直木賞を受賞したハードボイルド作家

黒川博行「成功するかは運。人生は賭けない方がええ」

2016.12.16 FRI

ロングインタビュー
黒川博行
くろかわ・ひろゆき
1949年、愛媛県生まれ。京都市立芸術大学卒業後、高校で美術の教鞭をとる。83年『二度のお別れ』、84年『雨に殺せば』でサントリーミステリー大賞佳作、86年『キャッツアイころがった』で大賞を受賞。2014年『破門』で第151回直木三十五賞受賞。同作の映画化作品『破門 ふたりのヤクビョーガミ』は佐々木蔵之介と関ジャニ∞・横山 裕のW主演で、17年1月28日公開! 大阪を舞台に、地方政治と利権の闇をエンターテインメントに仕立てたシリーズ最新刊『喧嘩(すてごろ)』(KADOKAWA刊)は絶賛発売中!!
案内されたのは帝国ホテルの一室。窓辺から光が差し込むシングルソファに腰を据え、葉巻をくゆらすその姿は、博打好きとしても知られる小説家の黒川博行さん。大物作家かくあるべし! という印象だ。思わずひるむ。大阪を舞台にした関西弁のハードボイルド作品を30年以上にわたって書き続け、2年前には『破門』で直木賞を受賞。同シリーズ最新刊となる『喧嘩(すてごろ)』がこのたび発売となった。

最新作の舞台も大阪。血なまぐさい実話が、一大エンターテインメントに

「着想は、大手の新聞記者から聞いた話です。ある議員事務所に火炎瓶が投げ込まれて、それが票集めの揉めごとやということで、これは小説にできるなと。地方議員や支局の新聞記者にもいろいろ話を聞きました」

かくしてできあがった作品のあらすじはこうだ。建設コンサルタントの二宮が、同級生の議員秘書から「火炎瓶を事務所に投げ込んだヤクザと話を付けてほしい」と相談を受ける。報酬に目がくらんだ万年金欠の二宮は、腐れ縁のヤクザ・桑原(本作では破門されて堅気)にしぶしぶ依頼。ふたりは複雑な利権と裏金、暴力の渦中で大立ち回りを演じる。

「キャラクターが固まっているからシリーズものは楽なんです。要は、発端となる事件さえあればいい」

前作『破門』で組の代紋を失い何度も窮地に陥る桑原の、過去作品では見られなかった哀愁も感じさせる。

「喧嘩はするけど、組の後ろ盾がないから命が危ない。前の組の若頭に助けを求めますけど、シノギの売り上げの半分は持っていかれるわけです」

そんな裏社会の不文律と複雑怪奇な利権の構造、そして世間の陰を縫って流れる資本が、巧みな筆致で描かれる――と書くとなんとも物騒に思われるだろうが、そこは杞憂。軽妙な大阪弁のセリフ回しで、ハードボイルド初心者でもシリーズ初見の読者でも、たっぷり楽しませてくれる。

「でも書いてる本人は本当にしんどくて、苦労してやっとこさ書いてます。だからこのふたりが書きたいなんて思い入れは、ハナからないんです」

そればかりか、書きたいテーマも「ないんです」。小説を書く行為は生活の手段なのだ。我々普通の社会人が、毎日の仕事にいちいち崇高な題目を掲げないのと同じこと。だが黒川さんは世間からしっかりと評価を得ている。たとえイヤイヤであっても、その仕事は実にキッチリしているのだから。

「まぁ手間かかるんです。僕のは会話で進む小説ですから、キャラクターそのものであるセリフが死んだらダメ。だからとにかく練ってます。ふたりの掛け合いも、本の文章の5倍くらいはしゃべっていますよ。それをいっぱい削って削って、でも削りすぎるとわけわからなくなりますから、塩梅が難しい。書けて1時間に1枚半です。これはプロの物書きとしてはものすごく遅い」

そこに至るまでにも、膨大な取材がある。自宅のパソコンに向き合って、ブツブツと一人芝居。これが黒川さんの執筆スタイルだ。

「パソコンに座るまでがイヤで、また拷問が始まるのかと。そろそろ冬物出さないかんなとか、庭の金魚に餌やらなとか、インコのマキちゃんと遊んだりして、何もしない日も多いですよ。座ったら覚悟決めて書きますけど」

産みの苦しみはデビューから30年以上変わらない。しかし一度も原稿を落としたことはないという。

「枚数を減らすことはよくありますけど。編集者に泣きを入れるんです。ただ編集者も最初から、『どうせこのオヤジのことやから今月も枚数少ないんちゃうか』と思ってますけどね」

たまたま書いた小説で、高校の美術教師の人生が一変する

もともと黒川さん、芸大を卒業したあとは高校で美術の先生をやっていた。教師生活は向いていたと振り返る。小説家になったのは“たまたま”のことらしい。

「学校の美術準備室で、授業のないときは昼寝して遊んで。ときどき抜け出て大阪の三番街のバーゲンとか行って。担任はしっかりまじめにしましたけどね」

そんなある年の夏休み。当時の高校は、教員も生徒同様に夏休みを取っていたそう。およそ40日間の休みを間近にしたとき、サントリーミステリー大賞の募集を目にして、「ちょっと書いてみよか」と思った。デビュー作となる『二度のお別れ』を上梓したのは1982年のことだ。

「ちゃらんぽらんの大阪の刑事が活躍するバディモノ。章立てとか1行空けるとか、小説のルールも知らんで書いたのに、よう編集者が読んでくれたと不思議なんですけどね。今思えばキャラクターがあったからやと思います。それで応募したこともすっかり忘れた12月に電話がかかってきて、最終の3本に残ったと。それで高校の修学旅行以来、久しぶりに東京に来まして、帝国ホテルの公開選考に出席することになったんです」

打ち合わせのために訪れた紀尾井町の文藝春秋本社のしつらえに、度肝を抜かれたという。1階はサロン仕様で、ふかふかの絨毯に応接セット、バーまで完備。ときはバブル前夜の好景気。華やかなりし時代の絢爛豪華な大手出版社の様相に、心底ほだされたそうだ。

「最終選考の結果は3位の佳作。でも景気が良かったからソフトカバーの本で出版してくれた。すっごく不愉快やったけど、グリコ森永事件に内容が似ているということで、テレビでも取り上げられて。新人のソフトカバーで3万部は異例。それはええとして、次こそはハードカバーを出したいと思うようになったんです」

この当時評価された“セリフの掛け合いの妙”は、今に通じる黒川作品の醍醐味だ。

「今思えば、それができてたんかもしれません。自分のスタイルに合ってたんやと思います」

だが2作目も佳作。3作目の『キャッツアイころがった』で晴れて大賞を獲得した。

「1年に1作書いて、教師本業で作家はお小遣いを稼げたらええくらいに思ってました。でもそのころから講談社や新潮社とか、大手からたくさんオファーが来まして。1年くらい我慢して二足のわらじを履いていたんですけど、睡眠時間が削られてしんどい。38歳のときに、ほそぼそ小説を書きながら60で定年を迎えて年金生活に入るより、定年のない専業作家でもええなと思って」

教鞭からペンに持ち替えたはいいが、大誤算が待っていた。教師を辞めても執筆活動に熱が入らなかったのだ。教師時代に600万円あった年収は200万円以下になり、銀行の預金が底を尽きる事態に、「こらまずい」と腹を決めた。

「『小説推理』で『迅雷』という連載を始めたんですよ。連載は落としたら大変だから避けていたんです。でも原稿用紙1枚で3000円、月々の原稿料が15万円くらいになって、固定給としてはええかなと。そのあたりから、やっと同年代のオヤジと同じくらいの年収を得られるようになりました。42~43歳やったかな。いよいよ借金生活になるまでやらない、逃避型の性格なんです。イヤなことからとことん逃げる」

賭けには負けが付きもの。人生を賭けるのはもってのほか

だが以来、今日にいたるまで連載が途切れたことがない。96年に『カウント・プラン』で日本推理作家協会賞を受賞し、2014年には直木賞を獲得。映像化作品も多数ある。でも、それらで何かが変わったわけではない。

「作家としての立ち位置は変わらんし、仕事量も原稿料も何も変ってません。大阪人なんで仕事は断りません。『はいはい』とみんな受けます、遅れるだけで。まぁ運がよかったんですね。出版社も商売ですから、部数が望めなければすぐに作家を切ります。シビアな世界です。ある程度の部数が見込めるのは、運がいいだけのこと。関西弁で大阪舞台のハードボイルド、ノワールや警察小説は、たぶん僕しか書いていないので、そういう意味で強みはあったと思いますが」

もともと黒川さんは無類のギャンブル好き。“戦績”では負け越しだというが、勝負の世界に身を置いてきただけに、運という言葉の重みが違う。ならば黒川さんにならって、強みを磨き若者は勝負に出るべき!…なんて、もってのほか。賭けごとは若いだけでもヒキがいいというが、仕事は別物だという。

「独立とか人生を賭けるとか、やめたほうがいいと思います。僕は高校の教師を辞めましたが、それはやったらいけないことでした。日経新聞の『私の履歴書』で大企業の経営者がエラそうに御託を並べていますが、大半が運ですよ。世に出た起業家で、残るのは100人に1人やと思います。20代はたぶん無理、30代で人脈が多ければイケるかもしれない。努力は誰でもしますから、後はもう運が決めます。博打をする人間でも、やっぱり賭けてみんとわからんのですよ。100人のうち99人になることが多い。今もし会社にいてはる人は、ヘンな気は起こさん方がええと思います。ただその1人になるかもしれませんから、それはその人の好きにしたらいい」

そういって、黒川さんはこのあとに控える映画『破門』の完成披露イベントのために席を立った。聞けば、その後この部屋には帰らず、新宿で徹夜の麻雀に興じ、翌朝大阪に帰るのだという。東京に来たときは必ず、らしい。これも「変わらない」あり方なのだ。

吉州正行=取材・文/林 和也=撮影

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