これから僕の第一楽章が始まる。 ― 佐渡 裕、音楽的転機を語る。

佐渡 裕

2014.11.20 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真
佐渡 裕の「失敗」。
指揮者とは何か。

「失敗」がこのインタビューのうっすらとしたテーマだ、と説明するや否や、佐渡さん、「何があるかなあ」と宙を見つめた。脳内では過去が走馬灯状態に違いない。大学ではフルート専攻で、指揮は独学。女子校の吹奏楽部から始め、自力で試験を突破した音楽祭でレナード・バーンスタインと小澤征爾に師事。師匠に頼らず勝手に応募したコンクールで優勝し、世界へ。パリを拠点に活躍して、小学生の時からの夢だったベルリン・フィルとの共演を果たす。多くの困難を乗り越えてきた。そんな佐渡さんの「失敗」。

「まあ、いろいろあるんですけどね」

―ハイ。

「この1年で携帯電話を3回なくしたとかね。飛行機に2回乗り遅れたとかね(笑)。イギリスからヨーロッパに入って1時間の時差を忘れてたのと、もうひとつはウイーンで、ちょっと考えごとをしてて時間が経ち過ぎてたのと。すごく早く空港には着いてたんですけどね」

―いつもよく考えごとされてるんですか?

「してると思います。大事なことが頭の大部分を占めてるかわり、大事じゃない…こともないんだけど、そういう部分がすっぽり抜け落ちてたりする。たぶん、僕のなかにはめちゃくちゃ細かい部分と、ものすごく大雑把な部分が同時にあって。で、ながら族なんです。野球の試合をテレビで観ながらカミさんと話し、仕事とは関係のないCDをかけて、仕事の楽譜を勉強してる」

―日常のシーンだけじゃなくて、お仕事でもいろいろなことをされてますよね? 名門オーケストラの指揮に、兵庫県の劇場の芸術監督に、テレビのMCとかも。

「欲張りなんでしょうね。若いころから “全部を追いかけなきゃ”という感覚が自分のなかにあって。指揮者っていろいろなことを知っていたほうが絶対にいいと思うんです。音楽だけじゃなく絵画も建築も映画もスポーツも。楽譜を見ていると絵画のように光や色が見えてくる。ベートーヴェンの第九は70分ぐらいあるんですが、その時間の構築のされ方は建築家のモノの考え方や映画的なストーリーテリングにもつながる。あるいはスポーツの持つ野性味。160キロの球を投げても、世の中が変わるわけではない。でもそれを完璧に打ち返してホームランになるシーンを目撃すると、誰しも興奮しますよね。そういう経験や視点があれば、たとえば、ベートーヴェンのシンフォニーも多角的に見て、譜面から立体的に形作っていくことができる。いや、そのためにいろいろなことをしてきたんじゃないんですけどね。最近そういう刺激を受けるものが自分のなかでつながってきた感覚がありますね」

―指揮者のお仕事って、楽譜を見て「どういう意図で書かれたのか」「どう演奏されるべきか」みたいなことを解釈するんですよね?

「たとえばベートーヴェンでいうと楽譜が完璧じゃないので、推理する余地がいっぱいあるんですよね。バイオリンの弓を上げて弾くのか下げて弾くのか。それだけで息を吐きながら話すのと吸いながら話すぐらい違ってくる。音の長さひとつでも“ターッ”なのか、“タンッ”なのか、“パン~ッ”と鳴らすのか。つぶさに考えてオーケストラに伝えていくわけです。だから指揮者が変われば、同じオーケストラで同じ曲を演奏しても、全然違う音になる」

―「練習を重ねて緻密に作り上げて、完成したものを寸分の狂いもなく本番で演奏する」。そういうのが指揮者の営みだと思ってたんですけど、ご著書の『棒を振る人生』を読むと、全然違っていて。練習では指揮者の解釈をきちんと共有する。で、本番では本番でしかできないことをやるんですね?

「だから、ライブなんですよ。クラシックの音楽で、すべて書かれてる音符に則って演奏しているにもかかわらず、やるごとに違っていく。毎日のようにハプニングが起こり、それによって次のシーンがドタバタになったりしっとりしたり。今年、僕はベートーヴェンの第九を同じオーケストラで何度もやりますが、聴くたびに違うと思いますし、何度も来ていただける方もいるでしょうね」

50年の音楽観を変えた
あの「第九」を今再び

―この12月には、ドイツのケルン放送交響楽団とのベートーヴェン「第九」を公演されるんですね。

「海外のオーケストラが、東京だけで7回、大阪は同じ会場で3回公演するという、このやり方はこれまでにまずないと思います。僕にとって最高の第九をつくる条件が整いました。信頼が置けて関係の深いドイツの名門オーケストラが来日し、非常に重要なコーラスも、圧倒的実力のある名門合唱団が同じメンバーで全公演参加してくれる。回数だけなら日本のオーケストラがひと冬で第九を20回やる、なんてことはあるんです。ただその場合、たいてい日本各地をツアーしながらそれぞれ地元の合唱団と共演する。オーケストラと合唱団が全員でツアーに出ると大変でしょ?」

―移動とか宿泊とか…あ、それで合唱団は地元なのか。コーラスって何人ぐらいいるんですか?

「今回は110人ぐらいかな。それを移動しないで、基本的に東京で7回、大阪で3回やってしまう」

―日々違うライブでありながらも、積み重ねて公演の内容はどんどん熟成されていくと。

「そう」

―今回のケルン放送交響楽団って、2011年の震災直後に「第九」を共演したオーケストラですよね。

「3月26日にドイツで。僕自身、3月11日に日本で予定されていた演奏会が中止になりました。震災直後の数日間は、自分が音楽家でいることに何の意味もないように思えて。そこにケルンとデュッセルドルフのオーケストラが合同でチャリティー演奏会をしたいから指揮してほしいと電話が来たんです。日本はそれどころじゃないし、自分自身譜面を開く気にもなれない。しかも曲目が『第九』。“フロイデ(歓喜)なんて言ってる場合じゃないよ”と、最初は断ったんです。でも地球の反対側から日本に対して励ましのメッセージを送り、祈りを捧げることを喜びとしようと。それって第九の歌詞そのものなんじゃないかと」

―“おお友よ、もっと心地よいものを歌おう。もっと喜びに満ち溢れるものを”。“抱き合おう、もろびとよ! この口づけを全世界に!”。

「2時間のリハーサルで本番に臨んだんですが、そこではそれまで経験したことがないほど心が揺さぶられました。演奏しているその瞬間にも東北で苦しんでる方がいる。悲しみに支配されたし、自然災害だから何に対して持つべきかわからないけど怒りもあった。ドイツや世界各国の人たちが、日本に向けて様々な力になってくれることへの感謝があった。祈りがあった。『第九』の第4楽章の最後は花火が打ち上げられたような喜びの音楽をオーケストラが全力で鳴り響かせます。でもこの時は、演奏が終わると同時にすごく大きな黙祷になりました」

―拍手ではなく。

「ええ、自然に。その時に、“音楽をすること”の意味が自分のなかで変わった。年齢も国も言葉も違う人たちと、今一緒に生きてるんやという実感を持った。様々な人が、同じ空気の振動のなかに一緒に生きてることを喜びとして感じられる。そのために音楽があるんだ、と思った。その後、5月にベルリン・フィルの指揮台に立つという、子どものころからの夢がかなって。1~2年の時間が経って、無意識につかんでいたものが、ようやく具体的なものに置き換えられる時期になって、人に伝えることができるようになってきた気がしますね」

―それが演奏に出てくると。

「“クラシック音楽って難しくて窮屈で興味ないな”と思う人も多いかもしれないけど、それは間違い(笑)。僕がこれだけハマってわざわざ外国まで飛び回っていろんなオーケストラと仕事しているのが証拠。めちゃくちゃ面白いから! 本やテレビ番組、CDやYouTubeも、音楽を知るきっかけにはなると思う。でもぜひ一度、生の演奏会に身を置いてみてください。自分や友だちや彼女や、全然知らない他人2000人ぐらいが一緒にいる空間で、オーケストラが演奏し始めると目の前で空気が振動し、それを体全体で受け止める。僕はこれを“音の神殿に入っていく喜び”と呼んでいます。初めてそこへ行っても、宗教的歴史的背景を知らなくても、たとえばノートルダム寺院に入ると、バチカン宮殿に入ると、“すげえな”って思いますよね。人がこんなものを作ったんだっていう感動がある。その時の心の揺れは、演奏会で得られるものと変わらない気がするんですね。その後、どうしてそういう曲ができたのか。作曲家はどんな人だったのか、『第九』の4つの楽章の構成はこうなっている…なんてことを知っていくとますます面白いと思う」

―佐渡さんとお話ししているからか、すごく行きたくなってます。

「僕ね、自分が司会をしている『題名のない音楽会』で“新しいページをめくりましょう!”という振り付きのキャッチフレーズを作ったのね。テレビ番組で音楽のすばらしさを語れても、真に伝えることはできない。自分のなかの新しい感動は、ぜひとも自らページをめくって獲得してほしいと。だいたい僕自身、これから自分にとって交響曲の第一楽章が始まるような気がしてるんです。53歳、指揮者としてはまだまだこれから。…ってこの間言ったら、周囲のみんなにびっくりされましたけどね。“そんなの初めて聞いた”って(笑)」

1961年、京都市生まれ。レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン指揮者コンクール優勝。パリ管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、北ドイツ放送交響楽団などの一流オーケストラを多数指揮。2015年9月からはオーストリア・ウイーンのトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督に就任。国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、『題名のない音楽会』(テレビ朝日系列)の司会者も。近著『棒を振る人生 指揮者は時間を彫刻する』(PHP新書)は、指揮者の仕事や第九の構成がつぶさにわかる1冊だ

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真

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