先輩が熱く語る!俺たちのR22時代

テレ朝の名物P「一流の下っ端に」

2015.02.26 THU


かぢ・りんぞう 1969年神奈川県生まれ。92年上智大学卒業。現在は『ロンドンハーツ』『アメトーーク!』といったバラエティ番組を手がけ、いずれも高視聴率を記録中。加地さんの仕事ぶりがいかに評価されているかは、ぜひこれらの放送を実際に見て感じ取ってほしい 撮影/林和也
テレビ朝日のバラエティ番組が人気だ。その仕掛け人が『アメトーーク!』『ロンドンハーツ』などのバラエティ番組を手がける、演出・ゼネラルプロデューサーの加地倫三さん。まさに敏腕! それだけに入社当時からバラエティ制作一筋なのかと思いきや…。

「入社時から手がける自信がなかったので、面接のときにあえてスポーツ局を希望したんです。スポーツ少年だったので知識には自信があったし、願ったり叶ったり(笑)」

将来バラエティ番組を作るための地力を付けておく意味でも、他部署で制作に触れる意義は大きいと感じていたらしい。

「今では考えられませんが、研修3日目に先輩から『お前やれ』とプロ野球のニュース映像の制作を任されたんです。放映後は号泣でした」

末っ子気質が奏功しかわいがられる反面、根拠のない自信から怒られることもしばしばあったのだという。

「新人のくせに自分の主張をズケズケ言うタイプで。意見が通らないことにイライラしていましたね」

…と言いながらも、入社3年目から2年連続で「全日本大学駅伝」中継の総合演出を任される(!)など、順風満帆の若手時代を送る。

だが翌年、環境は一変。念願のバラエティ制作への異動が叶い、またイチからAD生活が始まるのである。加地さんにしてみれば、実はここからが真の“新人時代”の幕開けだった。

「バラエティって真面目に作るんですよ。スポーツ局で通じた冗談も、ここでは『空気読めよ…』となる。失敗も多くて、忘れもしないのが『ナイナイナ』で美術品を出すタイミングが遅れたこと。本番中、岡村隆史さんに『加地ー!』って名指しでどやされました。笑いに変えてもらいましたが、猛省しましたね」

自称「苦労を苦労と思わないタイプ」ながら徐々に自信を喪失。だがキャバクラなど夜遊び事情の明るさが評価され、やがて居場所を得る。

「失敗から要領を得て、『こうされたら嬉しい』という感覚をつかんでいったんです。でも先輩の作業中に抜け出して合コンに行ったり、頭使って時間を作っていましたね。無駄な時間をすごすのが嫌なんですよ」

最初のうちは誰もが萎縮するもの。組織の中ではもちろん“下っ端”だが、一流の下っ端を目指し、努力を惜しまないことが大切だという。

「プライドを持ってやるとだんだん欲が出て、ディレクターが忙しいと『編集、やっておきますよ』と率先して申し出たり、テロップを書いたり。自分が番組を回しているという感覚を持つようになりました」

その感覚を養うためには。

「まずは考えることが大切です。そのキッカケは、何かを感じること。そして『復習』を欠かさないことです。失敗して反省するなんて誰にでもできるじゃないですか。なぜできなかったのか、自分で答えを見つけることが大事だと思う。つまり失敗の答え合わせですよね。そのとき誰かが教えてくれたとしても、そのセオリーを自分流にしないと使えない。じゃないと、仕事の方程式は生み出せないんですよ」
(吉州正行)

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