「インタビューされてるから、言ってるだけなんだってば」

所ジョージ

2008.01.04 FRI

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA
普段の生活をいかに濃く豊かにするのか

ここに制作スタッフと、共演者の清水圭がやってくるだけで番組は始まる。あるときには激甘のアップルジュースと激スッパのシークァーサー液をミックスする話。またあるときには圭さんのルイ・ヴィトンのバッグにステンシルをする話。クルマのボンネットを改造する話。小型のミカンをうまくむく話…何にも考えていないように見える。

「一応、前の日には考えるから、私の頭の中では決まってるんだけど(笑)。家でデジカム回してるのと同じ感覚でいいじゃないかと思ってて。やってるこっちはすごく楽しいんですよ」

のんびりした空気と一緒に番組の画面からにじみ出るのは、ホスピタリティーの精神。所さん、つねにその場の人々を喜ばせようとしている。

「それは完全にそうだし、やっぱり役に立つって思われたいじゃない。よく世の中のお父さんが“給料袋を持って帰らないようになって、俺のありがたみが薄れた”とか言うけど、給料袋に代わる演出をすればいいんだよ」

たとえば夏場はスイカを持って帰る。秋には柿。東京のお洒落スポットに売っているステキなケーキ…おいしいもので機嫌をとろう、のススメではない。

「お父さん=おいしいものっていう認識が生まれるでしょ? それがつまり、お父さんが役に立つってことですよ。今は電話やネットで宅配便が届くけど、それに完全に頼るとありがたみが失せちゃう。そこは1回会社に届けさせるの。面倒くさいけど、それを持って帰ることが“役に立つアピール”だから。便利で間違いがなければいいか、というとそうじゃないんです。自分がやるから、そこにはいろんな物語が生まれる。帰りの電車でケーキが崩れることもある。それもドラマじゃん。“満員電車で崩れちゃったんだけど…”って渡すと、そこで家族が満員電車を感じてくれるわけだよ。そうした人生のあり方を、宅配便屋さんにまかせちゃうのは、もったいないでしょう(笑)」

…これ、ステキなお父さんのなり方を説いているわけではない。日常に対する所さんなりのこだわり方の原点の話だ。たとえば焼き芋について。

「電子レンジだとムラなく焼き上がって“これがエコです”みたいなおいしい焼き芋ができる。でもやっぱり、葉っぱを集めてぼんぼん焚き火にして…熱はどんどん外に行っちゃうんだけど、小さな余熱で焼いちゃう、その方が面白いよ。芋を取るときに“あちぃ”って言ったり、まだ半分固くて残念だとか、薄着で来たから寒いとか、ハナが垂れちゃうとか…全部ひっくるめてウマイ焼き芋じゃん。効率よく熱を芋に向けて浴びせるのはエコでも何でもないし、うまくもないと思うわけ」

「くどい生活」と称する。たぶんこれ、“涼しさ”とは表裏一体なのだ。

「この番組でみなさんに豊かな生活の術を…なんて考えているわけじゃなくて、今インタビューされているから言ってるだけなんだってば(笑)」

自分だけの山を作る。歴史に名を刻む

所さんは現在52歳で、30年前に“シンガーソング・コメディアン”としてデビューした。いまでこそ所さん本人を成功例とする“こういうポジションの人”はいるけれど、当時は皆無。

「音楽に関してはずっとコンスタントにやってきていて。そこにも私の考えた“こうあるべきなんじゃないの”とか“こうしたらどうなの”というのがずっと入ってるわけですよ。ただ、なぜかみなさんが見て見ぬふりをする(笑)。これが抜きん出てくれないから、いろんなことをやるのかもしれない。たぶん、しょっぱなから音楽が売れていたら、歌だけをやってたんだと思う」

夢は抱いていた。デビュー即、大ヒット。武道館満杯。印税生活…。

「でも、全然売れないの。世の中が俺の方を向かないわけ。じゃあ、まずは顔を覚えてもらおう、みたいな。バラエティーとかに出てればソングライターとしてのヒットにもつながるもんだと、そう思い続けて、今に至るんだね」

自身を“大きいマイナー”と称する。

「歌の人たちは、歌のジャンルに僕を入れたくなかったんだと思う。バラエティーでお笑いをやっている人たちも同じ。行き場がないんだよ。バラエティーの山、歌の山、役者の山…芸能界にはいろんな山があるんだけど、俺はね、そこに入らずにきっと小さな山を自分で作っているんだと思う」

誰もメンバーのいない山を自分でこしらえることに不安がなかったのか尋ねると、答えは至極真っ当なのだった。

「土壌作りが上手かったんですよ。畑の土を耕して、好きな種をまく…僕で言えばCDとか本でね。その前に、それをやっていい土壌を作る。ミミズがたくさんいて栄養バランスの非常にいい地面。つまり、自分が身動きしやすい環境だよね。諸先輩方に対して立てるところは立て、礼儀正しく挨拶し、お中元やらお歳暮は欠かさない。それできっちりと整えてきたということだよね。デタラメに好き勝手にやってきた印象があると思うけどさ(笑)」

ただ、発表するジャンルも、発表しやすい土壌の問題も“発表したいこと”があればこそである。何ゆえ、こんなにも、いろんなことを思いつくのか。

「あわててるんだと思う、限りある自分の命をね。僕の60~70年の人生を、未来の人たちに見てもらいたい。江戸時代とか第二次世界大戦とか、みんな歴史の分岐点は振り返るけど、そこで俺を飛び越すなと(笑)。ここにこういう人がいて、こんな文化があったんだということを振り返ってほしいわけ。それで毎日毎日忙しい(笑)」

それとね、と所さん、工具箱を持ってきて〈スタンレー〉のレンチの画期的な機構を説明してくれた。確かにスゴイ、細かいからあえて説明はしないけど。みんなで感心してたら、プライヤーとペンチの説明も加わった。

「こんな工具を考えた人たちに光を当てたい。僕の仕事で世に出したい。そんなふうに夢中になるモノが周りにいっぱいあるんで、どうしても忙しくなっちゃう。僕は僕で自分の山を大きくしようとはしてるんだけど、裾野を広げないと大きい山にならないでしょ。それでいろんなものを見るんだけど、そこでまた気になっちゃって、夢中になってしまう。工具とかクルマだけじゃなくて、万物に興味がある」

しかも。そのモノの創造主をリスペクトしつつも、そこはそれ。

「集めたモノを管理するだけの人にはなりたくないわけ。モノに僕の色を着けたい。仮に価値が下がっても、そこに僕が息づかないとイヤなんだね。絵に落書きしたり、ハンコ押しちゃったりするだろうし。もちろん犯罪じゃなくてね。僕にしかできないことで残したいんですよ―さあどうだ、ずいぶん語ったぞ(笑)」

1955年1月26日、埼玉県生まれ。77年に「ギャンブル狂想曲」でデビュー。ソングライターのみならず、ラジオパーソナリティ、テレビタレント、俳優、ナレーター、声優など多岐にわたるジャンルで活躍。文筆家としても、つねづね思いついちゃうことをものした多数の著書を誇る。実は新語・流行語大賞の第1回大衆賞の受賞者でもある。クルマ・バイク・ライター・エアガン・各種アメリカンカジュアル・ゴルフ・スニーカー・ミリタリーなどなど、多岐にわたる趣味はいずれも本気の域。凝りに凝ったオリジナルウエアやギアなどもリリースしている。生活全般へのこだわりぶりが見られるDVD『所さんの世田谷ベース』は、07年12月にポニーキャニオンより発売。3枚組で7875円

■編集後記

デビューの年にすでに『オールナイトニッポン』のパーソナリティを担当。『うわさのチャンネル』などの人気バラエティーにも出演、24歳では初の司会もこなしていた。27歳のときにはNHK大河ドラマにも出演している。「ソングライターとして売れていれば歌一本だった」というけれど、所さん、初期のころからまったくもってマルチな活躍ぶりだったのだ。もちろんシンガーとしても、30年のキャリアで途切れることなく、30枚のシングルと25枚のアルバムをリリースしているのである。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
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