僕もよくよく運のいい男ですね! ― 池田秀一の失敗なき日々。

池田秀一

2015.02.12 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 SACO.=写真
振り向いてくれたから
またシャアがやれた

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は安彦良和のマンガだ。“ファースト”と呼ばれる1979年のアニメ『機動戦士ガンダム』のストーリーを安彦が独自に解釈したマンガ版だが、ここにはファーストでは描かれなかった設定や登場人物の背景などが丁寧に描かれる。

ガンダムの宇宙世紀は、地球の特権階級によって宇宙に移住させられた人々が独立を求める歴史の物語。数多のマンガ・アニメ・ゲームで様々な設定が派生し、世界観は原作者が思っていないほどの広がりを見せた。昨年完結した『機動戦士ガンダムUC』もそのひとつなのかもしれない。池田秀一自身もフル・フロンタルというきわめてシャア的なキャラクターの視点で世界を見てきた。

それが今回は『THE ORIGIN』のアニメ化である。

―ガンダムは「やりきった」ふうに見えたんですけど、ここでまたルーツに戻るのはどんな心境ですか

「『ジ・オリジン』をアニメ化する話は、5~6年前、実は『UC』のころから噂では聞いてましたが、若い人の新しいキャスティングに変えるという選択肢も普通にあるわけで、それならそれでべつによかったんです」

―他の人がシャアを演じても!?

「それはもういいでしょう(笑)。最初は違和感があっても徐々に落ち着くもんですよ…あ、やりたくないわけじゃないんですけどね(笑)」

―実際にオファーが来たのはいつごろでした?

「1~2年前? 忘れちゃいました。でも実は僕、オリジンをやるにあたってオーディションを受けたんです。なにしろシャアは安彦さんが今持ってるイメージと合うかわからないんで。それにシャア自身が僕に振り向いてくれるか。安彦さんの画を見ながらしゃべってみると、シャアが “やっていいよ”と振り向いてくれたのでやらせていただきました」

―安彦さんは実際にアフレコのときに何かおっしゃってました?

「僕の出番はすぐ終わったんで、そんなにお話しする時間もなくて。出番が終わって1回家に帰って、収録が終わるころにまたスタジオを覗きに行ったタイミングでちらっとお話ししたら“ちゃんとしてくださいね”って言われました。ちゃんとっていうのは、芝居のことではなくて“あまり深酒をしないように”とかそっち方面の意味だと理解しました」

―アフレコのあとは飲みに行きました?

「アルテイシアを演じるめぐみちゃん含め、何人かで行きましたけど、真弓ちゃんは“ちょっと疲れちゃった”って。そりゃそうですよね。僕は休養十分だけど、“ごめんね、疲れさせちゃって。ありがとう、僕を演じてくれて”って言いました」

飲みに行けば、
世界は広がる

アルテイシアとはシャアの妹。演じるめぐみちゃんこと潘 めぐみは、ファーストでシャアが寵愛したニュータイプ・ララァを演じた潘 恵子の娘である。で、シャアの幼少期を演じるのが田中真弓。

―田中さんのキャスバルはどうでした?

「素敵でした。どなたがおやりになっても難しいと思いますよ。世の中には成長したシャアを知ってる人がいるわけで、おのおのが子ども時代に勝手にイメージを持ってしまう。この前、別の現場で会ったら“いいのかしら?”って言われたので“絶対いいんですよ”と。それで真弓ちゃんに言ったのが“キミには麦わら帽子を貸してるからね、それを返しにきたんだよね”って(笑)」

―“シャアが振り向いてくれたから”というお話がありましたが、振り向かないときもありますか?

「今のところないですね。彼が振り向いてくれなきゃ困るんですよ。それはつまり“もうやめなさいよ、いい加減に”ってことですから。たぶん彼は嘘をつかないと思いますよ」

―シャアを演じるときはその都度、問いかけてるんですか?

「『逆襲のシャア』とかΖガンダムのころは、こっちも40代だったし気にもしなかったんですが、60を超えると、まだやっていいのかなって」

―そもそも出会いもシャアが声をかけてきたみたいなものなんですよね。

「もうよく覚えてないですけど、当時仲の良かった音響ディレクターさんとよく飲んでたんです。アニメの仕事にも誘われてたんですが、お断りしていて。それを飲み会のついでか何かに“ちょっとやってみようよ”って話になって。この世の中にあったガンダムはまだ企画書だけ。たぶんアムロ役もやりました。完全に飲みに行くついででオーディションに行ったら、シャアの絵があって、じっとこっちを見てたんです。“この人何?”“やってみる?”“あー、やってみようかな”というぐらいのもんだったんですよ」

―そういう出会いを得るには、我々はどうしたらいいんでしょうか

「飲みに行くのがいいですね。ただし同じメンバーじゃなくていろんな人と。今、スタジオで収録してると、自分の出番じゃないときに出て行くコがいるんですよ。バカですよね~(笑)。せっかくいろんな人がやってるところが見られるのに。まああんまりジーっと見られたら困っちゃうけどね(笑)。僕はガキのころから役者をやっていて、人がセリフを言うのを見るのは大好きでしたよ。勉強というより“あ、こんなふうに言うんだ”っていう興味で。その延長線上に、飲みがある」

―そうなんですか。

「そうです。飲むと学べるんです。無謀な先輩がいて、完全に間違ってるとしか思えないことを声高に主張する。それを聞きながら“オレは絶対将来こんなオヤジにはならないぞ!”と心に誓う…そしてまさにそんなオヤジになっているんです(笑)」

―若者に学ばせるために。

「そう(笑)。20~30歳の若者が抵抗を感じる50~60歳の先輩っていらっしゃいますよね。自分がそっちの年齢になると若者に言ってた気持ちがわかる。若者には無謀に聞こえるんだろうけど、実は無謀じゃない」

―それは若いときに「ジジイと飲みに行く」という経験をしていないと、比較できないことですね。

「ええ、シャアは20歳ですから、いや、シャアを演じていてよかったと思いますね(笑)」

―もうひとつ、今、NHK大河ドラマ『花燃ゆ』の語りもされてますよね。あれはどうやって始まったんですか?

「うっすら漏れ聞いたところによると、プロデューサーの方がガンダムファンだったとか。そんな話は一度もしませんし、向こうも言いません。こじつけちゃうと、幕末と宇宙世紀、ともに若者が時代を変えていこうとたたかっていた歴史の話、ともいえますね」

―池田さんのお声は、ちょっとマイルドな優しい感じで…。

「そうですかね。ありがとうございます。ああいう声もありますよ(笑)」

―やっぱりいくつか声を出して、これでいこうって決めるんですよね。

「何もおっしゃいませんでしたので、言い方は悪いですけど勝手に(笑)。収録は一発です。ただ、収録のときには、きちんとみなさんのお芝居と音楽が入った映像を観ながらやらせてください、とは言いました」

―池田さん、野望ってあります?

「ないです」

―趣味は?

「べつにない…っていうかゴルフとかしますけど、べつにもう伸びないし。芝居も伸びないしなあ」

―(笑)。なんかすごいですね。

「そりゃそうですよ。20代ならまだしも! 昔、辰巳柳太郎さんという新国劇の大俳優さんがいらして。子どものころお仕事でご一緒したんですけど、キャストの紹介をするときにスタッフのかたが“辰巳柳太郎先生でーす”って言ったら“俺はいいよう、もう先はねえんだからさ。紹介なんて若い子たちだけでいいよう”っておっしゃった。今はその気持ちがよくわかります。そういう感じです」

―失礼ながら、失敗とか、思い悩んだりしないんじゃないですか?

「思い悩まないですね。思い悩まないというか失敗しないですね。失敗しないというか気づいてないのかもしれない(笑)。逃げちゃうんですかね。たとえば明日イヤな仕事がある。オレの役じゃないなあ、でももう決まっちゃってるからなあ…ということが、極めてまれにあるんです。そんなにしばしばはない。でも仕事だから行かなきゃいけない。そういうとき僕の気持ちは、もう明後日に行ってます(笑)。現場では“こうやってください”と言われます。素直に“はいはい”って返事するけど、やらない、やらないっていうかできない、できないっていうかやりたくないんです(笑)」

―思ったとおりにやると。

「“できませんか…”って言われて、“できないですねえ”“そうですかあ”…ってやってるうちに向こうは諦めます(笑)。そしてその仕事は終わる。終わったときの安堵感、喜びは最高ですね! お酒がめちゃくちゃウマい。そのかわり、二度と仕事は来ないですよ。それでももう1回やりたいって言ってくれるのは相当いい監督!」

―池田さん、めちゃくちゃ面白いですね! 何か幸せだなあ。

「あ、これもある俳優さんの話で。25~26歳のときなんですけど、仕事がつまらないという話をしてたんですよ。で、“やってもいいって思う仕事なんて2年に1本ぐらいだよ”って言ったら、彼は言いました。“秀ちゃんいいよなあ。俺そんなの今まで1本もないよ”って。“そうか、こんな人いるんだ”って思いました。そう、だからいい仕事なんてたまに出合えればいいんですよ。『オリジン』なんてその最たるもの!あ『ユニコーン』もそうだけど…僕、いい仕事いっぱいしてますね、それもこれもシャアをやり続けてきたおかげ。僕もよくよく運のいい男ですね!」

東京生まれ。幼いころから子役として活躍し、主演したNHKドラマ『次郎物語』は大評判に。俳優業と並行して吹き替えの仕事をこなし、小学校の先輩でもある音響監督・松浦典良の勧めで『無敵鋼人ダイターン3』にゲスト出演、後番組であった『機動戦士ガンダム』にオーディションで合格。シャア・アズナブルとのつきあいは今年で36年目を迎える。『ONE PIECE』のシャンクスや、洋画におけるジェット・リーの吹き替えも当たり役だ

武田篤典(steam)=文
SACO.=写真

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