悪魔に心を8万円で売った ― 高田純次、仕事の責任と、適当を語る。

高田純次

2015.03.12 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 鍋田由美=スタイリング/ヘアメイク
全編高田純次的な
魅力炸裂のDVD

『純白』というDVDのパブリシティである。中京テレビでのレギュラー番組における高田純次をまとめたものだが、これ、すごい作品だ。冒頭、人生を振り返るかのような演出が、ごくごく軽く入って以降は、全編、高田純次のロケ映像。55歳以降、現在までをプレイバックするというもの。多くは大竹まこと、渡辺正行らとのグルメや温泉のリポートだが、本題はほとんどなし。高田純次の奇想天外な登場シーンと、ものすごく適当な自己紹介シーンが怒涛のように次々押し寄せ、そのまま終わる。

―全編それだけですよね。

「ほとんど裸だっていうんでしょ。よくやってたなあ。あ、これキツかった! 駐車場の水たまりで泳いだやつね。オイルが溜まっててさ、ニオイ取るのに大変だったんですよ。よくこんなのやったなあ」

―白ブリーフ一丁で、しかもお尻の部分をOバックにされてて…。

「大竹と渡辺が“泳いだら面白いんじゃない?”って言うから、わざわざ白いブリーフを買ってきて、ケツのところを全部抜いたんですね」

―「55歳にもなってこんなことしないとお仕事もらえないんですよ~」っておっしゃってますよね。

「武田久美子さんの回だね。私が貝殻のビキニ着たら、最初はちゃんと隠れてるんだけど、お湯の中に入るとパンツが浮いちゃって、私のカワイイやつが見えちゃうんですよ」

―当時「55歳にもなって」っておっしゃってたのに、今や68歳ですね。

「オオヤケ的には88歳って言ってるんですよ。がっくりくるよね。“え~、そんなふうには見えないですよ~”って言われるんだから。75歳じゃギャグにならないと思うから88なのに…。“意外といってるんですねー”で話が終わっちゃう。40になりましたって言うと、きっちり“またまた~”って言われるのに」

―しかし、ロケの時のことはつぶさに覚えてるんですね。

「うん、覚えてます。あ、それはそうと僕は登場の時に名乗るでしょ」

―ジョージ・クルーニーとか、アンジェリーナ・ジョリーとか。

「ええ、それだけじゃなく自分で名付けるのも非常に好きなんですよ。この間偶然、ディレクターたちとおっぱいパブ行ったんだけど、その翌日の撮りで自己紹介した名前がオッパ・イパブさんでした。従兄弟がオッパ・イモミさん。みんなで笑ってたらアシスタントの女の子が“オッパ・イパブさんってそんなにおかしい名前ですか?”って。あと、はとこにはオッパ・イデカもいるしね」

―由布院でも函館でも雪の中で全裸ですよね。こういうのは仕事ゆえやってるんですか? そもそも好きなんですか?

「僕はねえ、普段はほとんど無口でアーとかイーぐらいしか言わないですからね、これはたぶん仕事だからやってるんでしょうね」

―それ、文字で書くと文面どおりにしか伝わらないと思いますよ。

「だから字面って難しいよね! まあ仕事じゃなくてこれやってたら危ないものがありますけどね」

―それはそうなんですが、義務感というより、喜びはあるでしょう?

「喜びはあります! 大まかな設定は決まってることが多いんですけど、いろいろなかつらが用意されているし、俺専用のメイクボックスもあって。かつらは使わない時もあるけど、逆の意味でこれは義務感かな。責任と言ってもいい。トイレ行ったら必ず流すようなもんで、ロケに行ったらやれるところまではやる。やってダメだったらカットされるわけですから、あとは編集する人が好きに使えばいいんですよ。そこでの勝負みたいなところはありますね」

―由布院ではその後、そのまま足湯に全身浸かるという荒業に…。

「アレは気持ち悪かったなあ…」

―NGってないんですか? 

「もちろん台本に“全身浸かる”って書いてあるわけじゃなくて、浸かった方が面白いなと思って浸かったんだけど、あとで考えると気持ち悪かったなっていう」

―「高田純次、全裸で足湯に」って書いてあると、やりたくない。

「おっしゃるとおり! “Tバックで雪の中を歩く”って書いてあるとやりたくない。相手もそこは知ってるから、書いてない。でもTバックはちゃんと用意されている。そしたら自分の判断ではいちゃうよね」

「適当」と分析された男。
人生最大の失敗とは


―適当を自覚されたのっていつですか? 20代のサラリーマン時代もいいかげんだったんですか?

「そのころは普通ですよ。いいかげんになったのはね、悪魔に心を8万円で売った時だね。8万円欲しかったからさ。いや…適当っていうのは、60歳の時に『適当論』っていう本を出したんですけど、本のなかで和田秀樹先生に僕を分析してもらったら、出てきた言葉なんです。だから意外に歴史は浅くて。でもそれ以降しばらく“適当男”ってことでずいぶん食べさせてもらいましたけど、その後“適当”がひとり歩きし始めた」

―高田純次=適当、みたいな。

「うん。だって俺自身“これが適当だ!”って生きてきたわけじゃなくて、たまたま自分の人生のあり方を第三者が“適当だ”って判断しただけなんだから。そうすると何が適当なのかわかんなくなっちゃうんだね。これって適当かなと思って、この間も他人の財布から2000円取ったら、イケナイって言われるし。トイレ入って流さなかったら怒られるし」

―その悩みが出始めたのは…。

「あ、悩んではないです。ただ適当がなんだかわからないだけ。目の前にこうやって本を出されたら食べちゃうのがいいのかな、とかね。でも今までこういう本を食べてきたことがないから、それが適当なのかどうかはわからないんだよね」

―「今までやってきてないこと」はやらないに越したことはない?

「そうとも限らない。クラブとか行って、上品に振る舞えば“高田さんって意外と紳士ね”って言われるから、“でしょ?”って言うようにしてるんですけどね。それで手を握るようにもしてる。握ったら“やっぱりね”って言われるんだけど」

―モテますよね?

「いやあダメですよ。腰の手術もしたところだし」

―いや、直接的な肉欲の話じゃなくて。

「僕は直接的な肉欲が好きなんです。女性は僕を警戒するんです。普通に話してても、なんか下心があるんじゃないかって見られる。まああるんだけど。僕の場合は、目と顔と口で“やるぞ!”っていうのを全面的に押し出すでしょ。やりたいんだ! って。そうするとモテない。今までそれでやって来たから、これからは路線を変更しようと思って」

―え、今からですか?

「もう徐々に変えてます。ギャップで行こうかなと。女の子が俺のことをスケベだと見てるのならば、そんな素振りは微塵も見せない。バストの大きな子のバストはほめない。知的なことを話す。なんとかバストを見ないように我慢する。もちろんこっちの頭のなかにはバストのことしかないんですけど、そういう子ってチラッとでも見られるとわかるらしいから。いずれにせよずーっとバスト見ながら話せないですしね」

―70歳を前にして、その新たな決意! ここから人生が変わるようなら、いずれ重鎮になられる可能性もなきにしもあらずですよね。

「いや、重鎮というのをどうしたらいいかわからない。フリチンにはなるだろうけど。重鎮も適当と同じで、第三者に“重鎮”と思われることを連綿と続けてきた人が重鎮なんですよ。だからたぶん重鎮の人も、本人はどうすれば重鎮っぽくなるかはわかってないんじゃない? “僕は真実しか言いません”とか“僕は誠実です”って自分で言うもんじゃないでしょ。他人が認めるものであって。“僕は変態です!”とは、僕はときどき言いますけどね。そこには女の子に向けたいろいろ手法があるんですけど、22~23のきれいでスケベでカラダのいいコってのはなかなか捕まらないね」

―最大の失敗って何ですか?

「大学受験失敗ですね。これが人生のすべて。年に1回高校の同級生と男ばっかりで会うんですけど、20人集まるうち19人は全部大学行ってる。“珍しいよな、高田だけ大学行かずになんとか食っていけてるんだもん”って言われる。僕としてはね、高校時代にはアメリカのアイビーリーグのイメージを夢見ていて。キャンパスで、ノートと本を十字にまとめたのをぶら下げて、女子大生をナンパするのが頭にありました。それを根底から覆されたんだから。時代的にも大卒じゃないと就職も厳しくて。どうやって生きていくかを考えた末に、アウトローの世界に来ちゃった」

―でもそうして歩んできた道に関して、後悔のようなものは…。

「後悔だらけですよ! 弁護士とは言わないまでも、医者にでもなってすばらしい技術を持って。少なくとも、普通に会社に行ってもそのジャンルなりの技術を身に付けるじゃない? 手に職っていうのは大事だとすごく思ってましたよ。本来は若いうちに方向性を決めた方が、その分、積み重ねる時間も長くなってより一層エキスパートになれるからいいんですけどね。今は選択肢が多いから。何をしたいのか、何を選んでいいのかわからない。俺なんか中学高校時代に何をやりたいのかもっとわかっていればね…」

―今なお「自分探し」っておっしゃってますよね?

「そうなんだよねー。俺、何の技能もないからなー」

―いや、このDVDに詰まってるのは、高田純次ならではのすばらしい技術じゃないですか!

「そう言っていただけるとありがたいです。けど、自分探しの旅だから、どこかで中田英寿に会うはずなんだけど、一向に会わないよね」

1947年東京都生まれ。東京デザイナー学院卒業後、24歳で「自由劇場」の研究生となり、翌年、イッセー尾形らと劇団を結成。その後、4年間のサラリーマン生活を経て、77年に劇団「東京乾電池」に参加。85年、『天才たけしの元気が出るテレビ』でオリジナリティあふれる登場やロケの手腕を確立。『ぴったんこカン・カン』(TBS)や『上沼・高田のクギズケ!』(読売テレビ・中京テレビ)、『PS三世』(中京テレビ)などに出演中

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