これからも回り道、回り道

北村一輝

2013.07.18 THU

ロングインタビュー


稲田 平=写真 中村 剛(STUTTGART)=スタイリング 武田篤典(steam)=文 奥川哲也(dyn…
父親であり続けた、
それで息子でいられた

「財産になる幸せな体験でした」

『日本の悲劇』という映画で、仲代達矢と共演した。撮影自体は一昨年の秋に終了、映画は昨年の1月に完成、この夏の公開が決まった。

「いまの世の中を物語ってるんじゃないですか。まったくエンターテインメント作品ではない、こういう映画は後回しになっている気がします。正直、どこにでもあるような問題だから、むしろこうして映画にして浮き彫りにしなきゃ認知されない」

肺がんで余命3カ月を宣告された不二男が退院し家に帰ってくる。家には息子の義男がいる。失業し心を病んだ末、妻子に逃げられ、身を寄せた。今は不二男の年金を頼りに、何をするでもなく生きている。そんな二人暮らし。帰宅した不二男は自室に閉じこもり、扉を釘で留めて「このままミイラになる」と宣言する。シュールな設定に見えるかもしれないが、比喩ではなく、本当にそれだけの話なのだ。音楽もない、いわゆるカメラワークもない。カメラは固定されたまま、それぞれのシーンを見つめ続ける。普通の劇映画のようなカット割りもない。そのシンプルな設えが北村の言う「どこにでもあるような問題」を、強烈に浮き彫りにする。それは、年金不正受給問題であり、無縁社会であり、東日本大震災後の人々の日常である。

かつて『椿三十郎』や『切腹』などで、飢えたような鋭い眼光でカリスマ的な存在感をムンムンに発散していた仲代達矢が、死にかけてるおじいちゃんにしか見えない。

「仲代さんは、僕にとっては特別な存在なんです。子どものころからモノマネしてたぐらい。『鬼龍院花子の生涯』のセリフも言えます(笑)。撮影に入るまではすごく緊張していましたが、実際には大変リラックスしてご一緒できました。というのも、ずっと父親でいてくれたから。“仲代達矢!”という空気ではなく、本当にお父さんだったんです。お父さんのまま、昔の話や芝居の話をしてくださって」

息子は息子で死にかけた父親をちょっと邪険に扱い、甘えに満ちた自己憐憫の感情をストレートにぶつける。肉親だからある程度平気でできることなのだと思わせてくれる。

色気ある目線を投げかけたり、緊迫した場面で軽くセリフを言って場のタイミングを外す、ケレン味たっぷりの北村一輝は、ここにはいない。

「自分なりにも精一杯準備をして現場に臨みましたが、結果的にもっともお芝居をしなかった気がしています。お芝居って一人でやるもんじゃないから、相手から出てくるものが偽物だったら僕も偽物しか出せなかったのかもしれません。それが本物だったから、僕もそういうものが出せたんじゃないかなと思います。そういうところなんですよね…」

それが今回「財産」だと感じた体験。いつもそんな意識で仕事に臨むのかと尋ねると、首を振る。

「僕は、原則としては(オファーをいただいた)その作品その作品を一生懸命やることしかないかな。監督がしようとしていることや作品が目指していることを、俳優目線だけでなく誰に対してどんなふうに見せたいのかを、できるだけ客観視して、意図を話し合って。リアルなお芝居だけでなく、商品性を求められるときもあるし。一本一本がまさに体験なので、できる限りいろいろしてみたい」

ただ、仕事をある程度選べる立場になると、好きな分野を掘り下げてみたくなったりしないのだろうか。

「仕事のないときはもちろんなんでもやりました。10年ぐらいして少しは選べるようになってくるような気がするんですけど、そうじゃない。そもそもいろんなものを食べて育った動物なので、どこへいこうとやっぱりいろんなものを食べた方がいい。好きなものばっかり食べていると栄養が偏る(笑)。こだわりを持つと自分を狭くすると思っていますね」

実験もアートもテレビも。
あらゆる体験で前に進む

「作品を完成させるための、監督の“コマ”でありたい」という。

「とくに小林さんの作品には顕著。どう見せたいとか、こう演じたいとか、役者としての自我はゼロですね」

小林さんとは、『日本の悲劇』を撮った小林政広。『春との旅』で仲代達矢に「人生で五本の指に入る作品」と言わしめ、カンヌやロカルノなどの映画祭でも高い評価を受け、かつての北村一輝がバイトしていた居酒屋の常連客でもあった。

「新宿三丁目の映画関係者が結構来る店でした」そのためにこの店を選んだが、「僕、お客さんと話を合わせられるタイプじゃないので、厨房に入れられてたんです(笑)。そこに一番近い席にわりと小林さんが座って。小林さんもたぶんすぐ打ち解けるタイプじゃないので(笑)。『名前のない黄色い猿たち』っていう小林さんの脚本の話をしたり」。

“黄色い猿”は小林が脚本界の登竜門といわれる城戸賞を受賞した作品で、フランソワ・トリュフォーの弟子になるべくフランスで暮らした体験から生まれた作品だった。北村一輝は19歳で大阪から上京し、俳優業を目指すも一度挫折、その後、約4年にわたってオーストラリア、南米、東南アジア諸国を放浪。お互い海外生活の経験もあり、ウマが合った。そして小林の脚本作『LUNATIC』で去勢された男を演じ、初監督作『CLOSING TIME』でゲイのホームレスを演じた。これが北村一輝27歳のころ。その後、ヤクザと刑事のコンビに拉致される若者や、理髪師の女を監禁する男を演じ、今作は最新の北村×小林映画に当たる。

「一番驚いたのは廊下の画です」

仲代が閉じこもった部屋の前で北村が語りかけるシーンがある。最初は部屋の前で話す。だがやがて廊下から去る。

「その間、誰もいない廊下だけがずーっと映ってるんですよね。僕は玄関で草履を履いて家の外に出て洗濯するんです。男物のシャツを2枚とタオル、洗剤入れてスイッチ入れて…っていう作業を全部普通にやってまた廊下の前に戻ってくる」

そんな音が画面からするだけ。

「つまり日常なんです。芝居として間をとるとか、あるセリフをつぶ立ててしゃべるとか一切せず、カメラのフレームの外とか中とか関係なく、普通の会話をして普通の作業をしている。そのときにたまたまカメラは廊下という一部を切り取ってるだけ。そんな状況で仲代さんとの二人芝居ですよ。台本を読んで、自分の相手のアクションとリアクションを予測するところが、たぶん俳優の“技術”と呼ばれる部分だと思うんですが、もう今回は、そんなのなし(笑)。ホンは何回も読みました。キャラクターの人間性も分析しました。でも“あとは料理してください”と」

『日本の悲劇』に先がけて『真夏の方程式』が公開、後には『劇場版ATARU』『劇場版SPEC』が続く。

実験的な社会派作からテレビの映画化まで。謎の殺人鬼に横山やすし、中国人臓器ブローカー、インド人、古代ローマ人と、属性も国籍も超えて演じる。

「とはいえ、なんでもかんでもどんどん乗っかってるつもりはないです。企画は一作一作じっくり考えるようにはしています。 やってて、正直“はー…これはダメだろうなー”“ダメだったかー”ってこともいっぱいあります。でも、いいんですよ。評価されたいためじゃなくて、僕はお芝居するために生きているんだと思うから。“成功する”という目的だったら、この仕事選んでなかったと思うし」

そしてそれは、過去の糧なのではなく今も、これからも。

「まっすぐじゃなくて、これからも回り道、回り道。遠回りした方がいろんなものが見えるって、親にいつも言われてました。いま、自分は上京してきたころに目指していた自分に近い状況にあると思うんです。たぶん物心ついてから体験してきたことで自分の引き出しはいっぱいになってて、それを出しながらお芝居してきた気がするんです。結果的に、いまは俳優の立場から世界を見てる。その分、人間として見られてるかというと、そこが足りてない気がするんですよね。だから、もう一回素の自分でちゃんと世界を見ることで、また成長していくことができるんじゃないかと。勉強していろんな国の映画とか役者の状況を見て、もっともっといろんなことを知りたいと思います」

1969年、大阪市生まれ。19歳のとき、俳優を志して上京。90年、ドラマ『キモチいい恋したい!』に、91年、映画『雪のコンチェルト』に出演。一度廃業、海外放浪の後、再チャレンジ。99年、チンピラを演じた映画『皆月』で認められ、多くの映画賞も得る。ドラマ、映画合わせておおよそ200本の作品に出演。主演、助演、ヒーロー、悪役、変態問わず、様々な役を演じる。現在『真夏の方程式』が上映中。9月には『劇場版 ATARU THE FIRST LOVE & THE LAST KILL』、11月には『劇場版 SPEC~結~ 漸ノ篇/爻ノ篇』がそれぞれ公開予定。ファンキーなデザインのオフィシャルサイトはwww.from1-pro.jp/KitamuraKazuki/

稲田 平=写真
中村 剛(STUTTGART)=スタイリング
武田篤典(steam)=文
奥川哲也(dynamic)=ヘア&メイク

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト