再始動したHi-STANDARD「“懐メロバンド”にはなりたくない」

ハイスタ横山健「やりたいって気持ちが3人にある」

2016.12.02 FRI

ロングインタビュー
横山健
よこやま・けん
1969年10月1日生まれ。91年、Hi-STANDARDを結成。99年にレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」を設立し社長に。2000年にHi-STANDARDを活動休止し、Ken Yokoyama名義のソロ、BBQ CHICKENS等で活動。2011年にはHi-STANDARDを“再始動”。12月7日にはシングル「Vintage & New,Gift Shits」が発売となる
2016年10月5日、16年半ぶりとなるHi-STANDARDのシングル「Another Starting Line」が発売された。事前の告知が一切ない“ノンプロモーション”のなか、突如店頭に並んだ新譜を見て、ネット上は「ハイスタの新譜出てる!」と騒然となった。さらに12月7日にはカバーシングル「Vintage & New,Gift Shits」が発売。12月23日には「AIR JAM 2016」が控えている。

バンドが世の中を捉えるのは一瞬。でも「懐メロバンド」にはなりたくない

レーベル公式サイト内の連載「横山健の別に危なくないコラム」では、シングル「Another Starting Line」の発売に寄せて“懐メロバンドになりたくない”とつづられている。16年半ぶりのシングル、そして今後控える精力的な活動について、どのような思いがあるのだろうか?

「作るのに5年かかっちゃったけど、たった4曲しかできなかったけど…『だいぶ苦労したな~』というのが正直な気持ち。でも言わなくてもみんなわかってくれると思います。新曲があるとないとじゃホンット違うんですよ。『MAKING THE ROAD』は99年のアルバムですけど、その曲だけやるなら、今ライブなんてやりたくない」

ハイスタ再始動の少し前、2010年のFUJI ROCK FESTIVALに出演した横山 健とボーカル&ベースの難波章浩。それぞれ別アーティストとして上がったステージで、それぞれが人気曲「STAY GOLD」を演奏した。イントロが始まった瞬間、観客たちがあっという間に前列に押しかけ、異様な熱気となったのを筆者も記憶している。あの盛り上がりは「懐メロ」ということ?

「やってる方も日によって違いますけどね。『なんだよ、ハイスタの曲になると盛り上がりやがって』って気持ちもありますし…自分でやっておきながら(笑)。でも『そりゃそうなるよな』って受け止められるときもありました。最近はもう、オレのなかではその辺は100%OK。再始動してからも気持ちはたくさん揺れましたけど、『自分はハイスタの出なわけだし、自分らで作った曲なんだし、やって何が悪いの?』って思えるようになった」

青春時代に聴いていた音楽は、誰にだって代えがたいもの。活動休止期間を経て復活したバンドには、「昔の方がよかった」という“思い出補正の壁”がつきものだ。

「でもバンドって、年月が経てばカッコ悪くなって当然だと思ってるんですよ。たとえばオレ、METALLICAがめちゃめちゃ好きなんですけど、つい最近出たニューアルバムを聴いても、オレが一番好きだった時期を超えるようなことは絶対ない。オレらと同世代のGreen Dayも、彼らが時代を捉えた瞬間ってほんの一瞬ですよ。バンドっていうのは、世の中を捉えてて、集中力があって…そんな時期は本当に一瞬なんですよ。オレらはもうそれを過ぎちゃったんです。自覚はありますね。当たり前のことなんで、悲しくないんですよ。『こんなのハイスタじゃない』ってぶつくさ言う人だってそれが楽しいんですよね。いち音楽リスナーとして、『まあそうだろうね』って思いますもん。

ただ、『ビッグネームなのにこのレベルの音源かよ』っていう論調にひとつだけ思うのは、なんでちやほやされてるかっていうと、存在感とかストーリーとか、他にないものがハイスタには絶対あるんですよ。バンドってそこも見られるので、ちやほやされて当たり前だなって思う(笑)」

挫折してバンドを諦めた過去。「でもオトコの子だから、根性持ってないと話にならない」

“他にはない”ハイスタ、そして横山 健のストーリー。その「分岐点」というか「転機」は3つあるという。

「20歳でハイスタ組んで、フリーターしながらバンドやってたんです。で22歳のとき、周りがどんどん就職していくんですよ。それ見て焦っちゃったのかなあ。バンドで芽が出なかったもんで、働こうとしたんですね。カメアシ(カメラマンのアシスタント)です。でも初日の朝、現場出てすぐにめちゃくちゃ後悔した。『オレはなんてことしたんだ…』『オレはギターに触れる環境にいないとダメなんだ…』って。“実感以上の実感”がありましたね。どれだけ自分にギターが必要かわかったんです」

1995年に『GROWING UP』、1997年に『ANGRY FIST』をリリース。「その辺のアルバムまでは、その気持ちだけで突っ走れた」という。そして2000年のハイスタ活動休止…。

「活動休止は、すごい悲劇的なことのように語られますけど、20代のころの自分たちを思えば、ああなって当然だったな、と。やってるうちに、どんどん周りに感謝できなくなっていって…」

後悔はない? ときくと、「ひとつもないです!」。

「キリッ! って感じ(笑)。『続けてたら今ごろサザンオールスターズ超えてたよ』とか言われたら『やっときゃよかったな~』って思うけど、でも『あのままじゃどっちみち潰れてたよ』って思うこともあるから、まああれで良かったよなって感じ。その先に今があるから」

最後の「転機」は、ハイスタ活動休止後の「KEN BAND」=ソロ活動・Ken Yokoyamaとしてのライブを始めたころ。慣れないボーカルで「大失敗した」という。「恥ずかしくて、もうやんない方がいいかもって思った」というが、不思議と、とことんライブをして、日本一のライブバンドになってやろうと思えたらしい。

「そりゃ~やっぱ、オトコの子だからじゃないですかね(笑)。『自分、こんなんでカッコつくか?』って思っちゃった。あんまし普段見せないですけど、根がそういう人間なんでしょうね。

でも本当はロックンロールって、根性見せたらカッコ悪いんですよ。難しい局面も軽々と超えなきゃいけない。バンドマンが『頑張ってる』とか言ってたら、オレ、横っ面引っぱたいてやりたくなる。『何甘っちょろいこと言ってんだ!』って。根性なんて、持ってなきゃ話になんない。いちいち見せるなって話ですよ」

恋愛じゃないから、いくつやったっていい。それぞれ“今”があるなか集まってる


「お互い歳をとってきて、言葉がいらなくなってくる感じはあるけど、逆に『昔はこうじゃなかったのになあ』ってこともある。そこも受け入れないと。今、オレら3人はそれぞれ生活があって家族もいて、ハイスタよりもプライオリティが高いものがあって…っていうなかで集まってる状態。ナンちゃん(難波章浩)はNAMBA69、ツネちゃん(恒岡 章)はチャットモンチーのドラムとか、ここ最近はテレビの仕事もある。正直これを読んだハイスタファンはどう思うかわかんないですけど、現実として受け止めてほしいって感じはありますね」

「面白い関係性ですよ」と笑う。寂しく思ってしまうのは、ファンのエゴなのか。“オトナになった”ということなのか。

「『ひとつのことに集中する美学』ってあると思うんですよ。掛け持ちは良くないみたいな。でも、恋愛じゃないから、いくつやったっていいと思うんだけどね。『A子とB子どっちが好きなの』『仕事と私どっちが大事なの?』みたいなことを言う人もいるけど、『そんな簡単なことじゃねえんだよ』と言っときますね(笑)」

ハイスタの再始動にあたり、3人は何度もスタジオに入った。「Dear My Friend」1曲だけを演奏して、それだけで帰る日が何日もあった…のだとか。

「誰からともなくね。落ち着いて弾けたんですよね。テーマがテーマなんで…。無意識に歌詞を自分たちに言い聞かせたかったのかな。そんな気はしますね。いろいろ言っても、自分たちが青春時代を過ごして、すべてを賭けたバンドのことが大切だし、やりたいって気持ちが3人にあるんです」

「なんか今日は語りすぎちゃったな。熱くなってますね」。そう言って“健さん”は照れくさそうに笑った。

天野俊吉=取材・文/林 和也=撮影

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