映画の主役を

石塚英彦

2013.06.20 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
あきらめなければ
夢はかなうのか

「テレビに出てないときの俺みたいな感じ」と石塚英彦は言い、田中裕二は声を上げて笑った。

『モンスターズ・ユニバーシティ』に関する対談の1シーンだ。二人が話していたのは、サリーの態度の悪さについて。

前作『モンスターズ・インク』は11年前に公開され、大ヒットを記録した。主役のサリーは社内一のビジネスマンにして人格者。子どもたちを怖がらせる最高の技術を持ちながら、モンスターの世界に迷い込んだ人間の女の子・ブーを命がけで守り、相棒のマイクの協力を得て、モンスター界一のシェアを誇るエネルギー会社に革命的変化をもたらした。

今作はそんな二人の、文字通り大学時代を描く。子どもを脅かして悲鳴を得、エネルギーに変換する“怖がらせ屋”はモンスターの世界の憧れの職業。「怖くない」「才能ない」と言われながら、マイクは努力に努力を重ねて、名門大学の「怖がらせ学部」に入学する。ここで出会うのがサリー。だが、代々一流の怖がらせ屋を輩出する名家出身のこの男、大学時代は超性格悪かったのだ。それが石ちゃんの言う「テレビに出てないときの俺」。 大学を舞台にしたアメリカのコメディ映画によく出てくる、嫌味なボンボンのキャラそのもの。

「ただ演じててよくわかるのは、表情がホントすごいんですよ。台本にセリフとして書かれていることでも、サリーの表情を見れば“あ、これ素直に言ってるわけじゃないな”とか“今度は、ちょっとふてくされた感じね”とかわかるんです。たぶん二人とも、青年座出てるね(笑)」

感情を読み取れるぐらいアニメーションが緻密なのだという。

「あと、吹き替え版の脚本がすばらしかった! セリフの長さとキャラクターの口が完璧に合うだけじゃなくて、サリーの口の動きが“いー”で終わるときには日本語のセリフもちゃんと“いー”で終わるように書かれてて」

生理的ストレス、ゼロ。

「あきらめなければ夢はかなう」というメッセージを明確に打ち出しつつも、決して押し付けがましくなく、やりたかったことに取り組み始めたときの“熱”や、そこに手が届きそうな“興奮”を観る者に思い出させてくれる。

ちなみに、今ここでインタビューに答えてくれている石ちゃんも、いわば「テレビに出てないときの俺」。一所懸命何かを思い出そうとすると眉間にシワが寄る。より適切な表現を考えるときには目は見開かれる。話がマジメな感じになると眼光も鋭くなる。でもギャグを飛ばすとあの笑顔になる。

笑顔かどうかは単なる割合の問題。何もないのに人は微笑まない。石ちゃん、むしろ懸命に質問に答えてくれているのだ。

大学時代の夢は「俳優」だった。

注目を得るための“登山口”。
お笑いを経て着いた頂

「ハタチのときに大学を休学して劇団ひまわりに入ったんです」

高校生のときにシルベスター・スタローンの映画『ロッキー』を観て、劇場が拍手に包まれるのを体験し、俳優を志望した。

ノートの隅に自分の作りたい映画の絵コンテを描き、友達にウケた。大学も「演劇サークルがある」という一点で決めた。むしろサリーよりマイクに近いスタンスだ。

「でも、大学に入ってみれば、演劇サークルってシェイクスピアの英語劇をやるところだったんすよ。それで途方に暮れて(笑)」

それで、劇団ひまわりだったのだ。そこで2年間みっちり演技の基礎を叩きこまれながら、痛烈に感じたのは「きっかけがないとどうにもならない」ということ。

「劇団の仲間には、芝居がうまい人も結構いたんです。でも仕事は入らない。世間を見回してみれば、てんぷくトリオ出身の伊東四朗さんや、クレイジーキャッツのハナ肇さんなど、お笑い出身で俳優として活躍されてる方がいらした。“夢への登山口を、少し変えるのもありかな”と、お笑いのオーディションを受けたんです」

渡辺プロダクションに所属。ユニットでお笑いをやりながら、25歳のときにはドラマ『胸キュン刑事』にレギュラー出演。

「思ったより早くレギュラーで役をいただきました。ただその分、むしろ“役者になる=役をいただく”では満足できなくなった。主役まではやめられないなって気持ちが強くなったのも確かです」

「ホンジャマカ」は、ユニット名だった。コンビで漫才する者やトリオでコントをする者のなかで、ひとりで5年ダジャレをやり、2~3年ショートコントをやった。

「最初は、俳優という山の頂上へ至る登山ルートでしかなかったんです。脇目もふらず登るはずだったのが、意外にいい峠の茶屋がいっぱいあって(笑)。登山の道中が楽しくなってしまったんです。それを実感したのは、恵(俊彰)と組み始めたころですかね」

最初11人だった「ホンジャマカ」は、少しずつメンバーが抜け、最終的には石ちゃんと恵の二人に。

「当時ライブには出られていたんですが、タイミングよくネタ番組がいろいろ始まってテレビにも出られるようになり、チャンスが広がったというのもあります。そこで恵とやるコントの面白さにハマッてしまったんですね」

コンビでの活動開始が1989年。さらなる転機はその7年後。相方・恵にラジオやキャスターなど、単独での仕事が入り始めるのだ。

「“じゃあ、僕は一体何をしようか”と。そこでたまたまレポートの仕事が入った。朝の番組のひとコーナーで、豪邸訪問。最初は玄関のタイルとか飾ってある絵を褒めてたんです(笑)。でもあるときたまたま、俺が一番イキイキしてるのは、取材先で出される食事の時間だっていうことにみんなが気づいたんです。“じゃあ玄関のタイルとか褒めなくてよくね?”と(笑)。それでグルメ中心になって、現在に至る(笑)」

“褒めなくてよくね?”のとき、ちょっとだけ悪い顔になった。

巨漢だが、量はさほど食べない。超グルメというわけでもない。

「なんとなく味をはっきり伝えることは求められてないかなと。…テレビの世界って“おんなじ人”は二人いらないと思うんです。味を普通に伝えるレポーターはいっぱいいる、じゃあ俺は“グルメショー”でいいんじゃないか、みたいな。だって海老がプリプリだとか、和牛が柔らかいのは観てるみなさん全員が知ってることで、むしろ“言うぞ、言うぞ、柔らかいキターッ”みたいなことでしょ? だったらその料理がどんなふうに見えるのか。作ってる人の気持ちはどうなのか。そっちに着目した方がいいんじゃないかなーって」

『モンスターズ・ユニバーシティ』のなかで、サリーとマイクが落ちこぼれモンスターたちとともにモンスターズ・インクに“見学”に行くシーンがある。そこで、二人はいろんなタイプのモンスターたちの得意技を夢中で語り合う。

「“その人にしかできないこと”っていうのがあると思うんですよ。それこそ僕と田中くんにしてもそれぞれ得意な仕事は違う。自分の特技を活かし、ならではのパワーを発揮できる部分が絶対ある。それをなんとか見つけられたら、仕事において最強じゃないかと思うんですよね」

今年4月、石ちゃんは『刑事110キロ』という作品で連続ドラマの主演を果たした。

「すごく幸せです。主演は僕の夢だったから、当然なんだけど、演じているときも、オンエアをリアルタイムで観ていても“やったー!”って幸せを実感してるんです。みなさんの“幸せだ”って思う瞬間はいつですか? その延長線上に、やりたいことがある。ついつい夢中になると我を忘れるけど、そういうときに一瞬でも、ふと我に返ると、自分の幸せなときっていう目標みたいなものがはっきり見えるようになると思う」

夢はかないましたか、と尋ねると、一瞬だけマジメな顔になった。

「あとは映画。だって『ロッキー』に憧れてこの世界に入ったんだから(笑)。毎年“正月になるとあの男が帰ってきた”的な映画の主役を務めることができれば、あとは、もういいなあ(笑)」

1962年神奈川県生まれ。大学在学中に劇団ひまわりに入団。その後、渡辺プロダクション(現・ワタナベエンターテインメント)に所属。多人数ユニットに参加後、恵俊彰とのコンビ「ホンジャマカ」でボケキャラとしてブレイク。90年代半ばごろからは巨体を生かしたグルメレポーターとしても活躍。グルメ界に燦然とその名を残す異色の名フレーズ「まいうー」は、彼とパパイヤ鈴木共演のバラエティ『元祖!でぶや』から生まれた。俳優・声優としてもコンスタントに活躍。『モンスターズ・インク』シリーズのサリー役は、もはやこの人抜きには語れない。

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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