人気俳優、今度は関西弁の“イケイケやくざ”を熱演!

佐々木蔵之介「冷静に考えたら俳優なんて選ばなかった」

2017.01.20 FRI

ロングインタビュー
佐々木蔵之介
ささき・くらのすけ
1968年、京都府京都市の造り酒屋・佐々木酒造の次男として生まれる。1990年、劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加。神戸大学農学部卒業後、広告代理店勤務。2000年、NHK連続テレビ小説『オードリー』に出演し、人気を博す。主な出演作に06年、映画『間宮兄弟』、14年・16年、映画『超高速!参勤交代』シリーズ、09年、主演ドラマ『ハンチョウ~神南署安積班~』などがある。最新主演映画『破門 ふたりのヤクビョーガミ』は、黒川博行による第151回直木賞を受賞した『破門』待望の映画化作品。蔵之介さんはコワモテのイケイケやくざを演じるが、口だけ達者な独身建設コンサルタントの二宮(横山 裕)との掛け合いは必見! 関西を舞台にした一大エンターテインメントに仕上がっている。1月28日(土)全国ロードショー
『破門 ふたりのヤクビョーガミ』は、黒川博行さんによる直木賞受賞作『破門』の映画化作品だ。大阪を舞台にイケイケのやくざ・桑原と、小ずるい金欠の建設コンサルタント・二宮による大金を巡る騒動を、アクションを交えてコミカルかつスリリングに描く今作で、佐々木蔵之介さんが演じたのはその桑原。相対すると桑原のような眼力を感じるが、劇中の荒々しい物腰とは対照的に、実に穏やか。立て続けの取材をねぎらうと「とんでもございません。松竹株式会社さまの言うとおりに」と冗談めかして言うのだ。

関西出身の俳優が、練りに練られた関西弁を演じられる喜び


「もともと直木賞受賞のときに読んでいましたし、黒川さんのほかの作品も読んでました。声に出して読みたい小説ですよね。関西弁をしゃべる役者としては、このセリフは珠玉ですよ。だからといって関西人が日常でこんなセリフを言っているかというとそうではなくて、頭を絞って考えられた漫才同様、練りに練られた関西弁。だから、この役ができることはすごく嬉しかったですね」

このインタビュー連載で以前に著者の黒川博行さんが語っていたが、執筆速度は1時間にわずか原稿用紙1枚半…いかにセリフが練られているかがわかる。映画版でもそのセリフ回しの妙は健在だ。

「なんやったっけな…『人の懐を心配する前に、自分の頭の蠅追い払え』とか、『寝言は寝て言え』、『脳みそ蚊取り線香かい、クルクルパー』ですね。いちいち面白い。普段のみならず、やるかやられるかのときでもこんなセリフを言える軽さが、桑原のかっこよさですよね」

京都出身の蔵之介さんのほか、“相方”の二宮役を大阪出身の関ジャニ∞・横山 裕さん、二宮の父親代わりの若頭を大阪出身の國村 隼さん、など関西弁のネイティブスピーカーの共演陣で固めていることも大きい。

「京都、神戸、大阪と少しニュアンスは違いますけど、同じ関西弁ですから修正はできます。それに桑原がムチャクチャガラ悪い関西弁を話しているかというと、そういうわけではないんですよね」

加えて、アクションシーンにもこだわった。とはいえスタイリッシュなものではなく、素手での殴り合いを泥臭く描く。

「撮影初日から敵対するヤクザに菜箸ぶっ刺したり…『これでいいの?』と試行錯誤しながら始めました。原作でも“いきなり金的する”とか、“おもむろにポケットから砂を投げて目を潰す”とか、卑怯な手を使っても勝ちに行っていたので、そういうことはやりたいと打ち合わせで言いましたね」

とはいえあくまで、「ヤクザ映画ではないんです」と蔵之介さん。たまたま桑原がヤクザで、取り巻く状況が裏社会というだけのエンターテインメント作品なのだ。

「悪役かといったらそうでもないですし、そのバランスは気にしながら演じてました。方法論はヤクザかもしれませんが、自分なりの正義を最後まで貫くエネルギーが映画のエネルギーになると思って、それを大事に考えてましたね」

ハードルを越えるたびに、基礎体力が身に付いていく感覚がある


楽しんで演じられたと言うが、本作に限らず「やりやすい役というのはない」そうだ。

「医者も刑事も殿様も、僕のなかでは他人なので。だから自分と何が違うのかを考えて、役に向かっていくためにエネルギーを注ぐことが、役を作ることだと思ってます。アプローチはいつも変わりません。今回は、裏社会に精通していて、喧嘩にもそろばんにも強い、関西弁でユーモアがある――それができたらいいかなと思いました」

出演する作品は選ぶ方ではないという。むしろ、何でもいろいろやりたい派。

「もちろんスケジュールが合えばですが、どんな役でもやりたいですね。まあ一方で長期休暇もほしいですけど。“こういう色”という自分のイメージはないと思っているので。できることなら、この役どうしよう、難しそうだな…というのはやりたくなるものですね」

その最たるものは、2015年に演じた戯曲『マクベス』。シェイクスピアの言わずと知れた古典だが、スコットランド・ナショナルシアターによる画期的な翻案作で、なんと、ほぼひとり芝居。20もの役柄すべてを演じ、100分間しゃべり通すというものだ。膨大なセリフを頭にたたき込んで臨み、自身のキャリアにおけるマイルストーン的作品となった。

「あのときは本当に逃げたかったですね。『ホンマにやるって言いました?』ってずっと言ってましたけど(笑)…いや、なんでやることにしたんかな? いくらやってもセリフが頭に入ってこなくて、稽古に入って、周りがいることでようやく変わりましたね。演劇のみならずですが、僕らの仕事は観客がいて始めて成立するんだなって。ひとりで練習していると、演出家も観客も相手役もいなくてぜんぶひとりなんで、落語家さんどうしてはるのかなって思います」

ひとつずつ高いハードルを越えるごとに、基礎体力が付いていく感覚があるという。そういう大きな挑戦はほかにもあった。たとえば旧知の仲である四代目市川猿之助さんと組んで演じた『スーパー歌舞伎II(セカンド) 空ヲ刻ム者-若き仏師の物語』(2014年)のこと。

「あれは自分が今まで経験した役者の範疇を超えたものでした。俳優ではなく、歌舞伎役者のための舞台で、たとえば公演スケジュールでも、昼夜昼夜を数カ月やっていく長いスパン。いつまで星を潰していってもずっと終わらないんですよ。『歌舞伎俳優は一生終わらない、死ぬまで終わらない。歌舞伎役者として必要ないときが死ぬとき』だそうで。あらゆることで頭が下がります」

俳優がダメだから家業に戻る…なんて気は毛頭ない


自身でハードルを設けてしまうことは、「もう性分だと思います」。振り返れば家業である京都の造り酒屋を継がず、俳優として生きる道を選んだことも、傍目には茨の道。驚きの決断だ。

「俳優か自分の家業か、どっちが大変かというのは、考えていなかったですね。でもどっちにどんなことが待っているかなんて、わからないじゃないですか」

何の展望もなかったというが、あっさりと決めてしまったらしい。当時勤めていた広告代理店を辞め、この世界に飛び込んだことは他人からすると清水の舞台から飛び降りることのように思えるが、本人にとっては大きな決断ではない…ということはよくある話だ。

「今、改めて冷静に考えたら選んでいなかったと思います。だから、いまだにあのときの思考が解釈できていないですけどね。『ごめんこっちもう少し続けるわ』くらいだったんですよ。『まだ終わらせない、終わらせたくない』が、いまだに続いています。この仕事がいつまで続けられるかわからないですが、まだ足りないし、やりきれていないですね。ただいずれにせよ、家業を選ばなかった責任を果たさなきゃいけないとは思っています。いい加減にしてはいけないと。俳優がダメだから家業へ戻る…という気は、毛頭なかったです」

今や仕事のオファーは引きも切らない。真摯にハードルに向き合う姿勢は、自分の決断に対する責任の意味もある。そして俳優業は今も楽しい。初志貫徹。決断への責任はじゅうぶんに果たしているといっていいだろう。

「こういう仕事でお金をもらっているのはありがたいと思います。あとは役を演じさせてもらえることが、本当によかったなと思っています。役に乗っからせてもらうときは、すごく楽しいですし、ホッとしますよ」


吉州正行=取材・文/林 和也=撮影

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