映画がわかったのは50本すぎてから - 哀川 翔、30年を振り返る。

哀川 翔

2014.10.16 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 BINGO=スタイリング 稲田 平=写真 柏村信雄(セラヴィ)=ヘアメ…
映画の洗礼を浴びた
Vシネの黎明期

R25インタビュー2度目の登場である。前回は主演100本目の映画『ゼブラーマン』の年。R25の第3号で、「どんな立場であっても、自分なりの武器に磨きをかけ、いざというときに出番のある男になれ」という熱いメッセージを投げかけてもらった。

10年ぶりである。R25は今年10周年だけど、哀川 翔は30周年で、東映Vシネマは25周年。で、『25 NIJYU-GO』という記念作品が作られ、帝王と呼ばれた翔さんが主演した。

Vシネが始まったときには大変だったね。映画の仕組みも撮影の手順もあんまりよくわかってなかったから、誰も信用してなかった(笑)。

―翔さん初の主演作の『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』もVシネの最初のラインナップに入ってたんですね。

主演の人たちがみんなすごかったんだよね。(菅原)文太さんとか西城(秀樹)さんとか。「主演らしい主演」の人たちと並んでオレも主演なんだけど、お呼びじゃないみたいな空気感なのよ(笑)。確実に浮いてるんだけど、呼ばれたからしょうがねえなあ、申し訳ねえなあっていう。

―前のインタビューでもおっしゃってましたけど、監督の高橋伴明さんに、全然芝居とかとは関係のないところで呼ばれたんですよね。

呼ばれて行ったら、サングラスかけた人がいて「オマエか、六本木で一番元気だっていうヤツは」ってこっちジロジロ見てるから、こりゃヤベエなと。なんかされそうになったらすぐ立ち向かえるように、テーブルはさんで半身で身構えてた(笑)。

―臨戦態勢。

そうそう(笑)。それで「よし、じゃあとりあえず3本やろう」って言われて、「ああ、そうですか」と。

―『とんぼ』にはすでに出られてたんで、ドラマの作り方はわかってたんですよね?

でも映画は全然違ってた。テレビの撮影スケジュールって時間割で書いてあるんだけど、映画は時間書いてないんですよ。で、3時4時まで平気でやるんだよね。オレ毎晩飲んでたんだけど、さすがに無理。だってその日の撮影が終わって帰って、2時間寝たら集合時間なんだもん(笑)。それでちょっと待てよと。オレは2時間寝られるけど、スタッフの人たちは、全然だよなと。でも、みんな遅刻しないんだよ。生真面目で「時間に遅れちゃダメだ!」とか言うタイプじゃなくて、みんな不良映画撮ってるような人なんですよ。でも休まず、遅刻せず、きっちり来る。まあ、べろべろだけど(笑)。

―映画界の洗礼ですね。

もうむちゃくちゃだもん(笑)。亡くなったけど(安岡)力也さんと峰岸(徹)さんが、同じシーンで「おう兄弟」とかなんとか言ってるから「そんなセリフあったっけ」って台本見るとないんだよね。セリフじゃないの。ふたりの普通なの。撮りながらパコパコ飲んでて、どんどんベッロベロになってくんだよ(笑)。そのうち寝だしたから、小声で「力也さん、力也さん」って声をかけたら「おう! 今度寝たらまた起こしてくれ!」って(笑)。この空気感がね、暖かくオブラートのようにVシネマを包み込む何かだよ(笑)。

―「Vシネっぽさ」みたいなものって確実にありますよね。今回の『25』はどうでした?

面白かったよ。そういう意味ではストレスなかったんだ。鹿島(勤)監督は撮るの早いし、やろうとしていることはわかりやすいし、基本、アナログだから爆発とかすぐそこでドカーンってやるんだよね。

―CGじゃなくて。

そう。いきなりドーンっていくから、準備しておかないとケガしちゃう。そういう精神的な部分も攻撃してくるみたいなところがVシネ的ですごくよかったよ。今はデジタルデジタルばっかり言ってるから、Vシネっていったらアナログだろうと。そこはあえて意識してやったみたい。

―クライマックスに翔さんたちの警察と小沢ブラザースのヤクザ、あと半グレ集団とチャイニーズマフィアがガッチガチに撃ちあうあの現場って、Vシネ1作目の『クライムハンター』のロケ地らしいですね。

Vシネマってあんまりああやれこうやれって言わなくて、リハーサルで何も言わないまま「いいな。じゃあ本番いこうか!」ってなるから、舞台とかの人はたまげるって。そのくらい映像に関してはプロで、ダメだったらそう言うけど、ある程度合格ラインだったらそれで許してやってくれる。ひとつテーマがあってそれを掲げられると、人ってみんな一体になってそっちへ走るんだな、みたいなことはよくわかった。ホントいろいろやってきたよなあ…。

―バイオレンスからエロからコメディまで幅広いですもんね。

じゃなくて、バレないのをいいコトにむちゃくちゃやってるって意味(笑)。オレたちホント死にそうだったよ。小沢(和義)とかバカだから、これ命なくすぞみたいなことを平気でやるんだよ。おれは片手がなくて、小沢が片手と片足がなくてふたりでジャンプするってシチュエーションがある。でも、どう跳ぶのかは考えてないんだね(笑)。「とにかくやろうぜ」だから、あげく顔から着地しちゃう。

―それ何ですか?

『龍虎兄弟』。小沢と兄弟分で。小沢が監督したやつなんだけど…あ、これ東映じゃないけどね(笑)。

―俳優として演技をどうするかじゃなくて、どうやって片手片足で跳ぶのに成功するかを考えるという。

そのシチュエーションにハメたらどうなるか。「ほんばーん!」って言われりゃやるしかないでしょ。で、結構なんだかんだやってしまうもんなんだよね。その瞬間はドキュメンタリーだよね。ものすごい緊張感なんだから(笑)。

「誰も信用しない」から
円滑に進める「要」へ

―最初「周りを信用してなかった」のはなぜですか?

結局、知り合いが全然いないから。どこをどう考えたらいいのか。信頼関係って長い付き合いがあるからでしょ。いきなり知らない人が「お金貸してください」って来ても無理でしょ(笑)。だから現場ではあんまりしゃべらなかった。撮影現場って、学年が変わったときのクラスみたいでさ、なんとなくしゃべれるにも時間かかるんだよね。仕事の話ならまだいいけど、「朝ナニ食べたの?」とか関係ないじゃん(笑)。

―全部初体験の積み重ねですか。

台本がデイシーンばっかりで「ラッキー! 早く終わるぜ!」って思ってたら、灯りガンガンに焚いて夜中なのに昼間みたいにするとかさ。京都行ったときなんか「俳優会館のメインの階段は上るな。新人は裏から回るもんだ」って大御所の先輩に怒られたり。でもそっちのが近いからずっと上ってたけど(笑)。映画のことがなんとなくわかったのは、50本すぎたころ。映画って油断しちゃダメだよって。結構かかっちゃったね(笑)。

―その京都の階段の話って『新・仁義なき戦い』ですか?

いや、それよりずっと前。『新・仁義なき戦い』は、それはそれでびっくりしたよね。キャスティング見たら、全員知ってるんだ。ポスターが変わっててさ…(センターのロゴを囲むようにキャストの顔写真が並んでいる。ロゴの下には縦書きでキャストの名前。右から豊川悦司・布袋寅泰、最後が佐藤浩市、そのひとつ手前が岸部一徳)。オレの名前がど真ん中なの。で、「オレは全員知ってるから呼ばれたんだ」って思った。撮影中、いろんなところでいろんなことが勃発するから、言ってみればその仲裁役だね(笑)。

―現場が円滑に進むように。

キャスティングってそういうことをやるのよ(笑)。たまたま百何十本撮ったけど、みんな誰かの役ってのを演じるために来るわけでしょ。オレなんかね、どっちかというと撮影を円滑に回す役割が多いもん(笑)。スタッフが「ちょっとどんよりしちゃってるんですよねえ」ってヒソヒソ言ってきたりすると「まかしとけ!」って出て行くっていう(笑)。まあ、そこは気分だけどね。

―翔さんは50本かけて体に叩き込みましたけど、今の25歳に何かメッセージ的なものをお願いします。翔 25はいいよね! 自分が思ってるよりも世の中から見ると
子どもなんだよ。だから「オレってあのころの方が今よりイキがよかったな」って思える年齢まで下りて、その立ち位置で物事を考えるぐらいがちょうどいいと思うよ。そこから5年は走れる。多少周りに迷惑かけても許してもらえるもん。その絶妙な勘所を自分で見極めるのも大切だよね。

―では35歳はどうですか。

35はもうヤバイよな。それまでの自分とは違う自分になってきているから。カラダとの相談も必要になってくるし。そのとき気づくよね。「ヤベエぞ! 30すぎたらもう“大丈夫大丈夫”ではすまなくなってる」って。逆に自分が思ってるより、完璧に「大人」を求められるからね。

―翔さんが早寝早起きするようになったのっていくつなんですか?

34かな。子どもができたタイミング。寝かしつけようと思って添い寝してたら、うかつにも早く寝ちゃったんだよね。オレなんか1回寝たら起きないからさ、目覚めたのが朝5時! …爽快でね! そのときまでは酒飲んで寝てたから、朝起きたくなくてさ。ドロドロだったわけ。それが…ヤベエぞこれ、最高だ! 頭のモヤモヤがひとつもねえ! 絶好調で1日始まるぜ!って(笑)。

―100まで生きるんですよね?

その予定なんだけどね。50で人生折り返しだからね。「もう残り少ないんだから好きなことやりな」って言われると考えるけど、まだまだ半分だもん。まだまだだよ(笑)。

1961年生まれ。一世風靡セピアの一員として「前略、道の上より」でレコードデビュー。88年ドラマ『とんぼ』に出演。90年、東映Vシネマ『ネオチンピラ・鉄砲玉ぴゅ~』に主演。『とられてたまるか』『ろくでなし』『極楽とんぼ』『組織暴力』『三匹の竜』『ながれもの』などのヒットシリーズを生む。映画デビューは88年の『この胸のときめきを』。04年の『ゼブラーマン』で主演100本を達成。今年は『銀の匙』『サンブンノイチ』に出演。芸能生活30周年記念作『Zアイランド』が公開待機中

武田篤典(steam)=文
BINGO=スタイリング
稲田 平=写真
柏村信雄(セラヴィ)=ヘアメイク

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