「ネガティブ思考が原動力」と語る人気俳優

斎藤工「自分ほど自分がわかってないヤツはいない」

2016.06.03 FRI

ロングインタビュー

斎藤工

1981年東京都生まれ。高校時代よりモデルとして活動。またバックパッカーとして世界を旅した。2001年に映画『時の香り~リメンバー・ミー~』で俳優デビュー。6月4日に綾瀬はるか主演の『高台家の人々』が公開。『ごくせん』『デカワンコ』などの森本梢子原作。共演に水原希子、間宮祥太朗、大地真央、市村正親ら。30オトコの鑑賞にも十分耐える…なんだったら泣ける、かわいくて小粋なラブコメである。で、斎藤さんはハマっている。また同じ日に阪本順治監督作『団地』も公開。今年だけで公開作品は10本を超える
「自分は少女漫画原作の映画には向いていない」と斎藤工はいう。高校時代にモデル活動を始め、俳優を志すも不遇の時代が長かった。で、稀代の映画マニア。雑誌『映画秘宝』の連載コラムやWOWOWのレギュラー番組では、マニアックな知識を競わずさらりと述べる。ブレイクしたのは、まず舞台版の『テニスの王子様』。数々のドラマに主演ののち、2014年の『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』で、色気のある俳優という評価をほしいままにした。

向いていない、少女漫画の映画に主演したわけ


いや、別に「ほしいままに」などしていないのだ。だから、こうした王子~セクシーという文脈で捉えれば、斎藤さんは少女漫画原作の映画に最適だろう。事実、そんなに違和感はない。でも彼自身は「キャスティングがすごく難航して、最終的に僕のところに来たのかなって思ったぐらい」などと真面目な顔でつぶやいている。

「“女性目線に自分をどう見せるか”が必須条件だと思っていたので。僕にはその意識はないんです。むしろ自分の外見ではなく、ハラワタをどう見せるかっていうフィルムがこれまで多くて。だからまさかここに参加するとは思ってもみませんでした」

『高台家の人々』という映画である。地味な事務職OL・平野木絵と、人の心が読める力を持ち、イギリス貴族の血を引く超イケメンエリートビジネスマン・高台光正との恋を描くラブコメディー。木絵はいっつも妄想ばかりしていて、脳内では会社が謎の集団に占拠されたり、謎の妖精がスパイ活動していたり、アメリカ出張した光正が麻薬の売人と戦ったりしている。で、人の心が読める光正はそれを楽しんで見るうちに、彼女に惹かれていく。人の心が見えるがゆえに積極的に他人と関わらなかった光正が、木絵のバカみたいな妄想でほだされて、人間らしさを取り戻していく。

斎藤さんは高台光正を演じた。あ、で、少女漫画原作である。

「好きな俳優さんでいうと、原田芳雄さんのような土の香りのする人。でも僕、そもそもそこに自分がハマらないってわかってはいるんです。なんか“特撮ヒーロー作品に出ていた人”ってよく思われるんですよね。そこにジレンマがあるんです。僕自身、映画が好きだからこそ、自分という俳優がどこにでもいるタイプで…自分では嫌いなタイプの俳優なんです。だからハマんないんじゃないかなあって思いながら仕事をしているんです」

自分を使いたい他人に、自分を委ねる


でも簡単にハマるところを目指すことはしない。「ハマるところ」どころか、仕事を選別しない。なぜならまず、20代は仕事をもらえない時期が長かったので、とにかく仕事をしていたいという切実なモチベーションがひとつある。そしてもうひとつは表現者としてのスタンス。

「自分が発想する自分のあり方より、“この役をこの人で”っていう誰かの発想を信じるほうが自己が広がるというか、表現する人間はそういう姿勢でいるべきなのかなと思っています。素材としての可動域は、今回みたいな、例えば僕の内面を知っているとは思えないようなキャスティングから生まれる、というか、そのほうが素材としての自分により一層向き合えるなと僕は思っていて」
 
この考え方を実感したのはほんの数年前。映画『愛と誠』(2012)で岩清水 弘というガリ勉メガネの元祖ストーカー的な役を演じた時だった。

「三池崇史監督がキャスティングしてくださったんですけど、僕の中では最も遠いキャラクターだと思っていたんです。でも撮影後に三池さんが“君はもうこれ以上の役に出会えないぐらいマッチしていた”って言ってくださったんですね。自分では仕上がりを客観的に見られませんが、三池さんの脳内での活用法に委ねることで、可動域は広がったんだろうし、評価も頂きました。

その頃から自己プロデュースを疑うようになりました。今回もそうですし、今後もそうだと思うんですが、“自分はこうだから”という自分での規定を信用しちゃいけないですね。自分ほど自分がわかってないヤツはいないかもしれない」

近年はすっかり“抱かれたい男”キャラだが、出演本数はテレビドラマと映画を合わせて100本を優に超える。様々な役を演じてきて経験値も高まっているに違いない。おおよそ15年の演技キャリアの中で、「これならきっと気持ちよくできる」「この手の役をもっとやりたい」みたいな欲望は生じてきたりしないのだろうか。

「僕は役者としての自分にそこまで期待していないんです。映画が趣味で昔からたくさん見てきたんですけど、やっぱり“圧倒的な人”っている。あるいは“圧倒的な作品”。そこにあるすべてが必然に見えるようなものがある。自分はそういうものと合致しないといつも思っていて(いや、たぶん合致するかどうかも自分で判断することじゃないと思うんですけど)、だからこそ役者としての欲望はあまり持たないようにしているんですね」

ままならなさ、こそが原動力


例えば斎藤さんにとって圧倒的な作品のひとつは『竜馬暗殺』(1974)。坂本龍馬(原田芳雄)が中岡慎太郎(石橋蓮司)とともに斬殺されるまでの3日間を、学生運動の内ゲバになぞらえて描いた、ATG(日本アート・シアター・ギルド)のモノクロ16ミリ作品だ。

「ちょうど一昨日ぐらいに石橋蓮司さんに『竜馬暗殺』とか他のATGの映画の生まれ方を伺ったんです。今でこそハリウッド俳優が自ら映画をプロデュースしますけど、当時はゴールデン街で同じようなことが行われていたんですよ。飲みの席で企画が出て盛り上がって、足りない役職をみんなで補い合いながら作ったんですって。プロデューサー役を買って出た人間が“俺がお金を作る!”って。僕が初めて『竜馬暗殺』とか『股旅』を見た時には裏側なんてまったく知らなかったんですが、何か作品に宿っているエネルギーみたいなものは確かに感じました。ただ、僕の今いるレールの先に諸先輩がたがいるとは思いません。まったく別物。同じようなことをやろうとしても無理です。逆に今の時代にしかできないことも絶対あると思います。例えばiPhoneで映画1本全部撮っちゃうとか。面白いのは、映画産業が衰退している時にそういうことが起こるんですよ」

話していると、どんどんわかってくる。ザ・ネガティブである。ただ、そいつとがっぷり四つに組んでいる。

「自分の都合通りにいかない部分が、実はこの仕事に必要なのかなと思います。“こう思われたい自分”というセルフプロデュースが完璧にできている人が魅力的な役者なのかっていうと、僕はそうは思わない。普段抱えている、なんというか…血管が詰まったような感情が、表現として出てきた時に、何かにおいみたいなものを発する気がするんです。だから、僕は好きな役者さんにはプライベートが充実していてほしくない(笑)。自分もそういうところがあって、“役者”って非日常だから、この仕事の中でもっと自由を求めるべきだと思うんですよ。自由を求めて役者になったはずなのに、企業みたいに生産性が優先されてしまっているんですよね、いまは」

「スーパー理不尽ですよね?」と斎藤さん、笑う。
 
「でも理不尽だなあって意識し続けたいですね。自分でもややこしいと思いますよ。そのややこしさが自分の職業のテンションになっているところはあります。僕の趣味だったり興味があったりするものの枠の中に、仕事をしている自分がいることが想像できないところがずーっとあって、そのハマらなさが原動力にもなっているという。不健康なタイプなんでしょうね」

そして見ているほうや使っているほうは、決して「ハマっていない」とは思っていないのである。

武田篤典(steam)=取材・文/稲田 平=撮影

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