今に活きる新人時代の経験

松山ケンイチ「方向性を定めずに」

2014.02.27 THU


まつやまけんいち 1985年青森県生まれ。主演映画『家路』は、原発事故の影響で戻れない土地となった福島の田園地帯を舞台に、家族の絶望と再生を描く。「どんなことも次第に忘れられていきますが、今も現在進行形で問題に直面する人がいる。自分のなかに事実をとどめてもらうためにも、一度観ておいてほしい作品です」と松山さん。3月1日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー 小島マサヒロ=撮影
高校1年生のときにホリプロの主催する「New Style Audition」でグランプリを獲得し、芸能界入り。地元の青森を拠点とすることに限界を感じ、ほどなく上京。在学中から俳優としてキャリアを重ねてきた松山ケンイチさんにしてみれば、“社会人デビュー”という明確な区切りはない。

「でもやっぱり仕送りをもらわず、バイトもしなくなって『社会に出たな』と実感しましたね。俳優一本でやれたのが20歳を過ぎてからです」

転機は、20歳で出演した映画『男たちの大和』。角川春樹の目にとまり大抜擢され、戦艦大和に乗り込む少年兵を熱演した。

「角川さんに『役者は1800円払ってもらう仕事しなくちゃいけない』といわれ、生半可な気持ちではできないと思いました」

その言葉を胸に、次々と仕事に臨むも、果たしてうまくいかなかったという。

「流されて、“素直”に仕事をやってて失敗したんです。いろんなお仕事を通じて、これまでの方法論が通じなかったんですよね」

小さいころから素直な少年で、人に導かれるままに歩いてきて、それなりの評価を得てきたという。だが実力勝負の世界ではそれが一転、“いわれたとおり”がいい芝居につながるとは限らなかった。

「それがコンプレックスになって、今度は天邪鬼な性格になって、これまたうまくいかなくなるんです。

そこで学んだのが、頑なに方向性を定めるのではなく、いろんな可能性があることを理解すること」
方法論を固定せず、臨機応変になるべしということだ。

挫折も失敗も楽しむ。
いつかは糧になるから

東日本大震災の発生によって、廃業を余儀なくされた福島の農家を描く映画『家路』。閉鎖された故郷にひとりで戻り、稲と田に寄り添って生きることを決めた青年を驚くほど自然に演じているが、“前提”を定めて現場に臨むことはしなかったらしい。

「ぼくも東北出身で方言を持っていますから、こういう役をやりたかったんです。でも僕なんかよりはるかに“抱えている”30代半ばの役だし、考えていたのは白髪を増やして臨もうということくらい。まず監督と話して決めようと」

ともすれば悲壮感ばかりが際立つテーマを、希望が持てる作品に仕上げているのは、ニュートラルのたまものであるという。

「社会に出たときは一番頭でっかちな時期だと思います。いろいろやってみればいいし、挫折も失敗も経験値として蓄積されます。楽しめばそれでいいんですよ。自分の苦手だと思うジャンルだとしても、試しに観てみるといい。自分を成長させるキッカケは、先入観や自分のなかの方程式を取り払うことだと思うんですよね」

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト