“育児には逃げ腰”だった社長が変わったワケは…

サイボウズ社長「育休は宣伝目的」

2015.05.30 SAT


あおの・よしひさ 1971年、愛媛県生まれ。松下電工(現・パナソニック)勤務を経て1997年にサイボウズを設立し、取締役副社長に就任。2005年より代表取締役社長に。長男5歳、次男3歳、長女0歳。2男1女の父であり、社内外に向けて積極的に、育児と仕事の両立を呼びかけている。
第一子誕生から半年後の2010年8月、サイボウズ社長の青野慶久さんは2週間の育児休暇を取得し、“イクメン社長”と騒がれた。たった5年前のことだが、当時は男性の育児参加がニュースになるほど珍しかったのだ。ただ、その動機は「かなり不純なもの」だったそうで…。

「私はもともと子供にも子育てにも興味がなかったし、会社で死ねたら本望だと思っていたような仕事人間でした。ところが、全国の首長として初めて育休を取った文京区区長の成澤廣修さんと知り合い、『会社の宣伝になるから青野さんも育休を取りなよ』と勧められたんです」

長男が生まれて半年間、育児については「基本、逃げ腰」。働きづくめで子育ては奥さんに任せきりだったという。そんな彼が「2週間休んで会社の宣伝になるなら」と、軽い気持ちで育休を取得したのだ。

「最初は育児の合間に仕事をすればいいと考えていましたが、甘かったですね。3時間おきにミルクをあげないといけないのに、ちゃんと飲んでくれない。哺乳瓶を煮沸したり洗濯したりとやることだらけで、24時間ほとんど休む暇がなかった。新生児相手に“子供が寝たら自分の時間”なんてことはありえないと痛感しました。やっと寝ついても3時間後に起こされるから、その間に自分も寝ておかないと体がもたないんです」

生まれたばかりの赤ん坊は、言うことを聞いてくれない。何かあったら命にかかわるというプレッシャーも大きい。「この大仕事を妻ひとりに任せるって、かなり無理があるんじゃないか」。そう感じたという。

その後、2012年に次男が、今年になって長女が誕生。この取材当日も、青野さんは育児のための時短勤務中だった。

「今は手がかかる下の娘を妻が見て、上の2人を私が見ています。子供の送り迎えは私の担当。料理は妻が中心ですが、週に1度は私がやることになりました。3人を育てるとなると、どう頑張っても手が足りない。あっちで泣いて、こっちでは吐いて。どっちから面倒みようかとあたふたしています。1人目のときが天国みたいに思えますよ」

子供が生まれる前は仕事一筋だった青野さんだが、3人の子を育てるうちに、働き方は少しずつ変わった。

「正直、今でももっと仕事に没頭したいという葛藤があることは否定できませんが、今日も16時までに帰って子供のお迎えに行かないといけないんです。投入できる時間が限られるわけですから、自分の仕事を徹底的に見直して、アイデアやひらめきで勝負するしかありません。働く時間は短くなりましたが、意外と今の方が成果は出ているかもしれません」

そして、より大きく変わったのは、“社会”の捉え方だったそうだ。

「学校を出て就職すれば社会人だといわれますが、所詮あれは“会社人”だったと思います。結局、就職しても起業しても、会社の周辺だけしか見えていなかった。ところが子供が生まれると、自治体や医療機関、教育機関などがネットワークになって動いていることに直面します。『待機児童が104人も!?』みたいな経験を経て、広い社会の存在や、そこにある問題が見えるようになりました」

その結果、経営者としても売り上げや利益だけでなく、「社会にとってどういう意思決定をすればいいか」と考えるようになったという。

「子供が生まれてようやく“社会人”になれたという気がします。なにより、単純に子供がかわいいと思うようになったことが、私にとっては一番大きな変化なんですけどね」
(宇野浩志)

  • 長男、次男の誕生時には青野さんも出産に立ち会った。「人間の原点は動物なんだ! と衝撃を受けました。それ以降、子孫を残して文化を引き継ぐという当たり前のことに立ち戻って子育てを実践している気がします」

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